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Vol.234 不妊に悩む9000人を診た医師が、「不妊治療の保険適用」を考える

医療ガバナンス学会 (2020年11月18日 06:00)


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この原稿は現代新書ウェブ2020年10月29日掲載記事より転載です。
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/76532

こまえクリニック院長
放生 勲

2020年11月18日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

菅総理大臣は、政権の大きな目玉政策として、デジタル庁の創設、携帯電話料金の大幅値下げとともに、不妊治療の保険適用を掲げた。これを聞いて、こまえクリニック院長の放生勲氏は心の中でガッツポーズをしたという。不妊治療の保険適用は、その制度設計がうまくなされれば劇的に少子化が改善されるからだというが、その放生氏に不妊治療の現場の内実を明かしてもらった。
●不妊治療の医療機関数への驚き

私は東京都狛江市で、内科のクリニックを開設している医師である。自らのかつての不妊治療の患者体験に基づき、内科診療の傍ら、クリニックに「不妊ルーム」というものを開設し、もう20年になる。

「不妊ルーム」とは、不妊に悩むカップルの駆け込み寺であり、自然妊娠と不妊治療の間に位置するベースキャンプである。

現在までに、8900名を超える女性がここを訪れ、その半数は、当院にてフォローアップを希望し、2086名の女性が妊娠に至っている(2020年10月20日現在)。そして私は、「不妊ルーム」で見てとれる景色、およびそこから得られる知見などを、これまで十数冊の本にまとめてきた。

今年4月には『妊活力! のんびり ゆったり しっかりBook』(佼成出版社)を上梓した。カップルのメンタル、マインドを改善し、妊娠にアプローチしましょうというスタンスの本である。

http://expres.umin.jp/mric/mric_2020_234-1.pdf

この執筆に際し、私はいろいろな資料を集め、様々なウェブサイトを検索したわけであるが、日本産科婦人科学会のサイトを調べて、とても驚いた。

私は常々、不妊治療の医療機関が東京都に多いと体感していたが、実際に全国の体外受精等の高度生殖医療を行える医療機関の数を調べて、これほどまでに東京都が突出しているとは思っていなかったのである。

私は日本地図の中に、それぞれの都道府県の高度生殖医療が行える施設をマッピングしてみた。全国で619施設が、体外受精等が行えるわけであるが、面積にして国土のわずか0.6%しかない東京都に、こうした施設が103もあり、全体の6分の1に相当している。

http://expres.umin.jp/mric/mric_2020_234-2.pdf

こうした現状において、東京都は、不妊治療=体外受精となっており、不妊治療開始から体外受精に至るまでの期間はきわめて短い。
●不妊治療=体外受精という現実

現在、不妊治療の現場で常用されているのが、AMH(抗ミュラー管ホルモン)という採血によるホルモン検査である。

AMHは卵巣の中に多数存在する卵胞の顆粒膜細胞から放出されるホルモンである。加齢とともに卵胞、そして顆粒膜細胞が減少し、AMHも低下していくことが知られている。

AMHは、いわば卵巣予備能を表す指標とも言え、「卵巣年齢」として不妊治療の現場で広く使用されている。

「あなたは35歳ですが、AMHの値は、42歳に相当します。ですから一刻も早く体外受精を行わないと、妊娠できません」——不妊治療中の女性から、私は医師からこう言われたという訴えをどれだけ聞いたかわからない。AMHが、体外受精に誘導するためのツールとして使われているわけである。

菅政権では、現在施行されている不妊治療における公的助成の所得制限の撤廃などが提案されているが、不妊治療の保険適用を言い出したのは、そんな体外受精の医療費の高額さであり、なおかつその妊娠率の低いことが念頭にあると思う。

http://expres.umin.jp/mric/mric_2020_234-3.pdf

この助成金が、患者側ではなく、医療機関を助成することにはならないかと、私は危惧している。実際、助成金の適用拡大が進むにつれて、体外受精の医療費が上昇傾向にあるのだ。

ある大学病院で助成金導入を機に、それまで40万円であった体外受精の価格が、突然70万円に引き上げられたケースも経験している。30万円を助成されても、体外受精の料金が30万円上がったのでは、助成にならない。

さらに体外受精は、医療費が高額にして、妊娠率が20%前後と成功率の低い医療である。それを考え合わせると、この助成金が、医師と患者の間のいわば緩衝材になってしまっている。「妊娠は出来ませんでしたけど、30万円が助成されたからよろしいでしょう」と言うわけである。
●保険適用の問題点

不妊治療の保険適用に当たっては、その制度設計が何よりも大切であるが、それにはいろいろな難しさが伴う。少し考えただけでも、いくつもの問題点が指摘できる。

まず、不妊治療の「逆進性」という問題である。逆進性とは、一言で言ってしまえば、レベルの低い医療機関ほど、医療収入が増えることである。

例えば1回の体外受精で妊娠が成立してしまえば、それで治療は終了である。しかし多くの場合、妊娠率が20%程度であるから、失敗に終わってしまう。 そして医療機関のレベルが低ければ、繰り返し体外受精を行うことになり、その機関の医療収入が増えるわけである。

さらに踏み込んで見てみると、精子と卵子が受精した受精卵(=胚)移植は、2〜3日培養の卵(4〜8分割卵)を戻す初期胚移植と、5〜6日培養の、胚盤胞(130程度の細胞からなっている)を移植する方法がある。

統計的に、胚盤胞移植は、初期胚移植に比べて、妊娠率が5〜10%上昇することが知られている。したがって実力のある医療機関では、胚盤胞移植に力を入れるのだが、初期胚から胚盤胞に至るまでに、ドロップアウトが多く発生する。すなわち分割が停止してしまうわけである。

そうすると、胚盤胞移植を試みようとした場合、ドロップアウトにより移植が成立しなければ、患者に移植費用を請求することはできない。要するに、実力のある医療機関ほど割を食うわけである。こうした体外受精の「逆進性」の問題を、保険適用の中でどのように調整していくのはむずかしい。

また、最近相談に見えた方の話を聞いて、私が驚いたことは、体外受精を行うある医療機関では、子宮卵管造影検査を今後行わないと宣言しているそうなのである。 卵管は子宮と卵巣を結ぶ通路であり、その通過性を調べることができるのは、子宮卵管造影検査のみである。

この検査には、妊娠率が向上する治療的側面もあり、不妊診療に必要不可欠な検査である。それを行わないとは、患者を体外受精に早く誘導することに専念しているとしか思えない。

子宮卵管造影検査は、手間がかかる割に保険点数が低く、また造影後妊娠が生じやすいことを考えれば、体外受精への誘導がうまくいかなくなる。
●医療機関の実力

例えば、体外受精を5回も6回も行っても妊娠しないというカップルが、「不妊ルーム」によく相談に見える。

そうした場合、医療機関においては、「卵の質が良くなかった」、あるいは「精子に力がなかった」といった説明がなされている。そうしたカップルを、体外受精の意思を確認した上で、私が信頼できる医療機関を紹介すると、1度の体外受精で妊娠してしまうということが稀ではない。

http://expres.umin.jp/mric/mric_2020_234-4.pdf

本当に足りないのは、卵の力や精子の力ではなく、医師や胚培養士の能力であり、医療機関の実力である。

体外受精という医療は、日本では大学病院などを飛び出した医師が個人のクリニックを開設し、そこにスキル・ノウハウが蓄積されるという形で発展してきた。そのため、大学病院の医師が、不妊治療クリニックに、体外受精の技術やノウハウを修得するために研修に来るという、逆の流れが普通になっている。

そうした経緯からわが国の体外受精は、非常に多様性に富み、体外受精医療機関の一部は、世界のトップ水準にあると思う。

体外受精は多くの場合、多数の卵を採取するために排卵誘発が行われるが、医療機関のなかには、全く排卵誘発を行わない、あるいは経口薬による卵巣への低刺激で採卵を行う医療機関も存在している。

要するに体外受精は、排卵誘発の方法から、培養システムに至るまで企業秘密化しており、多様性があまりに大きくなったため、保険診療として収束させることは容易なことではない。

保険診療はどの医療機関を受診しても、均質な医療が受けられることを前提としている。しかしながら、私のこれまでの、8900組を超えるカップルの相談の経験から言って、不妊治療、とりわけ体外受精の医療機関のレベルには、大きな開きがある。

ただ、質の高い医療機関でも妊娠率が40%などはありえないし、質の低いところでも、0%ということはない。医療機関における医療の質を、どのように保険適用に反映できるのか。医療機関の常勤医の数、胚培養士の数などを勘案しなければいけないであろう。

素人である患者は、ホームページに書いてある情報を鵜呑みにして、不妊治療にエントリーし、ラビリンス(迷宮)状態となってしまうことが少なくない。

不妊治療リテラシーをもつことは容易なことではない。しかし、ホームページに医療費が明示されていること、常勤医が3名以上いること、胚培養士が5名以上いることなどが、ある程度体外受精という医療の質を担保していると思う。

こうしたことを、体外受精説明会などで、質問、確認するリテラシーを持ってほしい。

そして最も大切なことは、採血の結果が、30分程度でその場で出てくるかどうかである。体外受精を行う優秀な医師は、エッグハンターである。エッグハンターは、生理中の卵巣の状態を観察し、いくつものホルモン値を読み、採卵を行うか、見送るかを判断する。採血の解析を検査機関に外注していたのではお話にならない。

漁師は、その日の海・空・風を読んで漁場に向かう。2~3日前のデータで漁に出る漁師はいないはずだ。
●「ママの駅」の必要性

私はひとりの日本人として少子化が速やかに改善されることを望んでいる。

女性の社会進出がこれだけ進んだ現状において、女性が働きやすく、かつ子供を産みやすい社会にすることが、少子化の進む日本では必要不可欠なことであり、そのために不妊治療の保険適用が、広くセーフティネットとして機能することが大切だと思う。

菅首相は、これからの日本社会は、自助・共助・公助が大切であると強調している。デジタル社会が進み、人と人とのリアルなコミュニケーションの場であるコミュニティが、消失傾向にあるが、コミュニティこそが、共助の場であり、少子化改善の鍵を握っていると私は思う。

私は不妊治療の保険適用にあたっては、このコミュニティ力がアップするような、インセンティブのある方策が重要と考えている。

http://expres.umin.jp/mric/mric_2020_234-5.pdf

保険適用の話からはそれるが、国が本腰を入れる形で「ママの駅」を創設してみてはどうだろう。「道の駅」が全国に整備されたことによって、遠出のドライブが快適なものになった。子どもを望む女性たちが最も必要としているのは、「道の駅」ならぬ「ママの駅」ではないだろうか。

すなわち、ベビーカーを引いたまま土足で建物の中に入り、ママ友と交流し、食事もお茶も、そして情報交換もできる。そこでは子どもが大好きなお年寄りが、子どもたちをサポートしてくれる。そういう公助の場、コミュニティが身近に数多くあれば、カップル、とりわけ女性の妊活へのモチベーションをアップさせるだろう。

国が行うトップダウンの政策と、カップルの妊活力のボトムアップという、2つのベクトルが化学反応を起こすことを期待したい。そうなれば、少子化の急速な改善も不可能ではないと思うのである。

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