医療ガバナンス学会 (2021年2月25日 06:00)
この原稿は幻冬舎ゴールドオンライン(2020年11月14日配信)からの転載です。
https://gentosha-go.com/articles/-/30169
医療ガバナンス研究所
上昌広
2021年2月25日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
◆新聞は「情報の宝庫」…多忙な医師は、どう読むか?
臨床論文を書くには、どうすればいいか。前回は、私の医学誌や科学誌の読み方をご紹介した(関連記事『医師の情報収集…臨床論文書くには「論文100報読め」の世界』参照)。
今回は一般メディアの読み方について、ご紹介しよう。私が、一般メディアでもっとも重視するのは新聞だ。全国紙5紙(朝日、読売、毎日、産経、日経)と東京新聞、福島民友、神戸新聞を購読している。
各紙を読む理由は次の通りだ。東京新聞は、私が東京在住で東京の情報が欲しいから、福島民友は東日本大震災以降、福島で活動を続けているからで、神戸新聞は私が兵庫県出身だからだ。自分と関係する地域の情報を集めるには、地方紙を購読するのがいい。全国紙とは情報量が違う。
最近は新聞の読み方が変わってきた。電子版が普及したらからだ。前述の8紙のうち、福島民友以外は電子版があり、私は電子版で読んでいる。ネット記事と違い、何面にどの程度の分量で掲載されているか、紙面での扱いを見れば、新聞社の評価が一目でわかる。
さらに、スクショで保存も容易だ。注目すべき記事はインターンを含め、医療ガバナンス研究所の関係者に「フェイスブックメッセンジャー」のグループでシェアしている。これが連載の文章を書くときなどの「スクラップ帳」として役に立つ。
新聞は情報の宝庫だ。徹底的に利用するのがいい。この点で『新聞ダイジェスト』(新聞ダイジェスト社)はおすすめだ。主要6紙が前の月に掲載した記事を項目ごとに整理して掲載している。過去の論文を体系立って読むことで、現在に繋がる流れを把握することができる。一冊990円と安く、お買い得だ。
◆臨床研究の実力を磨くには、海外メディアの活用が必須
ただ、臨床研究の実力をつけたければ、国内の新聞を読むだけでは駄目だ。一流の医学誌・科学誌の多くは、欧米で編集されており、欧米の社会情勢に影響される。日本の新聞は、海外情報の発信が弱い。このような情報を知りたければ、海外メディアに目を通すべきだ。
幸い、『ウォール・ストリート・ジャーナル』『CNN』『ロイター』『ブルームバーグ』など多くの海外メディアが日本語版を出している。英語の壁はない。さらに多くが無料で読める。このような媒体を利用しない手はない。具体例を挙げて、ご説明しよう。
9月8日、『AFP』が『新型コロナ対策、「安全な対人距離」は状況次第研究』という興味深い記事を掲載した。
『AFP』はフランスに拠点を置く通信社だ。米『AP通信』、英『ロイター』と並び世界三大通信と言われている。
余談だが、『AFP』は、私は毎朝、iPadのアプリ『AFPBB News』でチェックすることにしている。『AFPBB News』の特徴の一つは、中国関連の記事が多いことだ。11月10日0時の時点で掲載されていた29報の記事のうち、12報が中国関連だった。米国関連は6報、フランス関連は2報で、日本関連はない。世界のメディアが、いかに中国に関心を寄せているかおわかりいただけるだろう。
前出の9月8日に掲載された記事は、英セント・トーマス病院の医師たちが、英『BMJ』誌(英医師会誌)で発表した論文を紹介したものだ。
彼らは、屋内外、滞在時間、十分な換気の有無、会話のレベル(沈黙・話す・叫ぶ)、およびマスクの有無で、ソーシャル・ディスタンスの効果が、どの程度、影響されるか推定した。
この研究によれば、換気が不十分な屋内では、マスクを着用しても、長時間話すことは危険だが、屋外で少人数で話す場合、よほど大声を出さない限り、マスクなしでも安全だ。
これは読者にとって貴重な情報だ。屋外を歩行する日本人の多くは無言だ。マスクを着用する必要はない。ところが、私の知る限り、この論文を紹介した全国紙はない。
私は『BMJ』は目を通していない。ところが、『AFP』などの海外メディアをフォローすることで、『BMJ』に掲載された重要な臨床研究をフォローすることができる。海外の社会情勢だけでなく、自分がフォローしていない医学誌・科学誌の重要論文について知ることができるのも大きなメリットだ。
もちろん、英語に自信があれば、日本語版のないメディアもフォローするといい。私は『ワシントンポスト』や『ニューヨークタイムズ』、さらに『ハアレツ』(イスラエル)などのニュース記事も、メーリングリストに登録し、見出しを毎日チェックするようにしている。
◆高齢者向けと侮るなかれ…「週刊誌」も貴重な情報源
このような国内外の新聞以外に、若者には週刊誌に目を通すこともすすめている。私は、『週刊現代』、『週刊ポスト』、『週刊文春』、『週刊新潮』、『週刊朝日』、『サンデー毎日』、『ニューズウィーク日本版』、『AERA』、『フライデー』、『女性自身』、『女性セブン』、『週刊女性』などに目を通している。NTTドコモが提供する『dマガジン』を購読すれば月額450円で読み放題だ。
私が週刊誌に目を通すことをすすめるのは、このような媒体が高齢者の関心を反映しているからだ。週刊誌の読者の多くは高齢者だ。いまや週刊誌は高齢者しか読んでいないと言っても過言ではない。だからこそ貴重なのだ。患者の多くは高齢者だ。高齢者が何に関心があるかは、このような雑誌を読むことで理解できるからだ。週刊誌の主要テーマは、健康・医療、財テク・年金、性(これは男性週刊誌のみ)だ。これこそ、患者の関心なのだが、医療現場では健康・医療以外はあまり議論されない。これでは全人的医療はおぼつかない。
また、このような雑誌は昭和特集など、彼らの若かりしころの社会状況を頻回に紹介している。読者を意識した特集なのだが、彼らの人格を形成した時代背景が理解できる。これは若手医師にとって重要だ。
これ以外に総合情報誌(『選択』、『FACTA』、『クーリエ・ジャポン』)、科学誌(『日経サイエンス』)などに目を通している。また、『ハフィントンポスト』『フォーサイト』、『ビジネスジャーナル』なども購読している。
◆「見出しだけチェック」でも、情報収集に絶大な効果
新聞からウェブメディアまで、ほとんどは見出しをみるだけで、チェックに要する時間は5~10分程度だ。ただ、それでも効果は絶大だ。見出しを見るだけでも、世の中の流れがわかるからだ。
記事のなかには、全文を読むものもある。それは『選択』『FACTA』だ。マスコミが書かないテーマを独自の視点で分析しているからだ。このような雑誌を読むと、日本の新聞報道がいかに一面的であるか実感する。多くの重要な問題が報じられていない。
では、なぜ、新聞や雑誌を読むことが、臨床研究に重要なのだろうか。それは新たな視点を提供してくれるからだ。私は、これまで多くの若い医師や看護師を指導してきた。そこで実感するのが、大学院生までの人と、それ以降に伸びる人の差だ。大学院までの人とは、真面目で能力が高く、指示されたことについて、きっちりと成果を出す。中には、大学院時代に『ネイチャー』や『ランセット』のような一流誌に論文を発表する人もいる。
ところが、このような若きスターの多くは、その後、伸び悩む。それは、自分で課題を見つけることができないからだ。大学院時代に成功したテーマに固執し、時代遅れの研究者となってしまう。この壁を越えるには、新たな能力を身に付けなければならない。
大学院生と指導者では、求められる能力が異なる。この状況は、プロ野球の選手とコーチ・監督の状況に似ている。指導者に求められるのは、プロ野球も医療界も変わらない。それは、幅広い教養と指導力だ。前者を身に付けるには、まずは幅広い情報のインプットだ。情報がなければ、思考力などつきようがない。そのためにどうすればいいか。筆者の試行錯誤を紹介させていただいた。参考になれば幸いである。