医療ガバナンス学会 (2020年10月13日 06:00)
この原稿は月刊集中10月末日発売号に掲載予定です
井上法律事務所 弁護士
井上清成
2020年10月13日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
かつて新型インフルエンザが流行した折、2009年(平成21年)12月4日に、「新型インフルエンザ予防接種による健康被害の救済等に関する特別措置法」(以下、「新型インフル予防接種特措法」と略す。なお、それは「新型インフル対策特措法」とは異なった法律である、念のため。)が制定された。その後、新型インフルの収束に伴って、その特措法も(予防接種法に取り込まれ、その後に)失効していったが、この度、新型コロナワクチン接種の開始を見据えて、新型インフルワクチンの時と類似の措置が復活しようとしている。
そこで、かつての「新型インフル予防接種特措法」を概観し、今回、さらに手厚い措置を取るための法技術的なポイントを紹介したい。
2.「新型インフル予防接種特措法」の概要
新型インフル予防接種特措法は、大きく2つの柱からなっていた。1つは、予防接種健康被害の救済措置であり、もう1つは、特例承認ワクチン製造販売業者への損失補償である。
条文に沿って紹介すると、第3条は予防接種健康被害救済のための給付であり、「厚生労働大臣は、自らが行う新型インフルエンザ予防接種を受けた者が、疾病にかかり、障害の状態となり、又は死亡した場合において、」その因果関係を認定したときは、医療費及び医療手当・障害児養育年金・障害年金・遺族年金又は遺族一時金・葬祭料を、予防接種法の二種疾病(現在は、B類疾病)の定期接種に係る給付水準を踏まえた給付を行うこととした。
第6条では「損害賠償との調整」をすることとし、「厚生労働大臣は、給付を受けるべき者が同一の事由について損害賠償を受けたときは、その価額の限度において、給付を行わないことができる。」との定めを置いた。もちろん、その給付に対して公租公課はかからない(第9条〔公課の禁止〕)。
また、もう1つの柱である「特例承認新型インフルエンザワクチン製造販売業者との補償契約」については、第11条に定められた。それは、「政府は、厚生労働大臣が新型インフルエンザワクチンの購入契約を締結する特例承認新型インフルエンザワクチン製造販売業者を相手方として、当該購入契約に係る新型インフルエンザワクチンの国内における使用による健康被害に係る損害を賠償することその他当該購入契約に係る新型インフルエンザワクチンに関して行われる請求に応ずることにより当該相手方及びその関係者に生ずる損失を政府が補償することを約する契約を締結することができる。」というものである。
3.新型コロナでは手厚い健康被害救済と損失補償を
実際のところ、新型インフルワクチン予防接種は、同法第3条に「厚生労働大臣は、自らが行う新型インフルエンザ予防接種」とあるとおり、「国の予算事業」として行われていた。そのため、健康被害救済の給付水準は予防接種法上の「B類疾病」の「定期接種」に係る給付水準を踏まえたもの、つまり、薬機法の薬事承認医療品と同水準に抑えられることになってしまう。すなわち、給付額は必ずしも高くはなかったのである。
今回の新型コロナワクチンにおいては、たとえA類疾病でなくてB類疾病に位置付けられたとしても、「臨時接種」または国民には努力義務が無いもののこれと同等のものとし、給付額を高水準のものと設定すべきであろう。そこで、たとえば「死亡した場合の補償」にしても、「遺族年金又は遺族一時金」ではなく「死亡一時金」(現行は、4400万円)にすることとなる。
さらに、「ワクチン製造販売業者との補償契約」についても、必ずしも「特例承認」の場合に限定する必要もない。「特例承認」であるかないかに関わらず、すべての「承認」された新型コロナワクチンについて、必要な損失補償をすべきであろう。
4.新型コロナワクチン予防接種には医療免責を
かつて、「特例承認ワクチン製造販売業者」には政府から全面的な損失補償がなされていた。つまり、医薬品(ワクチン)については実質的な免責がなされていたのである。
もちろん、「臨時接種」などについて国家賠償法に基づく損害賠償請求訴訟が起こされたとしても、直接には都道府県や市町村が応訴し、場合によっては損害賠償義務を負担するだけであって、予防接種を直接に行った個々の医師も損害賠償責任を負うわけではない。しかしながら、訴訟の中においては実際の「被告」は当該「予防接種を直接に行った個々の医師」であるとも評しえよう。その「個々の医師」に過失や違法性があったかどうかが、まさに争点となるのが通常だからである。
この度の新型コロナは、我が国のみならず全世界に甚大な被害を及ぼした。今後も医療従事者をはじめとした皆が感染拡大防止のために全力を尽くさなければならない。そのためにワクチンは必要不可欠なものの一つではあるが、いかにしても全く初めてのものであるし、余りにも緊急のことなので、「個々の医師」の過失や違法性にこだわっていてはワクチンの普及に疑問符が付いてしまう。
そこで、この際、大きな政策的決断として、新型コロナワクチン予防接種には医療免責(加えて、医薬品免責も。)を導入すべきである。
5.医療・医薬品免責の法技術
すでに我が国においても10年以上前から議論されているとおり、免責型の無過失補償にはいくつもの型(法技術)が存在していた。その中で最も分かりやすいものは選択型であろう。
たとえば、現在の予防接種健康被害救済の給付に、「解決金」(死亡ならば3000万円くらい、障害ならば2000~4000万円くらい)を上乗せし、一律の追加給付の選択型とするのである。「解決金」を選択するかしないかを一定期間(たとえば2年間)のうちに被害者側が決定することとし、「解決金」が選択されれば一律の追加給付が行われ、「解決金」が選択されなければ通常の訴訟などに係らしめることとなろう。
その場合には、現行の予防接種法第18条(前掲の新型インフル予防接種特措法第6条と同様)に、たとえば「ただし、給付を受けるべき者が同一の事由について政令で定める解決金を受けたときは、この限りではない。」などという定めを法改正によって挿入すれば足りるのである。
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