医療ガバナンス学会 (2021年2月2日 06:00)
本稿は医薬経済2021年1月1日号、「薬のおカネを議論しよう」第33回の転載です。
https://iyakukeizai.com/iyakukeizaiweb/detail/175411
医療ガバナンス研究所医師
谷本哲也
2021年2月2日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
その書き込みをしている人の多くは、一般の患者さんなどではなく、むしろ利害関係のある業界関係者だろう。残念ながら、このような意見は脊髄反射的な拒否反応に過ぎず、本質的な問題ではない。重要なのは、本来は患者にとって公平であるべき医師の判断が、意識的であれ無意識的であれ、製薬マネーによって不当に歪められることはないのか、という点だ。
実際問題として、製薬マネーは医師の判断にどの程度影響を与えるのか?その疑問に答える実証研究が欧米を中心に進んでいる。最近、こうした研究の過去の成果を系統的にまとめた解析結果が相次ぎ登場した。ひとつは米国内科学会誌に11月24日付、もうひとつは英国医学誌に12月9日付で掲載された論文だ。
前者から解説しよう。製薬マネーと処方の関係を解析した過去の報告を網羅的に収集したところ、36報の研究が同定された。フランスからの1報を除いた残りはすべて米国からのもので、9割が「オープン・ペイメンツ」のデータを利用していた。ランダム化比較試験は一報もなく、観察研究ばかりなのでバイアスの存在は否定できず、因果関係の立証も困難である。しかし、医薬品の種類や処方した医師の専門分野は多岐にわたり、一般化可能性は高いと考えられた。
製薬マネーと処方の間の相関関係について、30報で正の結果が認められ、残りの6報は正または無の混在した結果だった。さらに研究に含まれていた計101件の個別の解析のうち、89件では正の相関関係があった。製薬マネーに伴って、支払った会社の薬の処方が増加し、処方料や先発薬処方も増えていたわけである。さらに、9報では製薬マネー支払い後に処方が増加する時間的関係が認められ、25報では金額が多いほど処方量も増えるという用量反応関係もあった。すなわち、やはり因果関係は存在することが示唆されたのだ。
後者の論文も、製薬マネーの影響と権威ある医師からの推奨度の傾向を網羅的に解析した労作だ。過去の21報の研究が同定され、106本の診療ガイドライン、1809本の諮問委員会報告、340本の論説、497本のナラティブレビューが検討された。製薬マネーで利益相反のある医師が関与すると、ガイドラインやレビューで医薬品などが好意的に推奨される傾向が一貫して認められ、総合的な相対危険度は1.26(95%信頼区間1.09〜1.44)と算出された。これらも観察研究の結果なので、交絡因子の存在は否定できず、統計学的な不正確さも存在する。しかし、ここでも医師の推奨度が2、3割程度上積みされる製薬マネーの効果が示唆されたのだ。
この数値は、日本の製薬マネーの相場を考えても首肯できる結果だと思う。「封筒の裏の計算」に過ぎないが、医薬品市場は10兆円程度なので、1割程の上積みがあったとしても1兆円だ。それなら2000億円程度を医師にばら撒いても、マーケティングの費用対効果は十分にあるだろう。なお、製薬マネーが注ぎ込まれやすいのは、画期的新薬よりも大して効果のない薬だったという研究結果まであることを最後に申し添えておく。