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Vol.130 医師法第21条問題まとめの書出版への念い

医療ガバナンス学会 (2020年6月22日 06:00)


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日本医療法人協会常務理事・医療安全部会長
小田原良治

2020年6月22日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

このたび、「死体検案と届出義務ー医師法第21条問題のすべてー」(幻冬舎)を出版する機会を得た。本書は、医師法第21条に関する重要な判決や出来事をまとめたものであり、これに現場医療者としての考察を加えたものである。一言でいうと、医師法第21条にいう異状死体の判断基準は『外表異状』であるという解釈に立って、過去の裁判例、厚労省通知、国会質疑、医療事故調査制度等多様な角度から検討を行ったものである。
本書出版を決意したきっかけは、2019年(平成31年)2月8日付け医事課長通知「医師による異状死体の届出の徹底について」である。この通知を見て、私は、10年の歳月をかけて創設された医療事故調査制度の「ちゃぶ台返し」であるととらえた。幸いにも、厚労省にそのような意図はなく、なんとか解決し得たのであるが、医療事故調査制度の適切な運用を維持するためにも、医師法第21条に関する主な出来事を一括閲覧できることの必要性を感じた。したがって、基本的には、本書は医師法第21条に関する資料集であるとともに、『外表異状』という解釈がいかに適切な考え方であるかを考察した書というべきである。

私は、もともと、医師法第21条は憲法違反であるという考えを持っていた。感覚的に医師法第21条は改正すべきであると考えていた。このような「医師法第21条は改正すべし」との考えを修正するに至ったのは、判決文を読み、論戦に臨み、日本医療法人協会の役員として医療事故調査制度創設に関与する機会を得たからである。

前著「未来の医師を救う医療事故調査制度とは何か」(幻冬舎)で述べたように、医療事故調査制度は「医療の内」の制度、即ち医療安全の制度として創設された。その前提は、「医療の外」の医師法第21条を『外表異状』として解決することであった。そもそも、『外表異状』という用語自体が医療事故調査制度論議の中で生まれたものである。医療事故調査制度創設の根底に、医師法第21条の『外表異状』としての定着がある。

本書の根幹は、医師法第21条問題で大きな位置を占める東京都立広尾病院事件判決の解釈である。法律家の解説は、東京都立広尾病院事件最高裁判決自体を違憲判決の疑いが強いと述べながら、最高裁判決があるので警察に届け出るべきであるとの論調を採っているものが多い。これでは単なる評論であって、現場医療者には何の役にも立たない。役に立たないどころではない。念のためと称して、「自白」を強要することにもなりかねず、むしろ有害というべきであろう。
法律家の多くは、東京都立広尾病院事件最高裁判決の【判決要旨2】の部分を引用し、「医師は、自己が業務上過失致死等の罪に問われるおそれがあっても、警察への届出義務を負う」と解説している。しかし、この解釈は不当である。

東京都立広尾病院事件最高裁判決の解釈のカギは、同東京高裁判決にある。東京高裁は、一審の東京地裁判決を破棄自判した。東京高裁が、敢えて、『検案』の定義をしたのは、東京地裁判決で、『検案』の意義が大きな争点となったからである。東京地裁はそれまでの医師法第21条の射程を、診療関連死にまで拡大してしまった。このため、医師法第21条は憲法との整合性が必要となってしまったのである。このように辿って行くと、「合憲限定解釈」という手法が憲法違反を回避するために必要だったと分かってくる。

歴史的経緯、東京地裁・高裁判決を総合的に考えれば、東京都立広尾病院事件最高裁判決は、【判決要旨1】を前提に【判決要旨2】があると解釈すべきである。この問題のカギは『検案』である。従って、先ず、『検案』の定義から始まっているのである。「医師法第21条にいう死体の『検案』とは、医師が死因等を判定するために死体の外表を検査すること(【判決要旨1】前半)」と限定的に明瞭に定義すれば、『検案』の対象は、「当該死体が自己の診療していた患者のものであるか否か」に関係なく全ての死体が対象となる(【判決要旨1】後半)。さらに、【判決要旨1】を前提として、【判決要旨2】部分は、自己の診療如何に関係なく、死体を検案して(死体の外表を検査して)異状を認めた医師は、ただ単に、異状死体があったことのみを届け出る義務であり、死体と自己との関係を届け出る必要はないので、医師法第21条は、憲法第38条1項の自己負罪拒否特権に抵触しないという判示である。

「外表異状」は不当という意見がある。理由は、路上で外表に異状のない死体が発見された場合に、外表異状がないということで事件が埋没するからという。終戦直後の混乱期ならともかく、現代の日本では、「路上の死体」は、皆、先ず警察に届け出るであろう。「路上の死体」は検視対象事例である。医師が死体を検案し、外表異状がないとして火葬されるなど考えられない。為にする議論としか言いようがない。

医療事故調査制度も創設された今日、その前提としての医師法第21条の解釈は『外表異状』ということは、動かしがたいと、私は認識している。しかしながら、「医師法第21条に基づく届出の基準については、全ての場合に適用し得る一律の基準を示すことが難しく、個々の状況に応じて死体を検案した医師が届出の要否を個別に判断するもの」と厚労省が述べているのも事実である。警察届出の判断は現場医師の判断に委ねられている。医師法第21条の異状死体の届出については、医療現場が24時間という時間制限の中で判断しなければならない。警察からの問い合わせには医師法第21条の届出対象でないことを明示する必要があるかもしれない。時間制限と現場判断とを考えれば拙著出版の意義があるものと考えている。医師法第21条が刑事捜査の端緒となりうることを考えれば、拙著を座右に置かれることをお勧めする。医療機関はもとより、全医療者の座右の書として役立つことを念じて拙著の紹介をさせていただいた。

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