医療ガバナンス学会 (2010年5月21日 07:00)
【任意接種の壁】
私の長男は2004年9月にヒブ(Hib=インフルエンザ菌b型)による細菌性髄膜炎に罹患し、生死の淵を彷徨った。ヒブワクチンはWHOが1998年に加盟国に対し全ての子どもに無料で接種すべきと勧告している。長男の罹患はこの勧告から6年後のことである。つまり、有効性も安全性もお墨付きを与えられたワクチンが定期接種化されていなかったことによる、ワクチン・ラグの被害者といえよう。
実際にはこの時点では我が国ではヒブワクチンは発売はおろか承認すらされておらず、任意接種として接種することもままならない状態であったわけだが、では仮に当時、ヒブワクチンが国内で発売されており任意で接種できたとして、私は息子にヒブワクチンを接種していただろうか。私自身の答えは「No(ノー)」である。
過去に私は、「みずぼうそうのワクチン、打った方が良いかな」と妻から相談を受けた際に、「打つ必要は無いんじゃないか。打った方が良いワクチンなら定期接種化されているだろうし」と答えた。そう、国が全ての子どもが接種すべきだと勧奨している定期接種は「必要なもの」で、定期接種に該当しない任意接種は文字通り、任意で打てばよい程度のものであって必要性が高くないもの、と理解していたのだ(ちなみに、妻は私の意見は無視して水痘もムンプスも息子たちに接種していました)。国が「定期」と「定期外」とに区分しているのは医学的・科学的な根拠により区分するに値するだけの理由がある、と。ましてや接種する必要性をそれほど感じないワクチンに、数万円の接種費用が掛るとしたらなおさらのこと、積極的に接種しようなどとは考えないであろう。
息子の罹患という思い出したくも無い経験を経て、現在は我が国における定期接種だけでは不十分極まりないと考えるように至ったが、誰もが同様の経験をするわけではないし、今でも「予防接種は定期接種で十分」と考えている方は少なくないだろう。現在、ヒブワクチンも小児用肺炎球菌ワクチンも我が国で任意接種することができる状況になっている。しかし、その接種率は決して高くは無い。水痘もムンプスもHPVも肝炎関連ワクチンも同様である。以前の私と同様に「定期接種で十分」と考えている方が相当数いるだろうというのは想像に難くないし、また、ワクチンの供給不足や接種費用が高額であることなども大きな要因であろう。そして、これらの理由は突き詰めるとすべて「任意接種」であるが故の障壁なのである。
【間違いの根源】
4月21日の第7回予防接種部会のヒヤリングにおいて、神谷齋氏(独立行政法人国立病院機構三重病院名誉院長)は、現在の予防接種制度について「(我が国と米英とでは)接種システム自体に大きな差がある」とし、「定期接種と任意接種に分かれ、任意は予防接種法の外の取り扱い」となっていることが「間違いの根源である」と喝破した。予防接種法外の取り扱いとなる任意接種のワクチン・予防接種は、先述のように国民がその必要性や重要性を定期接種よりも低いものと理解してしまうこと、健康被害に対して十分な救済が受けられないこと、接種費用が高額となってしまうこと、行政機関が住民に対し接種を勧奨できないこと等、多くのネガティヴな影響をもたらす。そして接種率が高くならず、多くの子どもたちがVPDに罹患するという被害を受けることになる。
【薬害被害と酷似する構図】
リアルタイムで拡大し続けるVPD被害やポリオ生ワクチンによる二次感染被害に迅速に対応できていないという現状は、薬害被害に酷似している。先だって、厚生労働省の「薬害肝炎事件の検証及び再発防止のための医薬品行政のあり方検討委員会」は2年以上にわたる議論を経て最終提言をまとめた。ここでこれらの被害の防止に手をこまねくようであれば、防ぐことのできた被害を防げなかった、拡大させてしまった、という薬害被害の再発防止策は水泡と化すに等しいであろう。
現在進行形で生じ続けているVPD被害を食い止めるためには、まずは定期接種化の議論を最優先で行なう必要がある。予防接種制度の抜本的改正は必要だ。だが、現行制度内でも定期接種化は可能である。何も国内で承認・販売されているワクチンだけにこだわる必要は無い。国内に存在しないワクチンも含めて、定期接種化を議論することはできる。ポリオ生ワクチンを緊急輸入したように、また、昨年、新型インフルエンザワクチンを特例承認したように、被害を防ぐことを優先した対応は経験済みだ。
予防接種部会は、まずはこれ以上のVPD被害を生じさせないために「パッチを当てる」作業を進めるべきだ。