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Vol.125「尿失禁改善にむけた理学療法士としての活動 ~父へのリハビリを通して~ 」

医療ガバナンス学会 (2020年6月16日 06:00)


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ときわ会常磐病院
理学療法士 笠井唯史

2020年6月16日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

私は、臨床経験8年目の理学療法士だ。2015年より福島県いわき市にあるときわ会常磐病院で勤務している。以前は神奈川県の回復期病院で勤務していた。そこでは一人の患者に対して入院から自宅退院まで長期に関わることができ、患者が回復する過程を実感することができた。まさに、新人の理学療法士にとっては基礎を学べるよい環境だった。臨床を経験していく中で、回復期では診る事の無い他の疾患の患者も診たいと思うようになっていき、次は様々な診療科のある急性期病院で働いてみたいと考え始めた。また、その頃2人目の子供が産れるタイミングでもあり、仕事と育児を両立するためにお互いの両親がいる出身地のいわき市へ戻ろうとしていた時期でもあった。そして就職活動をしていた折に、急性期病院で、かつ子育て環境の整っている常磐病院が理学療法士を募集していた為、2015年に入職し現在に至る。

常磐病院はいわき市の常磐地区にある中核病院で、泌尿器・腎不全の治療を提供しており、いわき市全域の泌尿器疾患患者の診療を担っている。福島県では初のダヴィンチシステムを導入した病院でもあり、特に前立腺に関する手術は数多く行っている。現在もダヴィンチシステムを使用したロボット支援型前立腺全摘除術は全国でトップレベルの件数を誇っている。手術の実績は、2012年の23例から数え2019年には113例と増加している。常磐病院では7日間の入院で自宅退院が可能となり、他病院に比べ入院期間が短いことも特徴だ。このように、いわき市においても国内最先端の前立腺がん治療が受けられるようになっている。

私が排尿に関するリハビリテーションを行うことになったきっかけは些細なものだ。2016年度の診療報酬改定で排尿自立指導料(現、排尿自立支援加算)が保険収載され、常磐病院でも排尿ケアチームが発足した。その際、その当時の上司から理学療法士としてチームの立ち上げを指示されたのだ。それまでは下部尿路症状について考える場面は無く、尿失禁に対するリハビリテーションがあることすら知らなかった。私の役割は尿道留置カテーテルの抜去等により下部尿路症状がある患者へ理学療法士として骨盤底筋トレーニングを指導することだ。チームとして活動していく中で前立腺全摘術後の患者のほとんどが術後に尿失禁症状を呈することに気付いてきた。また、偶然にも2018年の1月に私の父が常磐病院で前立腺全摘術を受け、私がリハビリテーションを施した。父は術後1年経過しても尿失禁症状が残存している為、退院後も遠出する事が少なくなり、以前よりも活動範囲が狭くなっていた。

父に介入した後にわかった事がある。それは術前と術後では生活に大きく変化が生じるという事だ。尿失禁は直接命に関わることがなく軽視されやすい。医師より術前に術後尿失禁のリスクについて説明があったとしても、実際にどの程度の期間尿失禁が残存するかは、経過してみないと分からない。患者も術前はイメージが沸かず、実際に尿失禁を体験して初めて実感する。術後の外来受診で尿失禁によるストレス度数を測ると、尿失禁が普段の生活に及ぼす影響はとても大きい。排尿ケアチームとして患者の生の声を聴きながら活動していく過程で、尿失禁を改善できるようになりたいと思うようになり、理学療法士としてスキルアップが必要だと感じた。また、前立腺がん術後患者以外の下部尿路症状にも目を向ける必要があると感じ、当初の排尿ケアチームの活動から内容を変更していく事を決めた。

さて前置きが長くなったが、これまでの排尿ケアチームの取り組みと、リハビリテーションの改善についておこなってきた活動を簡単に紹介したい。

一つは、排尿ケアチームの啓発活動である。チーム発足直後から円滑に活動が出来たわけではない。医師の協力のもと院内勉強会や週1回の病棟ラウンドを実施し、院内スタッフへ排尿ケアチームの活動を地道に発信していった。過去には看護師に少しでも興味を持ってもらえるように、オムツの正しいあて方や自己導尿の手技等、実践的な内容で勉強会を開催したこともあった。発足時は数名程度のメンバーだったが、現在は各病棟にリンクナースを配置し、外来看護師がメンバーに参加するまでとなった。その甲斐あって、当初は前立腺がん術後の患者を対象に介入していたが、現在は並行して一般病棟に入院している長期の尿道留置カテーテル患者の抜去に取り組めている。

もう一つが、リハビリテーション内容の改善だ。排尿ケアチーム発足前は尿失禁に対するケアはあまり行われてこなかった。おそらく外来看護師が口頭で説明する程度であり、患者はメディア等から得た情報を頼りに、ひたすら殿筋を収縮するようなトレーニングをしていたと察する。前立腺がん術後の尿失禁改善までは3か月以上かかるとされている。もちろんカテーテル抜去直後から尿失禁が全くみられない患者もいるが、尿失禁の改善までにはある程度長い期間を要し、その間は生活に著しく制限が生じる。
尿失禁に関する勉強会等に参加するようになり、運動時には骨盤底筋群を単独収縮させることで尿失禁の改善効果が上がることを知った。お腹やお尻の筋肉は単体でも大きい筋肉のため、動きがわかりやすく収縮させやすいが、その大きい筋肉が細かな骨盤底筋群の動きを阻害してしまう。骨盤底筋群を動かすにはややコツが必要で、患者本人も正確に動かせているか不安になる。そこで常磐病院では術前に腹部エコーを使用して患者と一緒に筋の動きを確認しながらリハビリテーションを行うことにした。各病室のベッドサイドで約20分程度の時間で比較的容易に行えるため、患者には好評だ。

最後にチーム体制の構築である。スタッフそれぞれのリハビリテーション内容に差がでないように、部内で勉強会を開き知識を共有した。現在、部内の理学療法士と共同して術後の尿失禁に対するセルフトレーニングを記載した独自のパンフレットを作成中である。
排尿ケアチームの介入として、生活場面の不安に対するケアや提案も必要だ。福祉機器の展示会に参加し、最新の男性用尿もれパッドやオムツ以外の尿失禁用品を取り寄せ、患者に紹介できるようにした。また、退院後、外来通院に移行した後の尿失禁症状を評価する必要がある。そこで国際尿失禁学会で作成されたICIQ-SFというQOLの問診票の使用を開始した。これにより、尿失禁によるQOLへの影響が客観的に評価でき、術後の経過が観察できるようになった。今年の5月には、日本泌尿器科学会認定の排尿機能検査士の資格を取得した。排尿だけでなく幅広く排泄に関する知識を付け、排尿機能の評価ができるようになった。

当院の強みは泌尿器科を主軸として診療している為、多くの泌尿器科常勤医師がおり、協力してくれる泌尿器の専門医がいることだ。また、排泄専門の看護師がいる事。そしてリハビリテーション専門職がいることだ。これからの課題は、退院後も尿失禁が残存している患者に対して、理学療法士としてどのように介入していくかだ。現時点では患者同士の悩みを共有できる場とリハビリテーションを再確認できる場を設けられればと考えている。今後もこの分野のリハビリテーションの専門性を高めるべく理学療法士として活動し、尿失禁に悩む患者に対してより良い医療を提供できるように、チームの活動を進めていく。

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