医療ガバナンス学会 (2021年1月21日 06:00)
神奈川県議会議員
小川久仁子
2021年1月21日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
事件発生時、津久井やまゆり園を管理運営していた法人は、指定管理者社会福祉法人共同会(以下共同会)である。平成25年から、純資産を異常なほど多額に積み上げてきたこの法人の体質に疑問を感じ、私は数度にわたり県議会で共同会について厳しい質疑を重ねてきた。指定管理者としてふさわしくないのではないか?という疑問を持ち続けてきた中での殺傷事件であった。神奈川県議会議員の視座から現時点での問題点をまとめ、今後の活動の糧としたい。
まず、共同会が、神奈川県(以下県)からの指定管理料を過剰に受領していたことから、県へ2度にわたり指定管理料を返還した経過をのべてみる。この経過こそが、私が共同会の経営ガバナンスに強い疑問を抱いている根拠である。
平成17年から18年
・神奈川県立障がい福祉施設、津久井やまゆり園(以下やまゆり園)、秦野精華園、愛名やまゆり園、厚木精華園について指定管理者制度を導入し、共同会がその全てを指定される。
・共同会は、県立障害者施設を運営委託するために、県行政、障がい者の保護者、NPOなどが共同して、設置された当初純資産100万円の社会福祉法人である。(県副知事が理事長に就任したこともある。県退職者の天下り先)
・障害者自立支援法が施行され、障がいサービス体系が大きく見直された。
平成22年から23年
・県障がいサービス課が共同会の21年度・22年度決算を確認し、収支差額の大幅増に気づいた。課内で調査し、指定管理料に対象となる人件費の重複が生じているのではないかという結論に達した。その後、数度にわたり共同会と話し合いをもったが、共同会は指定管理料は定額であるべきとの見解を崩さず、指定管理料の減額に同意しなかった。
平成24年から25年
・監査委員から「共同会の収支差額の大幅な増加について、何らかの対応が必要」と本監査で意見を受ける。
・外部有識者による障がい福祉施設指定管理評価・検証委員会が設置・検証され、「障害福祉施設の指定管理料見直しについて」報告があり、人件費の重複や減価償却が指定管理料に含まれている事が指摘される。
・県厚生常任委員会(私が委員であった)において、25年3月、平成24年度分の指定管理料の見直しに伴う減額補正予算の議決に際し、「県と共同会の対応に問題がなかったか明らかにするとともに、今後、速やかに共同会の純資産中の過去の給付費と指定管理料の重複支払い分について精算を行うこと、ならびに今後の再発防止に向け、指定管理者等の決算内容の精査になお一層の厳格さを持って対応すべき」との意見を付した。
・そして、共同会から県へ、9億8900万円返還された。
★この経過から、議会や外部からの指摘がないと、共同会は自ら適正な判断ができなかった事がわかる。
平成28年7月
・津久井やまゆり園で、夜間に残忍な殺傷事件が発生し、植松容疑者が逮捕される。
・黒岩知事は、事件後も指定管理者を変更することはせず、何のペナルティーも課さず引き続き管理運営を共同会にゆだねる
平成29年11月
津久井やまゆり園事件が発生した28年7月の翌年、29年11月7日の決算特別委員会において、共同会純資産が25年度29億円から28年度40億円に増加した点を、私は異常ではないかと指摘した。
24年度の返還の理由は、上記のように指定管理料と給付の根拠法である総合支援法の改定内容との重複と減価償却費が指定管理料に含まれていた事が原因と説明されている。
県も共同会も法の改正による重複計算があり得ると、1回目の返還時に検証委員会により指摘された。その後にも法の改正があったのに、また同じ過ちを起こしたのだ。障害福祉関連法は3年ごとに細かな改正がくりかえされている。再発防止に努めるべきと議会から意見されているのにもかかわらず、私からこの委員会質疑で指摘されなければ、そのまま見過ごされたに違いない。また不当に純資産が積みあがっていくところであった。共同会と県の指定管理料の積算や確認作業に対しては、信頼してはならない。血税を無駄に共同会に支払ったままにするところであった。
まさか?同じ過ちをおこすはずはないとは思ったが、共同会の体質に疑問を抱いていたので、多くの決算資料から自ら表を作成して、私は数字を追ったのである。(別途参照)
http://expres.umin.jp/mric/mric_2021_014.pdf
同委員会の私の持ち時間の中では明確な説明が県から得られなかったので、場を変えて納得できる説明を示すよう求め、平成28年度神奈川県一般歳入歳出決算及び同年度神奈川県特別会計歳入歳出決算の認定については「指定管理制度を導入している施設については、県費により管理運営を委託している施設であるとともに、県民生活への影響が極めて大きいことから、指定管理料の積算及び当該年度における事業終了後の精算に当たっては、その内容を十分に精査するとともに、指定管理料の確定後は、必要に応じて、決算内容の詳細な内訳及び決算内容を適正と認める場合にあってはその具体的な理由について速やかにあきらかにすること」と意見を付した。
県決算特別委員会で付帯意見を付けて認定したことは初めてであった。
令和元年10月
令和元年決算特別委員会10月19日に、平成29年度同委員会におけるやまゆり園に対する質疑に続き、同園指定管理者である共同会について、私は質疑を行った。
29年度の上記付帯意見に基づき、県が検証した結果、平成30年度に共同会から3536万3000円の指定管理料の返還があった。
3500万円あまりの返還金ではあるが、この法人としては24年度(9億8900万円返還)に続き2度目の返還金である。これだけでも、この共同会は経営感覚が尋常ではないと推測できる。お金にずさんな法人は、他の面でもずさんである場合が多い。
この元年10月19日の私の質疑では、新事実と新疑惑を以下のように明らかにした。
(1)前年度の共同会からの返還金の中には21年度にさかのぼって調査して返還したものも含まれていた事。24年度の返還金額が正確であったかどうか疑惑を持たざるを得なくなった。
(2)共同会は自主事業(グループホーム、放課後デイサービス経営など)で資産を積み上げてきたと当局はこれまで答弁してきたが、自主事業と指定管理料別の純資産積み上げ表を作成して比較してみると、自主事業での純資産積み上げは順調ではない。指定管理料による純資産積み上げは毎年度確実に増加している。これは県からの指定管理料が過剰であった可能性を示している。
(3)平成24年頃の県障がいサービス担当課長が、共同会理事、厚木精華園園長に天下っていた。24年の10億円返還に手ごごろを加えたからこそ、その立場に迎えいれられたのではないか?と疑惑を抱かせる。
(4)元年10月16日に、共同会理事、愛名やまゆり園園長が、小学校6年生の女児に対する度重なる強制性交等事件被疑者として逮捕された。これは共同会プロパー職員である。
(5)共同会は、金銭事件、殺傷事件、レイプ事件など何でもありの組織だと判明した。
県担当課とやまゆり園双方の県民・国民からの血税に対する認識、コンプライアンスの低さには唖然とする思いである。
金銭に関しては、ひょっとして、県と共同会双方が示し合わせて、過剰な指定管理料を支払い、純資産の積み上げを継続しようとしているのだろうか?そして職員の天下り先を安定化させようとでも企んでいたのだろうか?
かつて、厳しく私から質疑されて、10億円余りを県に返還した事を真摯に受け止めていれば、再度指摘をうけないように努力し、注意するのが真っ当な法人の姿勢であろう。また、再度同じ指摘を議会から受けないように、特別に注意をはらうのが、まともな県行政の姿だろう。
にもかかわらず、またぞろ、同じ過ちを犯して、共同会は不当に純資産を積み上げていたのである。
レイプに関しては、身の毛がよだつ。理事であり園長である人間が、友人宅を訪問して友人の娘(小学生)に度重なるレイプを行っていたのだ。その園長にまともな仕事上の指導ができたとは、到底考えられない。
共同会をこのままにしてはおけない、県立障害者施設の指定管理をこのまま継続しておいていいのだろうか?否!これを、質疑の中で改めて主張したのである。
令和元年12月
そして、令和元年12月5日(私の質疑46日後)、本会議場の最終質問が終了した後、黒岩知事は自ら議長に発言許可を求め、津久井やまゆり園の指定管理者期間を短縮し、新たな指定管理者を公募すると宣言したのである。異例な発言である。
この知事の発言の方向性は、私からすれば、もっともな、歓迎できるものであったが、なぜ、ここで、この決断なのか?
通常は、この種の報告は常任委員会で行われるものであるし、問わず語りに知事から発言するほど緊急性があるとは考えられない状況であった。
この表明手法があまりにも異例であり唐突であったので、その後の神奈川県のてんやわんやぶりは、大変なものであった。
経過をまとめてみよう。
(1)県は津久井やまゆり園利用者支援検証委員会を設置。支援内容の検証を開始。
(2)意見表明後に、共同会、家族会や職員に説明するが、大きな反発が起きた。
(3)共同会は事前にこの情報を得ていた節があるが、指定管理期間短縮の協議には応じないという態度に出た。
(4)厚生常任委員会は相当もめたが、のちに県議会は津久井やまゆり園を政争の具に使っていると指摘される程、共同会よりの姿勢をとり、度重なる日程外委員会を開催し空転が繰り返された。
(5)そして、年度末に、一定程度の落としどころを得て、決着した。
以下は黒岩知事の令和2年3月17日予算委員会での答弁である。
今後、かながわ共同会がこれらの条件をしっかりと受け止め実践するのであれば、私は、この問題をこれ以上長期化させないため、共同会に提案したいと考えています。具体的には、津久井やまゆり園と、仮称、芹が谷やまゆり園の両施設とも、令和4年度まで非公募で、かながわ共同会を指定管理者とする提案です。 まず、仮称、芹が谷やまゆり園は、令和3年度の開設から公募で選んだ法人を指定管理者とする方針でしたが、これを令和4年度末まで非公募で、かながわ共同会に指定管理者として継続していただくこととします。津久井やまゆり園のほうは、令和6年度末までの指定管理期間を、これまでは令和3年度までに短縮する方針でしたが、これを令和4年度末までとします。そして、令和5年度当初からの指定管理者は、両施設とも公募により選定します。これにより、当初の私の案よりも1年半ほど時間的猶予ができることになります。 公募の選考過程で、かながわ共同会が指定管理者として任せるにふさわしい法人に生まれ変わったと思われるかどうか、そこまでの改善ができるかどうか、しっかりと見極めていきたいと考えています。
面子をかけた当局と議会との攻防により、知事は指定管理期間を12月5日には3年短縮すると発表したが、結局2年短縮にし、令和5年度当初からの指定管理者は芹が谷、津久井共に公募するとの決着である。共同会の公募も妨げないとのこと。
指定管理者としてふさわしい法人として生まれ変わったかどうか見極めると述べているのだから、現状はふさわしくないと明言しているのと同じである。指定管理者にふさわしくない共同会に県立障害施設であった秦野精華園を無償譲渡してしまったことはどうするのだろうか?
急に指定管理者期間を短縮すると爆弾宣言を本会議場で行い、結果面子にこだわり、短縮期間年数の綱引きに終わる。何というお粗末な顛末だろう。
慎重な検討期間を経て、法的側面、制度的側面からの検討も十分に行い、関係者の賛同も得たうえで、進めていくのが、この問題解決には必要な姿勢である。この案件はあまりにもステイクホルダーが多く、複雑な要素が絡み合っているからである。
重大な問題にむきあう姿勢が知事にはできていない。
しかも共同会が県に10億円返還した24年度は、本県は黒岩知事体制であったのだから、事の経過は承知していたはずである。殺傷事件が起きた28年にも指定管理を解除する機会はあったのに、指定解除しなかった。そして植松容疑者の裁判が結審する直前である、元年12月になって知事は急に大きなカジを切ったのだ。何があったのだろうか?
殺傷事件が起きた直後に判断すべきだったのではないのか?いや、もっと前の10億円返還させた時に、共同会には特別監査や施設調査に入るべきだったのではないのか?そうすれば、殺傷事件も起こさないで済んだかもしれない。思いは尽きない。
令和3年現在、神奈川県では有識者による「県立障害者支援施設における利用者支援の検証委員会」が設置され、検証が継続されている。その前身は「津久井やまゆり園利用者支援検証委員会」である。なぜ、衣替えしたのか以下に述べる。ここにも県の迷走ぶりが表れている。
令和2年5月
「津久井やまゆり園利用者支援検証委員会」では、効率よく調査が行われ、やまゆり園では虐待―身体拘束が日常的に行われていたことが判明した。
身体拘束は3つの条件がそろった時に、やむなく行われるべきだとされている。切迫性・非代替性・一時性の3条件であるが、津久井やまゆり園職員は幹部も含めて、3つの条件のうち1つでも当てはまれば身体拘束を行ってよいと考えていたそうだ。共同会が提出していた書類を調査しただけで身体拘束についての共同会職員の認識誤りが明確になったのである。全くあきれるばかりである。検証されるまで、共同会からの提出書類をチェックすればわかる虐待行為を、県当局は一切認識していなかったのだ。ここまで緊張感のない関係になっていたのかと私は唖然とした。
日常的に利用者の身体拘束イコール虐待が行われてきたことを指定管理者に許してきた県担当課による認識欠如、指導不足が明確になるのを避けるためなのか?津久井やまゆり園利用者支援検証委員会は中間報告のみで終了すると、令和2年5月18日の厚生常任委員会で報告された。
残念なことに、県議会厚生常任員会では異論が出ず、むしろ検証委員会をつぶす方向に動いたのである。
が、この決定に各種報道機関(主に毎日新聞オンライン記事は出色)や、ピープルファーストなど障害者団体の方々による陳情・要望活動が相次ぎ、一斉に反対意見が要望として県に提出された。
やむなく県は、「津久井やまゆり園支援検証委員会」を衣替えして、「県立障害者支援施設における利用者支援の検証委員会」を設置したのだ。そこには前身である検証委員会の3人の委員はありがたい事に横滑りしている。今度は津久井やまゆり園だけではなく、県立障害者施設全体を検証しようとしている。が、なんという情けないダッチロールぶりだ。
令和2年7月
相模原市橋本駅近辺で開催された「津久井やまゆり園はだれのものか」というシンポジュームに私は参加した。そこでは、多くの参加者から、県議会での議論を痛烈に批判された。やまゆり園事件を政争の具に使われているという批判が、講演者からも発せられた。
講演開始前には、5月に開かれた県厚生常任委員会で、自民党議員から、検証委員会の中間報告は無きものにせよ、と等しい発言がなされている映像が流された。政争の具とはこの事かと、誰しも理解させる演出であった。
私はそこに参加している唯一の県会議員として危機感を持った。かながわ自民党は、全員が厚生常任委員会での議論を肯定しているわけではないのだ。しかし、厚生常任委員会が同様の議論を継続していたら、外部から、自民党は全員肯定していると思われても仕方ない。外部から見ても、かながわ自民党は、私が追及してきたように、共同会のガバナンスに疑問を持っているのだ、と理解できるような流れをつくらなければならない、と強く感じた。
確かに黒岩知事のやり方は、手続や制度を無視しすぎている。議員として批判する立場もよく理解できる。しかし、県民から障害福祉施策に対する方針まで疑われては困るのである。
かながわ自民党としての障害福祉に対する態度、考え方を誤解を招かないように発信しなければならない。強い危機感を感じた。
令和3年1月
障がい福祉施策は、大規模施設収容から、障がい者総合支援法に至り、障害をもっていても地域で自立していくことを目指すようになった。その理念を具体的に実現していくためには、家族ではなく、障害当時者の気持ち・考えを尊重するべきである。津久井やまゆり園では、入所・隔離政策のもとに展開してきた時代遅れのケアを、いまだに引きずり、当事者の気持ちを一顧だにしない支援を行ってきた、すなわち障がい者の方々の人権を無視してきた結果、虐待を繰り返し、「障害者は社会に不必要だ」とする植松聖という殺人鬼を生み出してしまったのだ。植松聖の裁判判決文には、「植松被告は、津久井やまゆり園に勤務していなければ、障害者は社会に不要だという認識にいたらなかったかもしれない」と述べられている。
障がい福祉施策の根本にかかわる課題を抱えたこの指定管理者を放置しておくわけにはいかない。
幹部が不当に純資産を積み上げてきた、金に対する不誠実な姿勢は、障がい者支援にも虐待という形で表れているのだ。
現在は、神奈川県議会には、共同会に不信感を持ち、神奈川県の障がい福祉施策を抜本的に変えていかなければならない、と考える心ある議員が増えてきた。私の努力が実り、以前に比べかなり議会の障害福祉施策に対する認識が改善されてきた。
平成24年から、私は根気よく主張し続けてきたが、かながわ共同会には問題がある。指定管理者としての県立障がい福祉施設の運営委託や県立障がい福祉施設の無償譲渡は検討しなおすべきであるーこの私の意見・提言は、ようやく重みをもって受け止められるようになった。が、ここに至る過程で、植松というモンスターによる大きな犠牲を伴ってしまった。共同会を指定管理者とする議案に、議会として賛成したことに、私は大きな責任を感じている。
だからこそ、一議員として、機会をとらえては、私は共同会についての疑問や疑惑を追及してきた。議員として、金銭面での追及は、最も善悪をつけやすい手法であったので、そこに集中してきたが、私は共同会のガバナンス自体を疑っていたのであり、その方向性が正しかったことは、残念なことに殺傷事件によって証明されてしまった。
「共同会はおかしい」と自民党団会議でも、委員会でも再三再四発言してきたにも関わらず、県を動かすことはできなかった。
しかし、外部圧力―情報リークや要望活動、そしてそれが報道されることによって、県はいや県知事は、いとも簡単に方向性を良くも悪くも変更する。
今、私は大きな無力感に襲われている。私の議会質疑には意味があったのだろうか?価値があるのだろうか?
この悔しさ、空しさを抱えながら、それでも、この難題解決のために、一議員として、これからもしっかり取り組んでいかなければならない。固く誓って、現時点でのまとめとしたい。