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Vol.142 厚労省の抗体検査を見て

医療ガバナンス学会 (2020年7月9日 06:00)


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新宿ナビタスクリニック
院長 濱木珠恵

2020年7月9日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

私は、新宿駅に直結する内科クリニックの院長をしている。 1月からひろがった日本国内での新型コロナの流行は、3月中旬から4月にかけて首都圏・関西圏を中心にピークを迎えた後、一旦は収束したかに見えた。しかし現在、東京都では、7月2日以降、連日100人以上の新規感染者が確認されている。6月中旬から下旬にかけて1日の新規感染者数は50人ぐらいで推移していたが、6月19日の休業要請の解除以降、新宿区、豊島区を中心に20-30代の感染者が増え、7月2日以降、連日100人を超えている。若い世代は軽症であることが多い一方、活動性が高く感染がさらに広がる可能性がある。首都圏に限らず、地方都市でも新規感染者は散見されており、今後も新型コロナウイルス感染はしばらく続くだろう。
新宿区では4月末から新型コロナPCR検査スポットを開設し、区内のPCR検査を集約化した。5月中は10%弱だった検査陽性率は、6月中旬から上昇し、6月下旬からは連日30%-40%のPCR陽性率が続いている。私も連日のように感染疑いの方を検査スポットに紹介している。新宿区内での感染リスクの高いコミュニティや行動歴が見えてきており、それに該当する方は軽症であっても迅速に検査につなげたほうがよいと考えるからからだ。東京都では夜の街がことさら強調されてしまっているが、目に見えない感染者もまだまだ多いはずだ。コミュニティ内にどの程度、感染がひろまっているかをみるために抗体陽性率を見ることは有用である。

6月16日、厚生労働省は、東京都、大阪府、宮城県の3都府県で実施した新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)抗体検査の結果を発表した。抗体陽性率は東京都で0.10%、大阪府で0.17%、宮城県で0.03%だった。
( https://www.mhlw.go.jp/content/10906000/000640184.pdf 
この調査では、IgG抗体の有無を調べている。東京都、大阪府、宮城県でそれぞれ一般住民約3000人を無作為抽出して、同意を得た計7950人を対象にしている。これらの3都府県は、100万人以上の都市を有し、かつ人口が200万人以上の都道府県のうち、人口10万人あたりの新型コロナウイルス感染症累積感染者数が多い2自治体(東京都、大阪府)と少ない1自治体(宮城県)とのことだ。

欧米では10%前後の抗体陽性率が確認されている地域もあり、日本国内の感染率は概して低い。このことは既に日本赤十字や民間の医療機関などの報告されている。日本赤十字社の調査によると4月の献血者の抗体陽性率は、都内で0.6%、東北6県で0.4%であった。神戸市立医療センター中央市民病院では3/31-4/7の1000人の患者では3.0%、大阪市立大学附属病院の4月のある2日間の外来患者312人の調査では1.0%である。今回の報告は、このような過去の報告と比べてもなお低い。私は、今回の調査に疑問がある。

まずは、今回の数字をもって、東京都全部と言っていいのかという疑問だ。大阪、宮城の詳細は知らないが、東京都の検査は、豊島区、練馬区、板橋区の住民を対象に、検査が行われている。しかし、東京都は、23区とそれ以外の地域とでPCR陽性者数に大きな差がある。さらに23区内でも地域差が大きいのだ。

たとえば、6月3日時点の東京23区の住民人口10万人あたりのPCR陽性者数を比較してみる。23 区全体ではPCR陽性者数は47.0人/10万人だ。一方、東京の抗体陽性率が0.10%は10万人あたり約100人である。抗体陽性者の二人に一人がPCR検査で陽性になったことになる。日本はPCR検査の実施数が少ない。さらに、新型コロナウイルスは約8割が無症状だ。本当に抗体陽性率は、その程度なのだろうか。
大阪はPCR検査で確認された新型コロナ感染率0.02%に対し抗体陽性率0.17%であり、宮城は感染率0.004%に対し抗体陽性率0.03%である。ともに抗体陽性率は感染率の約10倍だ。

東京都内での超過死亡との関連についても気がかりな点はある。都内の今年3月の死者数は1万694人、4月は1万107人。これらの数字は過去最多で、それぞれ直近5年の平均死者数から423人、1058人増えたという。新型コロナによる両月の都内の死者数は119人と発表されているが、その10倍以上の死者数の増加だ。今年はインフルエンザの流行が小さかった。超過死亡の相当数に新型コロナ感染が影響した可能性は大きい。東京の陽性率は過小評価されていないだろうか。

今回の調査は方法自体に問題がある。例えば、米国アボット社とスイスロシュ社の2つの方法で検査を行い、ともに陽性の場合のみ抗体保有と判定している。東京都でいえば、アボット社の検査の陽性率は0.20 %、ロシュ社での陽性率は0.30 %だった。参考値とされた米国モコバイオ社は1.07 %と2社とは乖離している。
このやり方は偽陽性を除外したいという考え方で行われたのだろう。しかし、これは今回の検査の感度をさげて特異度をあげる操作である。片方のみ陽性の方を偽陽性と判断して陰性のグループにいれている。本当に感染していないなら特異度(感染していない人を正しく陰性と診断する割合)は上がるが、もし除外された方が実際は既感染であったならば感度をさげる方向に働いてしまう。2社が報告している検査精度を見ると、アボット社の特異度は99.63%、感染から14日以上経過した場合の感度は100%( https://www.fda.gov/media/137383/download )、ロシュ社の特異度を99.81%、感染から14日以上経過した場合の感度を100%( https://www.fda.gov/media/137605/download )とされている。個々人の患者を診断する目的であれば偽陽性を避けて診断を確定させるために複数の検査で確認することも一つの手段ではあろうが、今回は有病率の低い感染症の全体への広がりを把握する目的だ。重複した数のみを評価することの目的はなんだろう。検査結果を中央値や平均値などを示すのではだめだったのか。ちなみに参考値のモコバイオ社の数値は、東京、大阪、宮城での実際の患者数の比率と乖離しており、検査の感度、特異度という意味では興味深い数値ではある。

東京都を一律に扱うことも問題が大きい。区ごとで見ると新宿区122.5 人/10万人、港区124.8人/10万人と、都心部で圧倒的に陽性者率が高い。一方、豊島区は51.3人/10万人、練馬区は37.5人/10万人、板橋区25.0人/10万人である。新宿区・港区と板橋区では5倍も陽性率が違う。これらの地域を対象として選んだ根拠はどこにあるのだろう。

我々のナビタスクリニックグループでも、新宿と立川において、希望者に対する抗体検査を行っている。すでにそのデータもまとめて、Journal of Primary Care and Communi-ty Health誌に受理され、掲載待ちである(https://www.medrxiv.org/content/10.1101/2020.06.03.20121020v1#disqus_thread )。4月末時点では、約202人中5.8%の方に陽性反応が出ていた。5月末までの検査では1071人の方に3.83%(95%信頼区間:2.76-5.16)の陽性率となった。23区4.68%[95%CI:3.08-6.79]、23区外1.83 [0.68-3.95]だった。使用している検査キットは厚生労働省に使われたものとは異なる検査会社のものであり、かつ定性検査で、厚生労働省の検査とは方法が違うため同一視はできないものの、同じ東京都内でも地域差があることは、今回の調査とかわらない。

既に6月10日のMRICメールマガジン( http://medg.jp/mt/?p=9686 )において、東京都におけるSARS-CoV-2のPCR陽性率からみた地域差の比較について、佐藤一樹医師の考察が掲載されている。ナビタスクリニックの抗体陽性率は、前述の通り23区部では東京都全体の1.2倍になるが、この割合はPCR陽性率とほぼ一致している。ただし、各区や各エリアで比較すると、都心6区ではPCR陽性率が高いが抗体陽性率では城南や城西地区より低くなるなど乖離しており、同一性が見られないとのことである。PCR検査数が多い地域と居住地域との差があるのかもしれない。これを見ていると、3つの区をサンプルにして23区全体を語るのは困難だと感じる。もっときめ細かい解説が必要だ。

さらに、抗体検査の目的にも疑義がある。東京や大阪など地域全体の陽性率を出す以上に大切な事がある。それは新型コロナに感染しやすい集団を同定することだ。厚生労働省に先立ち、6月11日には、ソフトバンクグループがグループ社員や医療従事者など約4万4000人の新型コロナウイルス抗体検査の結果を発表した。全体の抗体陽性率は0.43%だったが、医療従事者約5800人に限ると抗体陽性率は1.79%だったという。医療従事者の抗体陽性率を高いとみるか低いとみるかには多くの意見があるだろうが、一般の方よりも感染者に接触する可能性が高いということを反映していることは間違いない。(動画 https://www.youtube.com/watch?v=O6ivx0qndFQ 、資料 https://group.softbank/system/files/pdf/antibodytest.pdf

コミュニティによる感染リスクを評価するのが有用であることは、海外の事例からも見えてくる。例えば米国ニューヨーク市では、低所得者層の多いブロンクスで34%、ブルックリンでは29%と陽性率が高い一方、マンハッタンでは20%程度である。これは低所得者層の多くが地下鉄で移動しているなどの環境要因が影響していると考えられる。富裕層と低所得者層とで、注力すべき対策が異なってくるかもしれない。また感染リスクが高いコミュニティにはより迅速なPCR検査と感染予防のための隔離が求められる。同様の見方をすれば、日本国内ではホームレスなど衛生環境を維持しにくい環境にいる方々への手厚い対策も必要だろう。

一方、新型コロナ感染症での抗体検査の限界を示す知見も出ている。6月29日、カロリンスカ研究所は、無症状あるいは軽い症状の感染者からは、抗体ができていなくてもT細胞を介した免疫反応が見られたという研究報告をした。T細胞を中心とした細胞性免疫が働いており、抗体を作る細胞性免疫よりも頻度が多かったとのことだ。抗体を作らずともウイルスを抑えられるということは朗報であるが、抗体検査では感染の広がりの全貌をつかむことは難しいと考えられる。また、7月6日、スペイン保健省は、抗体が一時的なものにすぎず、不十分な可能性があることを示唆する研究結果を発表した。研究はスペイン人約7万人を対象に、3ヵ月かけて3回の抗体検査を行った。1回目の検査で陽性だった被験者の14%が3回目の検査であり、最終的に被験者全体の約5%だったという。集団免疫は期待できないかもしれないと同時に、タイミングよく検査を行わなければ、抗体があった方でも既感染を確認することができないということでもある。

今後、社会活動、経済活動を維持しながら新型コロナ感染症を防いでいくためにも、どの集団で感染リスクが高いのかという被験者の背景を分析することが必要だ。抗体検査にも限界はあるが、それをふまえたうえで集団検査により感染の広がりを判断することは可能なはずだ。手段としてうまく活用すべきである。感染リスクに応じて、感染拡大予防のための介入もしくは必要時に迅速にPCR検査を行う体制などを準備できるはずだ。
以上が、厚生労働省の抗体検査報告をみた私の所感である。

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