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Vol. 217 医療と漫画の関係を考える

医療ガバナンス学会 (2010年6月22日 07:00)


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東京大学医科学研究所 先端医療社会コミュニケーションシステム
上 昌広

※今回の記事は村上龍氏が主宰する Japan Mail MediaJMMで配信した文面を加筆修正しました。
2010年6月22日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


【メディアの多様化】
近年、医療を扱うメディアは多様化しています。例えば、新聞、テレビ、雑誌のような従来型メディアに加え、ネットメディア・ブログなどの新規メディアが発達しつつあります。さらに、映画・テレビドラマ・漫画でも医療が取り上げられることが増えました。6月封切りの映画『孤高のメス』や、話題になったテレビドラマ『JIN-仁-』など、ご記憶の方も多いでしょう。このようなメディアは、多くの国民に影響を与えていることが予想されます。

【医療漫画】
特に、漫画は興味深い存在です。2006年度に出版された漫画単行本は10965点、漫画雑誌は305点に上ります。出版物全体の37%に相当し、その影響力は無視できません。
また、漫画は日本が誇る文化です。「Manga」は世界中で通用し、多数の作品が海外で人気を博しました。例えば、『ドラゴンボール』、『ナルト』、『BLEACH』、『ONE PIECE』、『鋼の錬金術師』、『デスノート』が挙げられます。また、アニメでは宮崎駿監督の一連の作品や『エヴァンゲリオン』が有名です。
最近、友人の医師から面白い話を聞きました。彼が指導している研修医から、「医師不足の原因は何か知っていますか?戊辰戦争の後遺症ですよ。モーニング(講談社発行の漫画雑誌)に連載中の『エンゼルバンク』に書いていましたよ。」と言われたそうです。友人はJMMの読者ですから、この話は知っていました。驚いたのは、情報の入手先が漫画雑誌モーニングだったことです。ただ、落ち着いて考えれば、納得がいきます。どの病院でも、研修医部屋や当直室には漫画雑誌が置いているのですから、研修医が漫画の影響を受けるのは当然です。

【医療漫画の研究】
医療界にとって、漫画は有望な媒体です。ところが、医療と漫画の関係については、あまり研究されていません。
当研究室に、医療と漫画の関係に関心を持っているスタッフがいます。岸友紀子さんという医師・医学博士です。虎の門病院・国立がんセンター中央病院で血液・腫瘍内科医として研修し、その後、自治医大花園豊教授の指導のもとで、再生医療を研究しました。2008年4月から、私たちの研究室に合流し、医療と社会の関係について研究を進めています。今回は、彼女が研究成果をご紹介しましょう。
漫画研究の難しいのは、データベースが整備されていないことです。ウェブ検索や、参考資料の孫引きを繰り返しながら、医療漫画を探さなければなりません。大変な手間を要した研究でした。岸さんは漫画・アニメが大好きです。好きこそものの上手なれ、彼女でなければ、実行できない研究でした。

【医療漫画は手塚治虫から始まった】
医療を扱った最初の漫画家は手塚治虫です。彼は、1945年7月、大阪帝国大学附属医学専門部に入学し、医学を学びます。そして、在学中から漫画を書き始めます。51年に大学を卒業し、52年には医師免許を取得します。その後、医師として診療することはなく、上京して、有名なトキワ荘に入居。漫画家として活動します。
手塚の最初の医療漫画は『きりひと賛歌』です。1970年4月から71年の12月まで「ビッグコミック」(小学館)で連載されました。手塚が医療漫画を書き始めたのは、漫画家としてかなりキャリアを積んでからです。
『きりひと賛歌』は、四国の山あいにある犬神沢の村に起こる奇病をめぐる物語です。大阪のM大学医学部に勤める青年医師小山内桐人と同僚の占部が、奇病 モンモウ病の克服に取り組みます。その過程で、医学界における権力闘争に巻き込まれる様も描かれており、社会派的色合いの強い作品になっています。
M大学のモデルは大阪大学です。1963年からサンデー毎日で連載された『白い巨塔』(山崎豊子著)でモデルとなった大学です。今でも、阪大と言えば権力闘争というイメージがあるのですから、『きりひと賛歌』が発表された1970年頃には、多くの国民が、そのような感覚を持っていたのでしょう。医師不足や医療崩壊など、夢想だにしない時代です。
その後、1973年には週刊少年チャンピオンで『ブラック・ジャック』の連載が始まります。この連載は、1983年10月まで続き、我が国の医療漫画の象徴となります。今更説明の必要はないでしょう。『ブラック・ジャック』以降、多数の医療漫画が出版されます。

【医療漫画は1980年代以降、急増した】
2008年12月現在、173の医療漫画が発表されています。興味深いのは、医療漫画の作品数が1980年代後半から急増したことです。漫画全体の出版数の伸びを遙かに上回ります。
1970-80年代の医療漫画と言えば、手塚治虫の独壇場でした。『きりひと賛歌』『ブラック・ジャック』に加え、1981年から「ビッグコミック」で連載された『陽だまりの樹』が、手塚の医療三部作とも言えます。
一方、90年代に入ると、『Monster』 (浦沢直樹作)、『研修医なな子』(森本梢子作)などの漫画が発表され、人気を博します。これらの作品の作者は医療関係者ではありません。
90年代以降の医療漫画の急増は、国民の医療に対する意識の変化を反映していると考えています。インフォームドコンセントの確立に代表される患者意識の変化が生じ、医師が聖職者と見なされなくなったのは、この頃です。映画や文学作品よりは低俗と見なされている漫画でも、医療が主題として取り上げられるようになったのかもしれません。

【医療漫画の主人公は誰か?】
では、医療漫画で描かれるのは、果たしてどんな人たちでしょうか?
岸博士たちの調べた範囲では、医療漫画の主人公の内訳は、医師134、看護師19、 歯科医師3、医学生3、看護学生1、その他13でした。一貫して、主人公の大半は医師ですが、1990年以降、心理士・カウンセラー・理学療法士・薬剤師などのコメディカルが主人公の医療漫画も登場しています。
漫画家や一般読者にとって、医療従事者の代表的存在は医師です。しかしながら、コメディカルを主人公とした医療漫画が増加していることは、医療の専門分化を社会が認識し始めていることを反映しています。このような漫画が増えることで、国民の医療に関する認知も深まる可能性があります。

【医師の専門は?】
では、医療漫画で描かれる医師の専門は何でしょうか?予想通りかもしれませんが、外科医が中心です。内訳は内科系47、外科系71、研修医7でした。70年代以降、この傾向は一貫して変わりません。
慢性疾患を対象とすることが多い内科と比べ、手術により完治が期待できる外科では、患者の変化が劇的です。また、内科における薬物療法と比較して、外科手術は、読者に医療現場を強く想起させることができます。このため、多くの漫画家は医療漫画のテーマとして外科医を選択したのでしょう。
医学の基礎は「内科」ですが、国民がお医者さんを考えるときに思い浮かべるのは、「外科」です。このあたり、国民に若干の「誤解」を与えているかもしれません。

【読者は?】
漫画といっても、その対象は、子供向けからアダルトまで多岐にわたります。医療漫画も同様です。岸の調査では、少年誌(高校生以下)23、青年(大学生から若年社会人)36、一般男性社会人52、男性向きアダルト2、少女(中学生以下)7、一般女性(高校生以上)31、女性向きアダルト18、他18でした。
従来、医療漫画は男性誌を中心に掲載されてきましたが、90年代後半以降、女性誌でも掲載され始めます。これは、この頃から成人女性を対象とした雑誌の創刊が相次ぎ、その中で医療者が取り上げられたためです。
男性誌については、少年誌よりも青年から成人を対象とした雑誌における掲載数が多いことが特徴です。多くの漫画家・編集者は、医療は若年者の関心を引きにくいと考えているのでしょう。

【医療漫画の映像化】
近年、漫画はテレビや映画などで映像化されることがあり、漫画の読者層とは異なる多くの国民へのアプローチが可能になっています。
我が国でも、14作品(全体の8%)が映像化されており、これは他分野の漫画とほぼ同水準でした。興味深いのは、アニメ化(2.3%)と比較して実写映像化(テレビドラマ化)(5.8%)される頻度が高いことです。
漫画の一般的性質上、映像化の際には実写化よりもアニメ化が多くなります。ところが、実態は逆です。この差は、医療は現実の営みであり、アニメよりもドラマのほうが視聴者へ訴えかけやすいと制作者たちが考えたからかもしれません。

【医療漫画の変化】
このように医療は、漫画の重要なテーマになりつつあります。最近の特徴は、医療従事者の視点に立った作品が増えてきたことでしょうか?
従来は、手塚治虫など一部の作家を除き、医療は作品の舞台にすぎず、テーマは別にありました。例えば『Monster』では、東ドイツで特殊訓練を受けて殺人鬼と化したヨハン少年を、外科医のテンマが追跡し、抹殺しようとします。漫画研究で著明な竹内オサム 同志社大学教授によれば、このプロットは手塚治の『鉄腕アトム』や映画『逃亡者』と通じるそうです。一連の作品の主題は人間の不条理です。
ところが、昨今の漫画は違います。『麻酔科医ハナ』(なかお白亜作)、『最上の命医』(入江謙三作)などは、医療そのものがテーマです。そして、これらの作品では、医師の目線で物語が語られます。作者は医療関係者ではないのに、細部までこだわった作品が多いことが特徴です。例えば、『最上の命医』では東大病院の医師たちが監修したことが話題になりました。
また、このような漫画では、『ブラック・ジャック』や『医龍』(乃木坂太郎作)に登場するスーパー・ドクターや、『Drコトー』(山田貴敏作)の理想的医師は登場しません。医師の泥臭い部分が描かれ、医療の実態が伝わっています。このような変化は、国民の医療に対する関心が高まっていることを反映していると考えています。
高齢化社会では、医療は大きな社会問題です。このような問題を、国民が共有する際に、芸術の力は欠かせません。明治の時代の変化を国民に伝えたのが、夏目漱石や森鴎外であったように、21世紀の高齢化社会のあり方の変化を伝えるのは、漫画家などの芸術家なのかもしれません。医療漫画というジャンルに興味をもっていただければと考えています。

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