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vol 8 「日本の医療とCSR」

医療ガバナンス学会 (2006年4月20日 05:50)


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2006年4月20日発行
多摩大学 医療リスク研究所教授
(医師、MBA) 真野俊樹先生


●医師は目の前の患者を治療する

医師は目の前の患者に対して最善を尽くして治療する、大命題である。私も医
師の端くれとして、あるいは現行の医学部教育をうけたものとして、これを否定
する人はいないと思われる。

しかし、最近この大命題を否定まではいかないまでも、おびやかす状況が生まれ
てきた。そのひとつは、「目の前の患者のみに全力を尽くせばいいのか」という
点である。

 

●社会とのつながり

ここで、最近企業で重視されている、「社会的責任」という考え方を紹介した
い。最近よく指摘される企業の社会的責任について確認しておこう。ここで、企
業と表現したが、広く組織の意味にあてはまるので、以下、組織と表現する。

組織は、社会とのつながりをいろいろな表現であきらかにしているが、そのな
かで最近とくに多いものが「社会貢献」である。この「社会貢献」の意味を考え
てみよう。

(1)「社会に貢献する」
――まず、「社会に貢献する」は多くの会社が用いている。

(2)「貢献する社会の形状」
――次に、どのような形状の社会に貢献するのか。この社会についての形容
詞を拾うと、「豊かな、生き生きとした、クリーンで・クオリティの高い、豊か
で・ゆとりのある」などという言葉が「社会」についている。

(3)「創造・建設をする対象としての社会」
――また、各社の経営理念は、社会を動かしにくい総体とみるのでなく、創
造・建設をする対象とみている。すなわち、「社会づくり、人間社会の実現、地
球社会の建設、生活基盤づくり、人間環境づくり」、こういったものへの貢献で
ある。

(4)「社会の向上・発展への貢献」
――そして、社会についてとくにその発展や繁栄を志向し、これへの貢献を
考えている会社もある。「社会の向上・発展、社会の繁栄、人類社会の幸福」へ
の貢献といったものである。

(5)「文化への貢献」
――社会貢献というよりも文化貢献をめざしている会社もある。「生活文化
への貢献、快適なヒューマン・ライフづくり、豊かな未来、心豊かなくらし」へ
の貢献である。
この中の多くに、医療機関の目的にほぼ重なる部分が多いことに注目したい。
すなわち、医療機関はあえて社会貢献を強調しなくてもそのものが社会貢献をし
ているといえよう。

 
●モノを所有する責任

ここで、意外に忘れがちなことは、モノを所有することの第三者に対する責任
である。特に、お金でさまざまなものが買える時代になると余計にそうであろう。

企業という法人を所有する「株主」は、企業を取り巻くさまざまなステークホ
ルダーに対して責任(とくに社会的責任)を負うのであろうか。日本経済新聞社
の「CSR―企業価値をどう高めるか」に面白い例が載っていたので紹介したい。

今、複数の者が共同出資して「虎」を飼うとしよう。この飼い主たちは「虎が
人によくなついており、しかも檻に入れて飼うし、また管理人もいるので、他人
に危害を及ぼすことはない」と楽観視していた。一方、近隣住民は、彼らが虎を
飼おうとしている事実を知らなかったため、これに対しとくに苦情を申し立てる
こともなかった。しかし、虎を飼いはじめてから数ヶ月経過したころ、近隣住民
は虎が飼われている事実を知った。住民は生活に不安を感じたが、飼い主に対し
虎の処分を求めることまではしなかった。数ヶ月経過したある日、不幸なことに、
虎は檻から脱走し、近隣住民数人をかみ殺した。

これと類似した例をもう一つ挙げておこう。今、複数の者が共同出資し、ある
化学会社を操業する。彼らは「同社の製造する商品が今後大量に売れる」と考え
ていた。これと併せ「同社が扱う科学物質は従業員によって合理的に管理される
ため、環境汚染などのリスクもきわめて低い」と楽観視していた。一方、近隣住
民は、同社がかなり危険な化学物質を使用することを知らなかったため、会社に
対し苦情を申し立てることもなかった。しかし、操業から数ヶ月経過したころ、
近隣住民は、危険な化学物質が処理されている事実を知った。住民は生活に不安
を感じたが、まさか事故が発生するとは思ってもいなかったため、操業停止など
は求めなかった。数ヶ月経過したある日、同社の工場で爆発事故が発生し、この
とき、近くを往来していた住民数名が、事故に巻き込まれ犠牲者となった。

いずれのケースでも、犠牲者がでたわけだから、所有者は相当の責任を負わな
ければならない。ただし、制度論的にいえば、化学会社に出資した所有者たちは、
自分たちの出資した金額分を上限として責任(有限責任)を負うだけで、それ以
外の責任は負わない。問題は、これと同様の考え方を虎の所有者たちも主張でき
るか、ということである。すなわち「自分たちは、虎に出資した金額分を上限と
して責任を負うだけで、それ以外の責任は負わない」と主張できるかいなかであ
る。いうまでもなく、所有していた虎が他人(第三者)を傷つければ、その所有
者たちが虎の行動に関して全責任を負うことになる。

 

●CSRとは

CSRはCorporate Social Responsibilityの略で、「企業組織と社会の健全な成
長を保護し、促進することを目的として、不祥事の発症を未然に防ぐとともに、
社会に積極的に貢献していくために企業の内外に働きかける制度的義務と責任」
などと定義される。

最近、企業への投資に際して「財務的側面だけでなく、社会的・倫理的側面か
らも企業を評価して投資対象を選ぶ」という場合がある。米国で生まれた概念で
あるが、これは社会の変化に結びついた投資の概念変化である。これをSRI(社
会的責任投資:Social Responsibility Investment)という。注目すべきはSRI
をはじめとして、環境や社会問題への対応が資金調達面でも考慮されつつある点
である。アメリカでは二兆一六四〇億ドル(約二四〇兆円)、欧州では三四八二
億ユーロ(約四五兆円)まで、SRI市場が拡大しているという。日本では現在の
ところ一三〇〇億円と小規模ではあるものの、金融機関によるCSR活動として現
在取り組みが本格化している。また融資のひとつの形態として、CSRへの取り組
みを評価指標の一つに入れ込む銀行も現れはじめるなど、さまざまな資金調達の
評価軸にCSRへの姿勢が組み込まれつつある。そもそも株主や事業家は、有限責
任という形で自らの責任を回避するために株式会社制度を考案したわけだから、
この点を明確にしておかなければならない。

さらに、CSR活動などに熱心な企業の製品・サービスを、積極的に購入するSRB
(社会的責任購買:Social Responsibility Buying)も増大している。さらに
「環境と人間の健康を最優先し、持続可能な社会のあり方を志向するライフスタ
イル」を標榜するLOHAS(Lifestyles of Health and Sustainability)に該当す
る人々が、アメリカでは約六三〇〇万人、欧州では約八〇〇〇万人いるという点
も重要である。もはや環境や社会を、経営軸の一つに据えなければ、企業価値を
創造することは難しくなりつつあるのだ。

 

●医療機関の弱点

医療機関においては患者およびその家族へのサービス提供という観点から、既
に社会貢献を為しているという自負が古くから存在していたために積極的に社会
貢献をしていこうという考えが少なかった。

すなわち、医療機関は個別の患者には目を向けているが、社会には余り目を向
けてこなかった。これは医療の質の向上、といったあたり前の議論でも見られる。
このひとつの例が、医療関係者が認める質ではなく、あくまで患者や社会が認め
る質、社会にとって必要な医療機関であることが重要である、という視点である。

繰り返しになるが、医療機関というのは、今日明日にできたり、なくなったり
するものではない。長く同じ場所で地域の医療に貢献するものである。そう考え
れば、地域に評価される質こそが、最重要になるのである。医療機関のような非
営利組織の場合には、非営利組織の事業価値 = キャッシュフローに基づく事業
価値 + 社会的価値と見る見方もある。お金だけではない。

もちろん、これらの主張は目の前の患者さんを治療することに全力を注ぐこと
を否定するものではないことも最後に確認しておきたい。

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