医療ガバナンス学会 (2021年1月20日 06:00)
この原稿は幻冬舎ゴールドオンライン(2020年11月7日配信)からの転載です。
https://gentosha-go.com/articles/-/30048
医療ガバナンス研究所
上昌広
2021年1月20日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
「どうやれば、論文が書けるようになりますか」
若い医師に聞かれることが多い。基本は、多くの患者を診て、関係する論文を読むことだ。私が研修医の頃、黒川清・東京大学第一内科教授(当時、政策研究大学院大学名誉教授)から「一人の患者を担当すれば、関係する論文を100報読みなさい」と指導された。
研修医・専修医の期間、私はこの教えを守ろうと努力した。流石に100報の論文を読むことは稀だったが、できるだけ多くの論文を読んだ。今から振り返れば、これは私の医師としての基礎を形成するうえで、とても貴重な経験だった。
『知の旅は終わらない 僕が3万冊を読み100冊を書いて考えてきたこと』や『ぼくらの頭脳の鍛え方 必読の教養書400冊』(いずれも文春新書)など、読書法の著書がある立花隆氏は、新しい領域の取材に取りかかるとき、書店に出かけ、関係がありそうな本を大量に買い込み、ざっと目を通すそうだ。重要なことは繰り返し登場し、その領域の現状が理解できるという。
これは、100報の医学論文を読むことと似ている。大量に情報を浴びることで、何となく頭が整理されてくるのだ。このプロセスは臨床論文を書こうとしている医師にとって重要だ。独創性も大切だが、臨床論文を書きたい医師がまずやるべきは、情報のインプットを増やすことだ。そのためには、平素から様々なメディアをフォローするのがいい。私のやり方をご紹介しよう。
◆医学界の動きがわかる…「社説」や「論考」は必読
まずは、医学誌・科学誌だ。私は、医学誌では『ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディスン(NEJM)』、『ランセット』、『米国医師会誌(JAMA)』、科学誌では『ネイチャー』、『サイエンス』をフォローしている。
私は血液内科を専門としているが、専門誌である『Blood』『臨床腫瘍雑誌(JCO)』『ネイチャー・メディスン』『ランセット・オンコロジー』などの専門誌は、メール・アラートで最新号の内容をチェックするだけで、特に興味がある論文がなければ、中身を読むことはない。
医学誌・科学誌で、私が全文を読むように心がけているのは、『NEJM』『ランセット』『ネイチャー』などの前半、つまり原著論文以外だ。「社説」や「論考」など、各雑誌の編集部の考え方を示す文章が掲載されている。
臨床医学は容易に国際標準が形成される。その際に、もっとも影響力があるのが、このような雑誌の編集部だ。世界中から膨大な情報が集まっている。彼らが、何を掲載し、何を掲載しないかで、世界の医学研究の方向が決まると言っても過言ではない。このような雑誌の「社説」や「論考」をフォローすることで、編集部の考え方、つまり世界の医学界の動きが理解できる。
◆スマホの「読み上げ機能」で、スピーディに情報蓄積
読み方にもコツがある。多忙な臨床医が、論文を読むのに割ける時間は限られている。長い文章をじっくりと読む時間はほとんどないだろう。情報のインプットは隙間時間にやってしまいたい。そこで私が活用しているのは『Evernote』だ。多くの媒体はオンラインでも読める。それを『Evernote』にクリップして、移動中にスマホで「聴き読み」しているのだ。
iPhoneの場合、二本指で記事を上端から下になぞる、あるいは全文を選び、「読み上げ」を選択すると、スマホが記事を読んでくれる。こうすれば、電車の中や歩きながらも、記事を「聴く」ことができる。
iOS 13以降、英語で読み上げるには、「設定>一般>言語と地域>iPhoneの使用言語>英語」と設定を変えなければならず、また、読み上げ速度を日本語に合わせると、英語の読み上げは速すぎるし、英語に合わせると、日本語の読み上げが遅くなりすぎるなど、不都合があるが、それでも便利だ。
iOS 12までは、日本語の「設定」で英語も問題のないスピードで読み上げることができたので、是非、次のバージョンでは是正頂きたい。
話がそれた。「聴き読み」に戻そう。スマホの読み上げを聞きながら、記事を読むのは新鮮な体験だ。苦痛なく、長い文章を読むことができる。人類が黙読というスキルを身につけるまで、長い間、口伝で情報を伝えてきた名残かもしれない。聞きながら読むというのは、スマホ時代に初めてできた読み方だ。
では、英語に自信のない方は、どうすればいいだろうか。自動翻訳を用いればいい。近年、その精度が飛躍的に向上し、和訳、英訳、どれも実用に問題のないレベルだ。私はウェブブラウザとして『Chrome』を用いているが、自動翻訳機能をオンにすれば、英語で書かれたすべての文章を日本語訳してくれる。『NEJM』や『ネイチャー』などのオンラインの記事を自動翻訳して、『Evernote』にクリップし、日本語として読むこともある。
これは、自分の専門分野以外の記事を読むときにはおすすめだ。英語で「聴き読み」しても、基本的な単語を知らないので、すんなりとは頭に入ってこない。このあたり自動翻訳は上手く訳す。英語では理解できなくても、日本語なら何とかわかる。米国の政治など、外国の国内問題は、多くの臨床医には馴染みがない。このような形で読むことで理解しやすくなる。
もし、Googleの自動翻訳に満足できなければ、『DEEPL翻訳』を利用することをおすすめしたい。ドイツのベンチャー企業が開発したもので、『Google翻訳』より評価が高い。
このようにして、自動翻訳された文章を「聴き読み」することで、『NEJM』の総説のような長い文章でも10分程度で内容を把握することができる。こなれない表現もあり、完全には理解できないところもあるが、それでも、広く浅く情報をインプットするという目的には、これで十分だ。『NEJM』や『ネイチャー』を定期購読している人でも、メールアラートや目次で内容を確認するだけで、雑誌の中身まで目を通さない人が多いだろう。何を隠そう、この方法を始めるまで、私もそうだった。臨床医がまとまった時間を作り、長文の英語の記事を読むのは容易ではない。この状況は変わろうとしている。
自動翻訳の進歩は日進月歩だ。やがて、英語だけでなく、すべての言語が綺麗な日本語に翻訳されるようになるだろう。中国語やハングル、さらにマイナーな言語で書かれた記事も苦もなく読めるようになる。是非、試行錯誤を繰り返し、自分なりの医学誌・科学誌のフォローの仕方を確立して欲しい。