医療ガバナンス学会 (2020年10月16日 06:00)
株式会社メディエコ研究開発
槇 和男
2020年10月16日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
COVID-19 では未発症者による感染が40%程度あり、このことが感染の抑制を難しくしていることは良く知られています。感染者を隔離してしまうことが困難なので、社会的活動を抑制して全ての人と人の接触を抑制せざるを得なくなっています。そういう状況の中で、感染の状況を解析するための数理モデルとして、従来のSIRモデルやSEIRモデルではなく、隔離の程度を直接モデルの中に取り込んだSIQRモデルやSEIQRモデルを使うのが一般的になっています。感染者全体に対して検査で陽性者として日々隔離する比率を隔離率と定義し、このパラメータを大きくすることで検査隔離体制の整備拡張の効果を議論している数理モデルです。私の論文はそのモデルの改良版ですが、大きく二つのポイントがあります。
一つは隔離の開始の遅れを取り入れることです。感染可能になっても2日程は症状が出ませんし、症状が出ても検査体制が未整備な状態では待機させられますので、当然遅れる訳ですが、従来のモデルではその点が充分考慮されていません。具体的には、隔離開始に遅れがあると、隔離率をいくら上げても感染が抑えられなくなることが判ります。
もう一つは隔離開始と隔離率という二つのパラメータを実際に記録されている発症日と検査確定日のデータを利用して決めることができる、という事です。隔離率というのは定義からして、全感染者数が判らないと決まりませんので、隔離の効果を議論するために、現状の何倍にすればどうなるという議論しかできません。このことが政策決定の観点からは不十分な処なのですが、実際のデータから決められるということになると、隔離政策の効果を直接評価でき、またどの程度整備すれば良いかという目安が得られることになります。実際に、東京圏のデータから、5月までに比べて6月以降では検査体制が整備されてきたことが明確になり、そのことが実効再生産数の低下にどれくらい寄与したかという定量的な評価が出来ています。
しかし、大きな問題は、この重要な発症日がしばしば記録されていないことです。実際東京都のデータには記録されていませんでしたので、周辺の神奈川・埼玉・千葉のデータを使って、東京圏として解析するしかありませんでした。更に、現状では未発症者の隔離がそれほどの比率ではないと思いますが、今後隔離体制が充実してくると問題は大きくなります。未発症者が隔離の後で発症した場合の発症日の記録が欠けてしまうと、その隔離政策の効果が評価できなくなってしまいます。
諸外国ではどうなっているのか、私には調べる余裕もありませんが、公的機関によってデータが整備されているのではないか、と想像しております。日本からのCOVID-19の論文があまり見られない、とりわけ私の関与しているような疫学モデルによる解析の論文が非常に少ないのも、基本的なデータの整備の遅れが関係しているのではないかと想像されます。実際私の使ったデータはジャッグジャパン株式会社のボランティア活動として各自治体からのデータを取りまとめて公開されたものです。こういう事を一人でやるのは非常に困難ですから、やはり公的機関でやるべきではないかと思います。