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Vol. 203 肺高血圧症とフローラン ~薬があるのに使えない!~

医療ガバナンス学会 (2010年6月12日 07:00)


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帝京大学ちば総合医療センター
血液内科 教授 小松恒彦

2010年6月12日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

■はじめに
「肺高血圧症」という病気をご存知だろうか。原因不明で、肺動脈の血圧が徐々に上昇し、心不全、呼吸不全を引き起こし、最終的には脳死者からの心肺同時移植が必要となる。しかし日本での脳死移植は少なく、その恩恵を受けられる患者は稀である。薬物療法では、強力な血管拡張作用を有する「フローラン(プロスタサイクリン誘導体)」の持続投与により、症状が改善することが知られている。しかし、残念ながらこの唯一の特効薬が極めて使いにくい状況にある。その壁は診断群分類、承認用量、薬価の3つに跨がっている。

■複雑怪奇なDPC
肺高血圧症の診断群分類(Diagnosis Procedure Combination: DPC)における樹形図と点数を以下に記す。
http://expres.umin.jp/mric/img/100604/image001.png

これを見て、患者がどれに該当するか分かる医師は稀であろう。DPCコードの分岐キーワードである、手術、人工呼吸、フローランを丸で示し、模式的に図示したものを以下に示す。
http://expres.umin.jp/mric/img/100604/image002.png

何を意図してこのような複雑な分岐が設定されたのか理解するのは難しい。筆者には、巧妙にフローランの使用量を制限しているように見える。
例えば、手術も人工呼吸もない場合は出来高で、一見すると「ああ、包括から外してくれたんだ」と思うだろう。ところが出来高だと事後の査定を受けるため、多くは病院の赤字となる。
逆に、フローランを常時使用している肺高血圧症の患者が虫垂炎手術で入院となったとする。手術室内で投与された薬剤は出来高で請求できる(査定リスクあり)が、それ以外は該当するDPCコードから支払われる金額しか請求できませんよ、となる。といってDPCコードを決定する主疾患を「虫垂炎」にすると、さらに点数は下がる。結局、フローランの薬剤費は病院の赤字となる。

さらに巧妙なのは、この病気は特定疾患のため患者の自己負担が生じない。そのため多くの患者は薬剤費が高く、病院が大幅な赤字になることを知る由もない。患者は医師に「なぜ使ってくれないの」と迫り、支払い側は「特定疾患だから負担はありませんよ」といい顔ができ、全ては儲け主義の医者と病院が悪者となる。感心するほど巧妙な仕組みである。

■現実に即さない承認用量
フローランの添付文書によると、「最初は 2 ng/kg/分で開始し、最大 10 ng/kg/分まで適宜増減する」とある。この範囲内ならば、出来高でも査定リスクは低く、DPCにおいても一応は費用的に収まるよう設定されている。
しかし、この範囲に収まらない患者は多い。患者会を通し得た情報によると、10倍を必要とする患者も稀ではない。「肺高血圧症治療ガイドライン(2006年版)」や「今日の治療指針(金原出版、2010)」という常識的な医療ガイドブックにさえ「必要ならば20-40 ng/kg/分まで増量する」と記載されている。
これは、終末期の患者への過度の延命治療の場合などの昇圧剤使用とは異なり、投与量に見合った効果と生活の質(quality of life)の向上が得られる必要不可欠な治療である。同様の問題は一部の抗がん剤でもおきている。医療は医学という学問を背景とした社会制度である。学問は常に進歩する。何度も言うが、筆者は「命のためなら青天井」という意見には与しない。しかし、適切なエビデンス(医学的根拠)がある場合は、古い添付文書よりエビデンスを優先すべきである。

■欧米に比べてあまりに高すぎる薬価
日本でのフローランの薬価は0.5mg注が21,739円、1.5mg注が37,994円である。米国は1999年の時点で 0.5 mg注が19.1ドル、1.5 mg注は38.2ドルと10倍以上の開きがある。体重50 kgの患者が 10 ng/kg/分を使用すると0.72 mg/日となり、大体1.5mg注1本で2日分との計算になる。
これが高いか安いか、人によって見解は分かれると思うが、例えば最近医療費負担が問題となっている慢性骨髄性白血病におけるグリベックの1日当りの薬剤費は約12,000円(3割負担で3,600円)である。多くの場合、高額医療費に該当し患者の月額の負担は44,000円である。肺高血圧症は特定疾患であり、原則として患者負担は生じない。しかし病院への支払いが全額保証されている訳ではない。前述した通り、承認用量の範囲内では通常問題は生じない。承認用量を超えた量が必要な患者が問題となる。
病気の進行に伴い、必要なフローラン量は増加する。ところが、10 ng/kg/分を超えると支払い機構から病院への支払金が減額査定される。金額が少額であれば問題は少ないであろう。しかし、仮に100 ng/kg/分が必要な場合7.2 mg/日となり、1日で1.5 mg注5本が必要となる。費用は189,870円/日、5,699,100円/月、1年ではなんと68,389,200円となる。これはあり得る値段といえるであろうか。通常の感覚ではとてもまかなえない費用である。
さらにこの金額の90%が減額査定されるとしたら、皆さんの病院でこの患者を診続ける事ができるでしょうか。医薬品の開発には莫大な費用がかかることは理解するが、この金額では「払えない→売れない→利益がでない」の悪循環に陥るのではなかろうか。それとも、想像もできないような深い思惑でもあるのだろうか。

■おわりに
フローランの問題は複雑で根が深く、解決は容易ではない。しかし既得権から離れて冷静に考えると、用量規制を撤廃し薬価を米国並みとすることが正しい答えではなかろうか。
一つ、希望がもてる例を紹介したい。2010年5月、免疫グロブリン製剤である「ベニロン注」の、低または無ガンマグロブリン血症への用法用量が改訂された。以前は「1回2.5-5 gを投与すること」のみが記載されており、量が少ないうえ投与間隔も示されていなかった。それが小児学会から厚労省へ要望が提出され、それを受け(株)帝人ファーマが「200-600 mg/kgを3-4週間ごとに投与する」に変更し承認された。少数だが成人にも患者はおり、体重50 kgでは最大30 gまでの投与が可能となった。
勿論、貴重な血液製剤なので病状や検査値を確認しながら投与量を決めるべきである。単純な比較はできないが、高額医薬品でも用法用量が変更される例ができたことは、一つの光明であろう。

■謝辞
樹形図ならびに模式図を作成してくれた、帝京大学ちば総合医療センター・医療情報システム部の木村優子さんに深謝します。

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