医療ガバナンス学会 (2021年2月8日 15:00)
ロハス・メディカル専任編集委員
堀米香奈子
2021年2月9日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
先に配信した(上)では、1月27日に実施された「新型コロナウイルスワクチン接種会場運営訓練」での見学・取材メモを掲載させていただいた。今回は、筆者がその後に行った追加取材+αについて記したい。
【記録から見えてくる課題、疑問、提案など】
追加取材では以下の3名から意見を聞くことができた。
・蓮沼翔子氏(レクタス株式会社 学術員)
・斧原邦仁氏(レクタス株式会社 代表取締役)
・久住英二医師(ナビタスクリニック 理事長)
レクタス株式会社は、企業での集団接種をコーディネートしている。社長の斧原氏は、大手製薬企業で長年MRを務めた経験をもとに同社を立ち上げた。ナビタスクリニックは、個人輸入ワクチン含め積極的に予防接種を行っている。3名に、前回の取材・見学メモと、筆者の控えとして撮影した写真や動画を提供し、見解や指摘をもらった。
●「律速は予診と筋肉内接種」「選挙の投票所運営をイメージして」
――蓮沼翔子氏
今回特に注目したのは2つ、「予診が間違いなく律速になるだろう」ということと、「筋肉内接種(いわゆる筋肉注射)であること」です。
まず予診について。接種が開始されれば、医療関係者の次に、65歳以上の人、次に基礎疾患のある人が優先接種対象となる見込みです。今回の訓練でもエキストラは65歳以上の方々であり、予診での医師とのやり取りの長さに大きな個人差が見られたようです。
もちろん予診をないがしろにはできません。医師による接種可能との判断と、被接種者の接種への納得と同意は、接種に欠かせないプロセスです。ただ、相談内容は、自身が持つアレルギーや常用薬の影響、ワクチンへの漠然とした不安などについてであり、予診より前に解決しておける疑問や不安もあるように感じました。
高齢の方では一人で使いこなすのは難しいかもしれませんが、一般の方の接種となった場合には、チャットボット他、SNSとAIを組み合わせたシステムが、解決の多くを担える可能性があります。自身のアレルギーや常用薬など、個人の事細かな質問にも対応できるシステムの開発と導入が求められます。
上手に活用できれば、一人ひとりが予診で医師に尋ねる内容も時間も、最小限で済むことになるでしょう。
また、筋肉内接種については、接種する側(接種者)と、接種を受ける側(被接種者)、それぞれに課題を感じました。
訓練では看護師が接種を実施していましたが、郡市医師会によっては医師が行うこととしている地区もあります。いずれにしても、今日の主流は皮下接種ですから、接種者が筋肉内接種に慣れていないことは大いに考えられます。
被接種者の方も、インフルエンザワクチンと同じように袖から腕まくりをすれば接種できると思って会場に行くと、勝手が違って戸惑われるでしょう。肩~上腕に接種するため、衣服によってはその場で脱ぎ着が必要になります。そこでも時間を要することになります。
これらの問題も、接種の開始前に、両者がそれぞれ情報をインプットできていれば解決します。
そもそも集団接種を行うのは、多数の接種を一機会に行い、短期間に住民の接種を終えることにあります。特に、日本で最初に接種可能となるファイザー社のワクチンは、超低温冷凍など取扱い上の制約があり、いったん解凍すると大人数に短期間で使用しなければなりません。
その点、訓練で導入されたように、動線を一本にする方式は合理的です。ただし、実際には停滞ポイントが複数ありました。各自治体で会場選びや動線を検討するにあたっては、厚労省からひな形が示されるかと思いますが、川崎モデルもあくまでも一例です。
以下の観点を加味しつつ、各自治体で「選挙の投票所」運営の経験を活かしていただくとよいかもしれません。主な動線を1つに絞り、人違いの発生を防ぎプライバシーに配慮した管理体制など、採り入れられる部分が大いにあります。
・被接種者の背景を踏まえ、大きな会場で行うのか、団地等の集会所で行うのか、個別で行うのかを検討
・予診にかかる時間を減らすための被接種者への事前説明を、どのような手段で(いつ、どこで、何を使って)行うのか
・接種に不安のある人専用のレーンを作るなど、律速要素を減らすために会場設定に工夫できないか
●「集団接種の場合、誰が副作用報告をするのか?」
――斧原邦仁氏
私自身は元製薬なので、副反応の収集方法に関心を持っています。通常は、販売開始から6ヵ月間の市販直後調査が実施され、さらに製造販売後調査が行われて再審査期間(4年~10年)終了後にPMDAに報告されます。しかし、今回は「先行接種者健康調査」と「接種後健康状況調査」になる、という話も伝わってきています。
集団接種運営訓練の報道や資料を見て、やはり分からなかったのが、「だれがその会場の副作用報告をするのだろう?」ということです。経験から言えば、副反応のPMDAへの報告を医師が担当するというのは考えにくい。
厚労省が1月25日にホームページに掲載したワクチン接種円滑化システム(V-SYS)についの資料によれば、V-SYSで副作用報告を収集することまでは想定されていないようです。できるのは、登録した医師(必須登録)に対し、ファイザー等のワクチン製造販売業者がメールで確認することくらいと見られます。
メール確認で副反応の有無が分かったとして、副反応の詳細はどのように収集するのでしょうか? 各ワクチン製造販売業者の判断に任せるのでしょうか。
通常のワクチンでは、ワクチン製造販売業者のMRが定期訪問している医師から副反応について聞き取りを行い、PMDAに報告します。定期訪問していない場合は、卸等からMRに連絡が行きます。
しかし集団接種では、ワクチンを国から分配された自治体が接種主体あるいは医療機関への配布元になるため、担当MRがいません。ワクチン製造販売業者にV-SYSを通じて連絡が入ったとしても、実際に聞き取りとなると、どの担当MRがどこに行くかといった混乱も想像に難くありません。エリア担当MRだとしても、綿密な連携とシステムがなければ、全ての接種先を把握しきれるのか。
おそらく国が何らかの副反応報告システムを作るのでしょう。ただし、仕組みによっては、接種責任医師の負担が大きくなる可能性もありそうです。
●「かかりつけ医の問診はオンラインで」「厚労省は一刻も早い情報提供を」
――久住英二医師
予想していた通り、予診に時間をとられるケースが頻出しそうですね。特に高齢者は持病のある方がほとんどと言っても過言ではありません。であれば本来、かかりつけ医による個別接種の方が適していますし、むしろ効率的かもしれません。どちらでも選べるような体制にしておいて、持病のない健常な高齢者を上手に集団接種に誘導するのがベストでしょう。
また、かかりつけ医による問診は、事前に済ませておくことも可能では? そうすれば接種医は、当日の様子だけ見て接種すれば良いので、よりスムーズに進むでしょう。場合によっては、集団接種についてはオンライン問診でも良いと考えます。医師としても通常業務もこなしつつ、集団接種にも協力できる。医師は急変時のバックアップとして、集団接種会場に1人常駐すれば済みます。
今回の報道後、ナビタスクリニックの職員も運営訓練の詳細を知りたいと、まずは管轄の多摩立川保健所に電話で問い合わせました。すると、「川崎市で実施されたことなので、情報提供があるとすれば、まずは東京都に行くと思います。そこからこちらに下りてくるかどうかなので、東京都にお尋ねいただくのがいいと思います」との回答でした。
そこで東京都福祉保健局感染症対策部に問い合わせたのですが、こちらも「国がやっていることなので分からない。都にはまだ関連する情報は何も来ていません」との回答でした。
川崎市は新型インフルエンザでの経験や準備があり、それをベースに今回の訓練を実施しています。それでもチーム立ち上げから準備に1カ月を要しています。他の自治体や医療機関には、まったく経験がありません。集団接種でなくても、今回の訓練から参考にしたいこと、知りたいことはたくさんあります。
訓練から得られた知見は、厚労省から自治体へシェアされると聞いています。一刻も早い提供を望みます。
【病院関係者からの要望を受けて】
実は筆者も訓練後早々に、知り合いの病院関係者から「今回の訓練の記録があれば見せてもらえないか」と相談を受け、写真や動画の一部を提供した。見学・取材を経て改めて、同様の訓練を各自治体あるいは各会場で事前にやってみることの重要性を実感している。その分だけ前倒しで準備を進めねばならない。しかし今も自治体や医師会の担当者は、参考になるものが何もないままヤキモキしているのだ。
先述(前回)の通り、訓練で得られた知見は後日厚労省から全国の自治体に提供されるようだが、いつになるかは分からない。マスコミ報道だけでは、ぱっと見の印象しか分からない。川崎市も1月29日付でホームページに動画を公開しているが、あくまで市民向けで、福田市長や岡部所長、その他関係者からのメッセージを中心とした構成になっている。
ちなみに筆者が一番ためになったのは、うっかり紛れ込んだ市長や学長他の“視察”だ。ガイド役の方の丁寧な説明に加え、例えば接種済証の発行では「シールを3枚手作業で貼るのが手間ですね」などと、視察側からも課題が次々に指摘されていた。筆者も、「自分だったら、付箋に接種時刻を手書きして渡すのを忘れそう」などと考えながら見ていた。だが、そうして浮き彫りになった実務上の細かなチェックポイントは、当然ながら一般向けのメディアではほとんど報じられない。
また、筆者自身も見学・取材時には、運営側の視点が抜けていた。
実際の会場設計や運営管理は、どんな人が何を参考に、どんなプロセスを経て策定したのか。具体的な疑問が生じた時、誰に聞いて、もしくはどのように解決したのか。もっと言えば、例えばどこから、どうやって20人もの優秀な“演技派高齢者”の方々をリクルートしてきたのだろう……。
運営側として必ず行き当たるそうした事柄について、関係者から充分に聞き取ってこなかった。運営側からも説明はなかった。相談者に提供しようと、撮ってきた写真や動画を整理しながら、後から気づいたのだ。厚労省から自治体へは、つぶさに伝えられることを期待したい。
【雑感】
今回の訓練について、他の自治体からは「川崎市ありきだった」という声も聞こえてくる。実際、川崎市では2016年から新型インフルエンザ等の感染症患者対応ブラインド訓練を重ねており、今回はその延長線上にあったのだろう。ただ、福田市長が記者会見でも、動画でも、その点を殊更に強調しているのを見て、個人的にも「川崎市ありき」の印象は深まった。
そもそも2013年に、国立感染症研究所感染症情報センター所長を辞した岡部信彦氏が、川崎市健康安全研究所所長に就任している(国の「新型インフルエンザ等対策有識者会議医療・公衆衛生に関する分科会」の分科会長を兼務)。また、今回の会場を提供した川崎市立看護短期大学の坂元昇学長は、川崎市健康福祉局医務監であると同時に、厚生科学審議会予防接種基本方針部会委員を務めている。
この人事からすれば、今回の「川崎市ありき」は当然の流れだったはずだ。と言いつつも、だからどうということではない。得られた知見が迅速かつ充分に全国の自治体に提供され、接種の現場に行きわたり、活用されるならば、それでいいと思う。いつ、どのように情報が接種運営側に伝えられるのか、また、今回見えてきた課題にどう取り組むのか、しばし注目していたい。