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Vol. 172 日本の移植医療の行方(2)

医療ガバナンス学会 (2010年5月20日 07:00)


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-骨髄バンクと臍帯血バンクのありかた-

名古屋大学大学院医学系研究科 造血細胞移植情報管理・生物統計学
鈴木律朗

2010年5月20日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


前回は骨髄バンクの問題点に触れた。今回はもう一方の臍帯血バンクネットワークの問題点を述べる。
骨髄と臍帯血は、ともに造血幹細胞という血液をすべて作ることができる細胞を含んでおり、このために移植が成立する。末梢血幹細胞という細胞もあるが、日本ではこれを非血縁者から採取することは認められていないので省略する。骨髄移植と臍帯血移植をまとめて、「造血細胞移植」とか「造血幹細胞移植」と言う。その造血細胞移植の観点からは、骨髄と臍帯血は「ほぼ同じもの」である。不謹慎とのそしりを承知で分かりやすく例えると、りんごとみかんのような違いであって、どちらも造血の源である。違いを挙げるとすると、骨髄は移植が決まってから提供者から採取するが、臍帯血はもともと出産時に捨てていた”へその緒”の中から絞り出した血液でいわば廃物利用である。これを捨てずに冷凍保存してあるわけで、移植する時に解凍して使用する。その意味では臍帯血バンクの方が、細胞が保存されているので「バンク」という言葉のイメージに近い。

臍帯血バンクは日本全国に存在する11の地方バンクと中央の「臍帯血バンクネットワーク」という調整組織で成り立っている。この「臍帯血バンクネットワーク」は任意団体で、財団法人化もされず、天下りも受け入れていない。こちらの場合の財務状況は悲惨である。移植件数は2008年で見ても骨髄バンク1046件vs.臍帯血バンク748件(造血細胞移植学会資料)と拮抗してきているが、職員数は骨髄バンク約70人に対して臍帯血バンクはわずか2人である。臍帯血バンクネットワークのホームページを見てみよう。委員会議事録の更新は平成19年度で止まったままである。筆者は同ネットワークの事業運営委員でもあるので知っているが、これは職員2名の怠慢によるものではない。そこまで手が回らないのである。実のところ、このホームページもネットワーク設立以来基本構築が変わっていない。情報の付け足しを繰り返しているため、大変分かりにくくなっている。関係者も周知のことであるが、人手と予算がないので手がつけられないのである。日常の臍帯血の供与にしわ寄せが出てはいけないから、こういう部分への対応が後手に回っているのである。そんな余裕ゼロのさなか、ただでさえ足りていない補助金の削減が決まった。宮城臍帯血バンクはただでさえ単年赤字のところ運転資金が更に足りなくなることが判明し、経営危機という事態に陥った。現システムは崩壊の危機に瀕しており、長期的視点に立った改革が必要である。

骨髄と臍帯血は、前にのべたように造血細胞移植にとっては「ほぼ同じもの」である。それがどうしてこうも扱いが違うのか。金銭面での違いは顕著である。補助金の額は公開されていないが、職員数の違いは前に述べた。移植施設に入る保険点数にしても、骨髄移植は1件65万6000円で、臍帯血移植は44万3000円である。ちなみに骨髄移植はこの4月に8万4000円分加算されたほか、採取料19万2000円というのも設定されている。臍帯血は移植のつど採取されるわけではなく、冷凍庫に保管されているので採取料の単純な比較はできないが、臍帯血の採取・保存の費用は補助金で賄われていることになっている。

ここでも医療の一部が補助金で賄われているのであるが、それがどういう根拠で昨年度削られてしまったのか?「医療の一部である」ことが忘れられていたのではないかと思われても仕方ない。システムとは自律的に回らねばシステムとは呼べない。その意味で、このような補助金依存が果たしてシステムと呼べるのかという疑問が生ずる。臍帯血とお金をめぐっては、さらに不思議なことがある。骨髄バンクには検査費用と調整費用ということで、患者さんからの実費および移植病院からの還流金が入っている。ところが臍帯血バンクにはこれがない。どちらのバンクにも共通する輸送実費のみである。一部の地方臍帯血バンクでは、患者さんから一部費用をいただいていた時期もあるが、「補助金で運営しているのにお金を取るとはけしからん」との指導で廃止されたと聞く。骨髄バンクには補助金は入っていないのだろうか?この扱いの違いはどこから来るのか?

海外に臍帯血を送る場合は、さらに不思議なことになっている。骨髄を海外とやり取りする場合は、国際価格である1件250~400万円がかかる。日本との差額が大きいがこれは医療システムと負担の考え方の違いによるものだ(実際には、日本の骨髄バンクは国内からの移植との差が大きすぎることを考慮して、その差が生じないよう調整している)。ところが臍帯血の場合、これを輸入すると上記の額が患者負担で必要になるが、輸出の場合は輸送費しか取ってはいけないことになっている。このため海外に提供する場合、わずか10~20万円という対価しか請求されない。日本国民の税金からなる補助金で、海外の移植患者さんの負担を軽減していると言えば美談だが、それが目的であるとは考えられない。りんごの輸出とみかんの輸出が、どうしてこうも違うのか。骨髄と臍帯血は、やはり一つの組織が一元的に扱うのがスジである。

移植医療は何も、骨髄や臍帯血などの造血細胞移植分野ばかりではない。固形臓器の移植分野でも補助金依存は言えることである。筆者は腎移植の研究班でも班員に属している。この班長のある大学教授は、補助金がなくなった場合のシステム維持のことを心配して奔走しており、これは何も骨髄移植という狭い医療分野に限った話ではないのである。医学は進歩を続けている。医学研究の目的は国民医療に還元されることが目的であるのだが、肝心の「どう医療システムに組み込んでいくか」の部分の手順が日本では定まっていない。当然、その評価システムもない。それをどう構築して行くか。医療保険の仕組みや背景が違うので、欧米のシステムはそのまま使えない。これまでは”何となく”欧米で確立した医療を日本に持ってくることで進んできたが、臨時対応を繰り返してきたことの歪みが出てきたのが現状である。一つ参考になるのは、米国の骨髄バンクでは患者さんやボランティアなど医療者や官僚以外の第三者が運営に携わっている点である。こうした人たちに複雑な医療の事情を分かってもらうように説明するのは骨が折れるのは想像に難くないが、急がば回れという言葉もある。今後の医療システムをどう変えて行くかが、今問われている。

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