医療ガバナンス学会 (2021年1月15日 06:00)
首都圏の保健所に勤務する保健師
匿名
2021年1月15日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
まず、調査方法だ。PCR検査で陽性になった人がいると、医療機関から保健所に「発症届」が送られてくる。保健師は、「発症届」を元に電話で行動調査を行う。「発症届」1通を一人が受け持つ。まずは、発症から遡り、行動を聞く。濃厚接触者がいれば、さらに調査対象が増えていく。濃厚接触者に対しては、早急にPCR検査ができるように調整を行う。さらに、その濃厚接触者が陽性だった場合、その調査は延々と芋づる式に拡大していく。
注目すべきは、濃厚接触者の定義だ。「接触したのが発症2日前以降で、相手との距離が1m以内マスクなしで15分以上会話した者、マスクを問わず長く車に同乗した者、同居者」となっている。このため、調査において、会った相手や状況を聞いても、場所を聞くことはほとんどない。原則として、全ての症例で場所は特定しない。
幾つか具体例をあげよう。まずは、「飲食店でのクラスター」と判断された症例だ。概要は以下の通りだ。
従業員が2-3日前から微熱があるも出勤。別の従業員に休むように促されても、そのまま出勤を続け、お店でイベントを開催した。イベント終了後、別の従業員に発熱症状があり、保健所に電話相談し、PCR検査対象者となった。結果は陽性。行動調査を行うと、既に従業員の中に有症状者がいたこと、イベントなので従業員もマスクをしないで飲食・会話していたことが判明した。濃厚接触者に当てはまるか調査し、該当者にPCR検査を行った。結果として5人の陽性者がでた。5人の陽性者が出たのでお店の名前を公表し、心配のある人に検査を促したところ、10人以上が陽性者となった。
ポイントは、まず「マスクの有無」を聞いていることである。「マスクをつけないで会話した人を確認し検査を行い、もし陽性なら、その人と接触した濃厚接触者に電話する・・」という作業を延々続けて、陽性者を点と点で結び、場所は後から決定付けているのである。
この症例でもわかるとおり、ポイントとなるのは、マスクしているか、していないかである。その際、マスクの質は問わない。あくまで聞くのはマスクの有無のみである。調査において「マスクをして会っていましたか?」と尋ねた場合、「マスクをして会っていました。」という返答だと陽性者と接触があった人であっても濃厚接触者にはならない。そして、マスクをしていた場所は感染場所にはならない。
例えば、職場でマスクしていた場合、職場の人たちは濃厚接触者には該当しないため、職場の人たちに対して追跡調査を行うことはないし、職場が感染場所になることはない。濃厚接触者に該当する人がいない場合、感染場所は不明ということになる。
一方で、「マスクをしないで会っていました。」という返答であった場合、陽性者と接触した人々は濃厚接触者となり追跡調査がなされて、マスクをせずにその人と会っていた場所が感染場所として推測される。
同居者に対しては、マスクをしていたか、していないかに関係なく、濃厚接触者として定義されて追跡調査が行われ、家庭内で陽性者が出た場合、感染場所は家庭内となる。
別の症例を記す。「体調不良を訴え、検査したところPCR陽性と判明。行動調査をしたところ、「一人暮らしでマスクして出勤。ランチも一人で食べていた」という。
この場合、「濃厚接触者なし」となる。陽性者については事業所に報告し、10日間の隔離療養となるが、職場の同僚を検査することはない。
心配した事業所からは、保健所に「社員を検査しなくて大丈夫か?」と相談される。保健所からは「濃厚接触者該当者がいないため保健所経由での検査対象にはならない」と返答するしかない。
それでも心配した会社は自費で社員の検査を実施する。結果的に3人の陽性者がでた。病院から発症届が提出されると共に、事業所から保健所に今回の保健所の対応について疑問と苦言の連絡が入る。
現在の調査方法では、最初の陽性者と後者3人のどちらが先に感染したかは不明であると共に、全員マスクをしていたため、このケースは「感染経路不明」と分類される。
このような事情を知れば、政府の統計で「会食による感染」「家族間」「感染経路不明」が増えるのは当然である。統計自体が信頼出来ないのだ。
さらに「会食による感染」と分類されても、飲食店で感染したという保証はない。確かに「会食」がひとつのハブになっているとは言えるかもしれないが、その会食が、友人宅、実家、職場での食堂など、その可能性は様々である。場所まで細かく聞く規定はないのに「飲食店」が感染源と言いきることはできないはずだ。
さらに、会食の人数についてだが、二人だけで会食して感染してしまうケースもあれば、5人の会食でも、1人発症者、残り4人は陰性というケースもある。従って、会食の人数制限についても根拠が不明だ。
こうした現状の中で、飲食店に対する規制には、その実効性について疑問を抱かざるを得ない。現状のまま濃厚接触者を追う方法に固執すれば、感染は制御できない。抜本的な対策の変更が必要と思われる。クラスター対策の前提は、「市中で感染が蔓延していない」ことだ。私は「感染ありき」で考えるべきだと思う。
最近は民間PCRセンターが増えてきた。それをさらに拡充させ、保健所を介さず心配な時はすぐに検査ができるようにすればどうだろう。医師が必要と判断した時は公費で、それ以外は自費で行う。疫学調査は医療機関、高齢者施設など重症化しやすい人がいるところに絞る。すでに神奈川県では導入しているがそれを全国に拡大する。陽性者数についてマスコミは騒がないことだ。感染ありきで考えればわざわざニュース速報で取り上げる必要もない。
保健所業務の改善及び、陽性者への早期対応方法についても提案したい。検査を絞り、それでも保健所での検査が必要と判断した場合には、検査時点で、年齢、基礎疾患、肥満度、喫煙の有無等、国立感染症研究所が疫学的に知りたいと考えていることを、事前に問診票に記入してもらえばどうだろう。陽性となった場合、医療機関から保健所に発生届と問診票を送付してもらえばいい。問診票とその時点の体調をもとに、療養方法の調整を行うことができ、保健所の手間は大きく軽減される。
入院、宿泊療養は都道府県が調整しているが、それを近隣の自治体と協力して、近隣の自治体でも療養できるようなシステムを構築すればいい。その際、「感染を広げる恐れ」等とせせこましいことは言わない。「感染ありき」と考え、あくまでも「重症化させない、死なせない」ことに焦点を絞ればどうだろう。
保健所業務の一つに「健康観察」がある。陽性者への健康観察は電話で実施しているが(健康観察のアプリを導入したが、正確な健康状態がわからないため、結局電話による確認に戻した)、それも業務を圧迫している一つとなっている。その改善策として、市町村と連携して、自宅療養の健康観察は住民に身近な市町村の保健センターにお願いしてはどうか。
コロナで心配なことは突然症状が悪化することだ。陽性者及び濃厚接触者に対しては、既にほとんどの自治体が24時間電話相談できる体制を整えている。後は相談があったときにスムーズに受診できるよう受け入れる医療機関の拡充を図ることだ。政府は受け入れ病院を整備して欲しい。これは現場の保健師の力ではどうしようもない
今の政府と分科会は現状を全く理解していない。理解し難い現象に対し、現場の声や論文発表を参考にせず、それについて詳細を調べずに、わかりやすい「飲食店による感染」という理由に無理にこじつけて、あたかも「それが正しい答えに違いない」と思いこんで突っ走るようにしか思えない。これは科学のやり方を無視した愚行であり、戦争へと突き進んでいった当時の日本と類似した格好である。挙句の果てには、看護学生も現場に駆り出すといった、学徒動員までも行い始めた。政府や厚労省は今の「クラスター対応」を早期に見直し、もっと現場の状況と科学的エビデンスを基にした政策をとっていくべきであろう。