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Vol. 174 最近の医療事故調査に関する報道を目にして

医療ガバナンス学会 (2010年5月22日 07:00)


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~「医療者と患者との共同作業による自律的事故調査システム」の構築を~

弁護士 木ノ元直樹(木ノ元総合法律事務所)
2010年5月22日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


最近、医療事故調査に関する報道が有力新聞などでなされました。その内容は、政権交代後現在まで、この問題が全く前進していないという政権批判報道と受け取れるが、その背景には、一部医療事故被害者らによる苛立ちがあるように見受けられる。
しかしながら、ここで、過去の厚労省試案、法案大綱案への回帰を是とするかのような方向付けをすることは誤りである。厚労省試案、法案大綱案は重大な問題を抱えた欠陥品であることを忘れてはならない。そこで、昨年11月28日に厚生労働省主催で開催された「医療安全推進週間シンポジウム」において「医療事故調査のあり方を考える」と題して行われたパネルディスカッションで、私が発言した内容を全てをここに掲載させていただくことにした。
限られた時間の中で、私としては医療事故調査のあり方についての正しい方向を示すことができたものと思っている。シンポジウムに参加されず、私の発言に接する機会のなかった方々に広く知っていただき、今後の医療事故調査の議論に役立てていただければ幸いである。(なお以下の発言は、平成21年11月28日を基準としたものである。予めご了承いただきたい。)

1 弁護士の木ノ元です。
本日は、医療事故調査について話をしろということでやって参りました。私は20年以上医療機関側の弁護士として仕事をしてきましたので、おそらく医療側弁護士の立場で話をしろということかと思うのですが、本日は、医療側弁護士という立場を超えて、50歳になった自分と、自分の家族を含めて、これから将来普通の患者として医療の世話になるであろう患者の立場としてもお話をしたいと思ってやってきました。よろしくお願い致します。
さきほど、塚原参事官から、医療安全週間は「いい、医療に向かって、ゴー」という語呂合わせで、11月15日からになったということですが、私の誕生日は11月10日で、語呂合わせでは、まさに「いい、医療の日」ということになるのではと思います。

2 医療事故調査については、福島県立大野病院事件での医師逮捕以降、ここ数年来、議論が続いてきたわけですが、現在は、政権交代があって一つの大きな曲がり角に来ていると思います。
ここ数年にわたり厚労省を中心に議論が進められ、有識者による検討委員会が10数回にわたり開催され、昨年には法案大綱案まで作成されながら、結局法案成立、制度成立に至っておりません。これは極めて異例のことと思いますが、なぜそうなったのか。それはやはり、これまでの医療事故調査に関する議論の内容、進め方に大いに問題があったからと言わざるを得ません。
法案大綱案に対して民主党案が提示され、その後、総選挙で国民は政権交代を選択しました。つまり、結論から端的に申し上げれば、法案大綱案は政権交代とともに、直ちに廃案とし、一度この議論はリセットしなければならないということなのです。ところが、いまだに、法案大綱案を進めようとするかのような話があるようで、正直、驚いております。それは余りに非民主的な話であります。私は、本日、医療事故調査制度設計上の基本的ポイントをお話しし、法案大綱案とは別の選択肢をぜひ皆さんに考えていただきたいと思っております。

3 医療事故調査制度設計上、留意すべきポイントは7つあります。

①として、調査目的を一つに明確化するべきであるということです。
異なる目的による同床異夢・呉越同舟状態で、しかも船頭がやたら多い状態では、その船は必ず沈没します。法案大綱案の根本的問題はそこにあります。原因究明、再発防止、責任追及、被害救済を医療事故調査で一度に解決することは到底不可能です。弊害、薬で言えば副作用が大きく、新たな問題を発生させることになります。

②として、医師・患者間の対話が重要であるということです。
医療は個別具体的事象であり、患者や病気、治療内容は千差万別ですので、当事者性の尊重、個別当事者の判断が重用です。

③として、理論と現実の共生が大切です。
事故調査によって、全て科学的に解明できることはあり得ないということを忘れてはいけません。「患者の納得」ということがよく言われますが、納得は個別的総合評価、つまり妥協の産物であるということです。

④として、責任追及効の排除が重要です。
責任追及は社会活動を制限することになります。誤った責任追及は医療の委縮を生み、正当な医療を破壊し、結果として医療を必要とする現在及び将来の一般国民に大きな打撃を与えることになります。

⑤として、法制度的な合理性についての考察が重要です。
制度設計で重要なことは、まずは制度目的ですが、さらに、制度運用によってどのような効果がもたらされるかという効果論の検討も重要です。つまり「目的効果論」が制度設計には不可欠です。例えば、責任追及を目的としない制度であると言っても、結果的に責任追及効果のおそれがあるのであれば、それを是正するとともに、実体的にも手続的にも憲法上の基本権保障に立脚した正しい制度設計にしなければなりません。

⑥として、不服申立制度の整備が重要です。
事故調査による医療冤罪の教訓から学ばなければならないということです。東京女子医大事件は誤った内務調査による冤罪の危険、大野病院事件は誤った外部調査による冤罪の危険に、担当医が晒された、記憶に新しい事故調査による医療冤罪事件です。
ここで思い出すべきは、1991年にNJMにて報告された、ハーバード・メディカル・マルプラクティス・スタディ(HMPS)第3報告です。3万人の入院患者カルテ分析で、280例に医療過誤があると判断されたが、実際に損害賠償請求をしていたケースは僅かに8例、逆に、医療過誤による損害賠償請求がなされたのは51例あったものの、その大部分は過誤がないケースであったと、医療の専門家が判断したというものです。弁護士が患者側に立って介入した医療事故について、弁護士による医療過誤の見立ては実に、97%程度は間違っていたということです。医療の非専門家に安易に過誤の判断をさせることは極めて危険だということです。
昨年(平成20年)、一部の弁護士によって作成された「院内事故調査ガイドライン」の内容は問題です。最近のわが国では法曹人口が増加傾向にあります。弁護士が巷に増えています。そしてこれは明らかに弁護士の質の低下を招いています。何も勉強せず何ら合理的裏付けもないままに、若い弁護士が医療訴訟を起こすケースが増えていると、東京地裁の医療集中部の裁判長が嘆いています。このような弁護士が、医療事故調査に関わるようになったらどうなると思いますか?弁護士の資格をもちながら弁護士でない人、ペテン師とは言いませんが、「ペテン護士」が増えていることを考えなければなりません。

⑦として、実現可能性の確保ができるかできないかが重要であるということです。この点で、法案大綱案は全く出鱈目でした。
厚労省は年間最大2000~3000件を想定し、1件当たり100万円で、年間20~30億円を想定しているということでした。しかし、原因不明の突然死は年間10万件ともいわれており、これを、どこで、誰が、如何なる基準で、2000~3000に絞るのでしょうか?一方、日本法医学会の試算では年間230億円必要とされています。因みに、現在のわが国の解剖体制は極めてプアです。解剖件数自体決して多いと言えないようですが、解剖されても限られた予算の中では十分な検討はできないのが実情です。司法解剖による医療冤罪と思われる事件を、私自身複数経験しております。

4 結局、事故調査については「必要な範囲で適正な予算を」考えるべきであるということになります。全ての患者が徹底的な死因究明を欲してはいないのです。法案大綱案は、ここに第三者が割って入って、遺体を持ていってしまうという構図です。先程も言いました。外部事故調査で科学的に全て解明されると考えるのは過剰な期待です。「納得」とは、個別的総合評価、すなわち、妥協の産物です。
これは医療側へ、特に未だに法案大綱案に賛成している医療者の方々に是非申し上げたいことです。「いま医療側が取り組むべきこと」は「捜査機関との談合ではない」ということ、「司法への国民参加という司法制度改革の大きな波の中で、いかに、医療者と患者・家族との間の信頼関係構築・維持を図るか」にあるということです。

「医療者と患者との共同作業による自律的事故調査システム」を構築しなければなりません。「医療崩壊の歴史は、医療に対する第三者からの行き過ぎた介入が進んで、医師患者関係という医療の基本部分が破壊されてきた歴史でもある」ということを再認識すべきです。第三者の最右翼は、マスコミです。中にはよく勉強して頑張っている記者の方もいるのですが、大部分は医療事件について殆ど勉強もしないでいきなり取材したり意見を述べたりと、非常に無責任な人が多いことは紛れもない事実です。「ペテン護士」といいましたが、「マスゴミ」が横行しています。

5 時間の関係で後のスライドは省略しますが、最後に是非聴いていただきたいことがありますので述べます。
平成11年1月11日(横浜市立大学患者取り違え事故)から、10年間、医療崩壊は確実に進行しました。日本の医療は老朽化したダムのように映ります。懸命に、医療現場の人々がダムの決壊を人海戦術で必死に食い止めている。これに、外部から、「そんなところにいないで、こっちに来て現状を説明しろ、過去を総括しろ、反省しろ」と言われる。しかし、現場から人を奪えばダムは決壊です。それは何を意味するか。現に医療を必要としている、病気の方々の命を奪い、幼い子供や高齢者の命を危険に晒すことになるのです。
医療事故の被害に遭われた方は大変お気の毒に思います。本日、後から発表される永井さん(医療の良心を守る市民の会代表)のお気持ちは決して無にしてはいけないと思いますし、医療の良心を守る市民の会など、事故被害者の会の方々の活動にも敬意を表します。しかし、それでも敢えて申し上げたいことがあります。それは、医療事故、医療過誤というのは、わが国の医療全体の中では、限られた病理の部分だということです。国民の圧倒的多数は、現時点での医療を欲し、医療を受け、快癒して、医療に対する感謝の気持ちを持って、帰宅の途についているのです。それらの人たちは、何も集団で声を上げることはありません。

今回、シンポ直前に、厚労省医療安全推進室が、ネット上で全国民を対象にアンケートを1カ月近くの間募集したそうです。しかし、帰ってきたのは600数十通。たった600数十通ですよ。このことをよく考えていただきたいのです。私には、5歳と3歳の息子がいます。11月は、新型インフルエンザの予防接種問題で、本当に親として心労の重なる日々でした。申し訳ありませんが、それこそ、本日のシンポなどどうでも良いと言いたくなるくらいです。国民の大多数は今目の前の病気、健康と向き合っているのです。それが正常な国民全体と医療との生理作用です。この正常な生理作用に対して、限られた一部の病理現象が大きな声をあげて一方的な基準なり規制を作り上げ、日常医療を不当に縛り、本当に必要な医療を国民全体から奪うことのないようにと、切に願って止みません。
なお、具体的な制度設計についての提案については、本年(平成21年)11月20日付で日本救急医学医会のホームページに掲載された内容に代えさせていただきます。救急医学会の提案をまとめる協議には、私は、後で発表される堤先生らとともに積極的に関わらせていただきました。
今後、より広く、全くタブーなどなく、開かれた議論が展開されることを期待いたします。少々時間をオーバーしましたが、私の発表を終わらせていただきます。

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