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Vol.226 デマに翻弄されないために、今こそヘルスリテラシーの再考を -新型コロナウイルスと保健医療2035-

医療ガバナンス学会 (2020年11月5日 06:00)


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京都大学大学院 医学研究科 博士後期課程
秤谷隼世

2020年11月5日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

京都大学大学院 医学研究科の秤谷と申します。
博士課程の学生として再生医療を目指した技術の基礎研究に励みながら、
“健康”という概念の歴史的な変遷、現代における捉えられ方などを人文学・社会学・人類学的視点から学ぶ任意団体での活動を展開しております。

今回の寄稿では、COVID-19を取り巻くヘルスコミュニケーションを振り返ってみたいと思います。

◆情報に振り回される人々◆
半年ほど前、医学研究科という属性のせいか、筆者は新型コロナウイルスに関わる医療情報について身の回りから質問を投げかけられる日々が続きました。筆者としては、自分の大切な人には出来るだけ誤った情報を伝えたくないので、検算のためにいくつか文献を探りました。

今となっては「流言」として周知のものかもしれませんが、例えば次のような情報を、読者の皆様も耳にしたことがあるのではないでしょうか。

「効果ある?ない? 次亜塩素酸水めぐり混乱広がる[1]」
「新型コロナウイルスは熱に弱いので、26〜27℃のお湯を飲めば感染を予防できる[2]」

第一波に比べ感染症の騒ぎが落ち着いた今、こうした情報を振り返ってみると、「どうしてこのような情報に振り回されていたのだろう」などと考えてしまうかもしれません。よく考えて、少し調べてみればわかるのに、どういうわけか出来事の渦中にいると、私たちはこうした情報に飛びついては振り回されてしまいがちです。何が正しくて、どの情報を信じたらよいのか、さっぱりわからなくなります。

では、どうして人は、情報に振り回されるのでしょうか。

◆デマとは何か◆
そこでまず、人々が飛びついてしまいがちな「情報」の類義語を調べてみると色々出てきます。weblio辞書の検索結果を引用してみます。

・噂   :1 そこにいない人を話題にしてあれこれ話すこと。また、その話。
2 世間で言いふらされている明確でない話。風評。「変な噂が立つ」
・飛語  :根拠のないうわさ。デマ。
・ゴシップ:個人的な事情についての、興味本位のうわさ話。
・デマ  :1 政治的な目的で、意図的に流す扇動的かつ虚偽の情報。
2 事実に反するうわさ。流言飛語。「人を中傷するデマを飛ばす」

これらを見てみると、「人」を話題にした話か、「根拠のない情報」に大別されそうです。そして「デマ」といった場合、この言葉は政治的背景から意図的に流す情報です。

それでは冒頭の次亜塩素酸やお湯のお話は、政治的背景に端を発する「デマ」なのでしょうか。それとも、誰かが誇張して広まった単なる根拠のない「噂」なのでしょうか。
明らかなデマの例は、トランプ大統領のコロナ対策に対する発言であるといえるでしょう。当初に新型コロナウイルスはインフルエンザより致命的だと発言していた一方で、別の会見では「ウイルスはすぐに消え去るものだ」と言っていたりもします[3]。発言の変容には、大統領選への影響を配慮してのことも大きかったことでしょう。

では、「PCRの偽陽性が1%」と主張する厚生労働省医系技官の発言はどうでしょうか。実際に偽陽性が1%であれば国内外で行われている大量のPCR検査で擬陽性が問題となるケースが出てもおかしくありませんが、そうした地域は報告されていません。となるとこの発言も何らかの利権が関与したデマか誤報の可能性が高いといえそうです。

ではどうして、正しい情報が広まらずに、デマや流言のような根拠のない情報ばかりが出回ってしまうのでしょうか。なぜ、デマが流布してしまうのでしょうか。
◆デマの流布度は、重要度と曖昧さの積に比例する◆
これに関しては、心理学者のG.W.オルポートらが興味深い考察として「デマの公式」なるものを1952年に『デマの心理学』の中で発表しています[4]。

これによると、デマの流布量(Rumor)は、重要度(Importance)と曖昧さ(Ambiguity)の積に比例するとして、以下の公式が説明されています。

R ∝ I・A

オルポートらは、戦前の米国における伝染病に関するデマの広がりからこの分析をしたそうです。曰く、「政府の信頼度が低く、曖昧さが下がらなかったこと」をデマが広がった理由として結論づけています。

それでは、私たちはこのような歴史から何を学んだのでしょうか。
残念ながら、今回の新型コロナウイルス騒動でのデマの拡散も、本公式がそっくりそのまま当てはめられてしまいそうです。まず、新型コロナウイルス関連の情報は、生命にかかわるため、人々にとっての重要度 (Importance)は高いといってもよさそうです(注釈1)。そして、曖昧さ (Ambiguity)については多くの人がご存知の通り、このウイルスに関して人類は未知のことがあまりにも多いです(特にロックダウン当時など)。実際、曖昧なままの情報が論文として発表されてしまい、データの信憑性が保たれないとして撤回されるといったことも、LancetやNew Engrand Journal of Medicineといった一流の国際医学臨床論文雑誌で起こっています[5,6] (注釈2).

このように考えてみると、感染症に関するデマはまたしても流通してしまった、とも考えられるわけです。これからも私たちはデマ情報に振り回されてしまうのでしょうか。そして私たちはこのままでいいのでしょうか。いや、そんなことはないはずです。

◆保健医療2035の達成に向けて:私たちのヘルスリテラシー◆
歴史を繰り返さないためにも私たちは、健康にまつわる情報とのお付き合いの仕方を考え直すべき時に来ていると考えます。いわゆる「ヘルスリテラシー」というものです(注釈3)。

2015年、厚生労働省から「保健医療2035」 [7] という提言が発表され、当時界隈で話題になりました。この提言では、2035年までに日本が到達すべき保健医療上の目標として「世界最高水準の健康、医療を享受でき、安心、満足、納得を得ることができる持続可能な保健医療システムを構築し、我が国及び世界の繁栄に貢献する」ということが掲げられています(注釈4)。
これを到達するために実現すべき3つの展望(VISION)の一つに「LIFE DESIGN ~主体的選択を社会で支える~」という項目があります。この中で何度か「ヘルスリテラシー」という言葉が登場します。

これまで、医療サービスの利用者は、健康医療に関わる基礎知識の不足や受け身的な関わり方により、医療への過剰な期待や反応を持つ傾向があった。こうした点を是正するため、学校教育、医療従事者、行政、NPO 及び保険者からの働きかけなどによってヘルスリテラシーを身につけるための支援をする。

生涯を通じた健康なライフスタイルの実現 ・ 子どもから高齢者に至る生涯を通じた予防・健康づくりを、社会を挙げて支える必要がある。このため、保育・幼児教育から職場やコミュニティ等のあらゆる場で、世代を超えた健康に関する教育の機会を提供し、ヘルスリテラシーを身につけるための取組みを促進する。

これらは提言の中で掲げられているアクションプランの一部です。内容をみるに、厚生労働省や提言書策定メンバーは、一般市民(消費者)の健康に関する主体的意思決定を支えるために、2035年の未来に向けて我々のヘルスリテラシー向上を狙っていることが読み取れます。しかしながら今回のコロナ禍を振り返るに、提言が策定されてから5年たった今も我々はまだ、ヘルスリテラシーを身につけたということができるような状態とは程遠いところに位置していそうです。

◆デマ情報に振り回されないためのヘルスリテラシー◆

それでは、我々はどのようにしてヘルスリテラシーを身につけていけばよいのでしょうか。「デマと思われる」情報が「本当にデマなのかどうか」を判断するのは難しそうです。というのも、政治的背景というのは往々にして見えにくいからです。

しかしながら私たちには、「その出回っている情報は、本当に真実なのか?」を判断する力を身につけることはできそうです。情報の根拠を見出し、正しさを見抜く力、これが、私たちが身につけるべき保健医療2035で提唱されているようなヘルスリテラシーではないでしょうか。

◆厚生労働省と保健医療2035策定メンバーとの意見の相違◆
ところで面白いことに、新型コロナウイルス感染症対策について、保健医療2035策定懇談会のメンバーらの主張と厚生労働省(政府)の主張とに、食い違いがあります。
例えば、提言書策定懇談会メンバーチェアを務めていた渋谷先生は、感染拡大を早期に防ぐことが大前提だと主張し、PCR検査の体制・インフラを整えることを主張していますが、厚生労働省は「PCR検査の臨床的感度が低い」として検査拡大に対して否定的な立場を取っています[8]。
これはデマなのでしょうか?
様々な利権が絡みあったりすることで、どちらかの主張がデマ情報として流布してしまっているか、あるいは本当に意見が食い違っているかですが、おそらく前者でしょう。
本議論に関して私たち国民は、PCR検査そのものの原理、そして目的をよく理解することが肝要に思われます。例えば、臨床診断のためにPCRを行うのと、感染制御を目的として無症状感染者をコントロールするために行うのとではやはり方法論に違いがでてきそうですね。

◆真にリテレート(Literate)な人とは◆
冒頭の問いは「どうして人は、デマ情報に振り回されるのでしょうか。」というものでした。本記事では、「デマ」の定義や「デマの公式」に基づいてこの疑問を考えてみましたが、これはあくまでもデマの流布という「現象」(結果)に着目したものであって、「人々がなぜ心理としてデマ情報に流されるのか」といった原因に根ざした考察ではありません。問題の根源を取り巻く課題や根拠の考察なしに、ヘルスリテラシーにまつわる根深い事象の解決はありえません。

デマとはいったい何か、何を持って正しい情報と言えるのか、といった議論なしに、私たちは真にリテレートな人にはなれないのではないでしょうか。いや、そもそも「真にリテレートな人」とはいったいどんな人なのでしょうか。

情報が必要となる時期を知っている人でしょうか?
情報へのアクセスの仕方を知っている人でしょうか?
どんな情報が必要かを知っている人でしょうか?

色々な定義ができると思います。冒頭で私は、「情報を検算している」と述べましたが、そういった姿勢も、真にリテレートな人であるための必要条件かもしれません。

【注釈】
(1)重要度の高い致死率に関する情報さえ、曖昧さが高いまま流布するような状況であったといえよう。また、bioRxivといったプレプリントの普及なども、後述の「曖昧さ」の拡大を助長していた可能性もある。

(2)そうかといえ、確実性の高いデータしか発表すべきでない、というわけではないと考えている。もともと多くの学術論文で発表されるデータに、その再現性が得られにくいという現象が指摘されており、これは「再現性の危機」として知られている。
Nature 533, 452–454 (26 May 2016)
https://www.nature.com/news/1-500-scientists-lift-the-lid-on-reproducibility-1.19970

情報とは不確実性を減ずるものであり、発表するその時点で得られる限りのベストエフォートとしてのデータが曖昧であったとしても、人々にとっては何らかの意味を成すことがある。かといって学術誌の出版社が過剰に権威や利益を追求してむやみに論文を発表してしまうのもそれは問題である。「どの程度の曖昧さであるならば発表が許されるか」については別途議論を展開してみたい。

(3)そもそも「ヘルスリテラシー」とは何か?といった議論を展開せねばならない所であるが、ここでは紙面の都合上、以下のURLを紹介するに留めておく。
http://www.healthliteracy.jp/kenkou/post_20.html

(4)目的そのものだけでなく、この提言書の内容も抽象的な内容が多いため議論が浮き足立ちそうになるかもしれない。全体として46ページという短い提言であるため、筆者は、本提言はあくまでも我々の目指すべきベクトルを示したものであって、各論の議論を活性化する目的で発表されたものであると解釈している。今回はヘルスリテラシーの議論のために本提言を引用した。

【Reference】
[1] https://www3.nhk.or.jp/news/html/20200612/k10012467581000.html
[2] https://www.fnn.jp/articles/-/22938
[3] https://news.yahoo.co.jp/articles/8489ceb902e45786cbecc0e3ceb01e0812e0564b
[4] G.W.オルポート, L.ポストマン(南博訳)『デマの心理学』 (岩波現代叢書, 1952)
[5] https://news.yahoo.co.jp/byline/kutsunasatoshi/20200606-00182086/
[6] https://www.thelancet.com/journals/lancet/article/PIIS0140-6736(20)31324-6/fulltext
[7] https://www.mhlw.go.jp/seisakunitsuite/bunya/hokabunya/shakaihoshou/hokeniryou2035/future/
[8] https://www.jcp.or.jp/akahata/aik20/2020-08-08/2020080801_02_0.html
(参照日は全て2020年10月30日)
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