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Vol. 218 新型インフルエンザ対策の危険な道

医療ガバナンス学会 (2010年6月23日 07:00)


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医学的合理性と人権重視の法改正を!

※今回の記事は「週刊医療界レポート 医療タイムス」に掲載された文面を加筆修正しました。

村重直子
2010年6月23日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


2010年3月31日から厚生労働省が行っている新型インフルエンザ(A/H1N1)対策総括会議は、役人が作った法律や行動計画が正しいという前提で進んでおり、法律や行動計画を見直そうという動きは一切見られない。法律を改正しなければ、次に新型インフルエンザが発生したとき、役人は同じ過ちを繰り返すだろう。本稿が、なぜ法律を変える必要があるのか、広く議論するきっかけとなれば幸いである。

●水際作戦による患者発見率は34.6万分の1にすぎなかった

インフルエンザを対象に検疫を強化し、隔離・停留・強制入院といった法的措置を取ることの医学的合理性と実現可能性を考えたことがあるだろうか?新型でも季節性でもインフルエンザなら「症状では他の疾患と区別できない」「潜伏期がある」「発症前に感染性がある」「飛沫感染する」などの特徴は同じで、必ずすり抜けるのだから、水際でウイルスの国内侵入を防ぐという考えに医学的合理性はない。致死率がどんなに高くても、である。この点で、新型インフルエンザ対策を指揮してきた厚労省の医系技官が説明している、強毒性を想定して作った法律や行動計画だから水際作戦は正当化され、弱毒性だったから水際作戦を緩めたという説には論理矛盾がある。

厚労省は、2009年4月28日から6月18日までの52日間に346万人を検疫し、わずか10人の患者しか見つけられなかった(1)。34.6万分の1という低い確率である。このオペレーションのために、厚労省が応援として成田、羽田、関西、中部、福岡の空港検疫所へ動員したのは4月28日から6月24日の間に延べ7069人(うち医師926人、看護師2253人)だった。この他に、濃厚接触者を停留した施設へ応援に送られたのは、4月28日から5月31日の間に延べ1035人(うち医師118人、看護師116人)だった。

これほど多くの人々を送り込んだ社会的損失は大きい。特に医師や看護師など医療関係者は、本来、来るべき患者数急増に備えて、医療現場で準備しなければならなかった時期に、厚労省が検疫所や停留施設へ送ったことは本末転倒である。さらに、検疫で最初の患者が見つかったときには、すでに100人が検疫をすり抜けて国内に入っていたという研究論文がユーロサーベイランスという医学誌に発表された(佐藤、中田、山口ら(2))。経済的ダメージや心理的パニック、投入された人数などの社会的デメリット、すり抜けた人数などを考えるなら、水際作戦の効果はほとんどないことが日本で実証されたのだ。ウイルスの侵入を「防ぐ」のではなく「遅らせる」という医系技官の説も、社会的デメリットを考慮するなら合理性はない。

●水際作戦のメリットは厚労省の焼け太り?

新型インフルエンザ対策において、医学的合理性と実現可能性の2点を重視しなければならないが、この計画を作った医系技官は2点ともあまり考えていなかったようだ。

人権侵害の問題もある。隔離・停留・強制入院といった法的措置によって、本人の意思や医療ニーズとは関係なく、強制的に収容されたのだ。本人の意思どころか、刑事罰があり、隔離や停留中に逃げ出したら「1年以下の懲役または100万円以下の罰金」の対象となる。医療を必要としない元気な人の身柄を拘束するのは、人権侵害の問題をはらんでいる。冒頭に述べたインフルエンザの特徴から、すり抜けている人々がたくさんいる中で、たまたま見つけた人を強制的に収容することは、公平性の観点からも問題があるのではないか。

このような水際作戦は、隔離された人々や周囲の人々、他の日本国民にとって、何かメリットがあっただろうか。社会的デメリットのほうが大きかったのではないか。では誰にとってメリットがあったのか。水際作戦の実施によって国民の不安をかき立て、存続さえ危ぶまれていた検疫所の人員強化(ポスト拡大)、予算拡大などへ世論が傾けば、焼け太りするのは厚労省の役人である。

●検疫法と感染症法の改正は役人による人権侵害を誘発

厚労省では2004年頃から専門家会議を行うなど、健康局長以下の医系技官たちがこの計画を準備してきた。この計画を、厚労省が法的根拠を持って強制的な権限を行使できるよう、2008年に検疫法と感染症法(感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律)が改正された。そして厚労省の役人は実際に、検疫法に基づいて隔離・停留を、感染症法に基づいて患者の強制入院を行った。

これらの法律のルーツは、1897年(明治30年)にできた伝染病予防法や1951年(昭和26年)にできた検疫法などである。隔離するために患者を探しだそうという検疫は、前近代的な発想といえる。現代の概念からみれば、人権侵害となりかねない思想に基づいている。本来なら、人権問題とならないよう考慮して、現代の国民のコンセンサスが得られるような内容に、これらの法律を改正しなければならない。ところが医系技官は、2008年、これらの法律に新型インフルエンザを加え、新型インフルエンザに対しても役人が強制権限を行使できるようにした。医系技官がしたことは、時代に逆行する法改正だったのだ。

●医学的合理性に基づき北風政策から太陽政策へ

では患者の人権を守り、周囲の人々も守るにはどうすればよいか。例えば、空港に診療所を開設し、広い空港の各ターミナルに医師や看護師が常駐できるくらいの人数を置いてはどうか。新型インフルエンザに限らず、様々な輸入感染症が発生し得るし、エコノミークラス症候群のような長時間のフライトに関連する医療ニーズもあるだろう。入国者の検査や治療だけでなく、出国する人々も、渡航先の土地の感染症やその予防法などの情報提供、フライト中の注意事項、必要に応じてワクチン接種や予防内服の薬を処方するなど、医療のニーズはたくさんあるはずだ。普段からかなりの人数が行き来しているだけでも、医療ニーズがあるのはむしろ当然のことだろう。

具合の悪い人が申し出たら隔離、逃げたら罰則という現状の北風政策よりも、具合の悪い人が申し出れば医療を受けられる権利があり、それによって重症者が早く見つかり入院できるという太陽政策のほうが、医学的合理性、実現可能性、人権尊重などの観点からも合理的だろう。現在の検疫法は、逃げたら感染症が広がってしまうから、逃げないように罰則をつけるという発想から北風政策をとっているのだろうが、仮に新型インフルエンザが流行している時期でも、致死率が高ければ高いほど、具合の悪い人々は早く医療を受けようとするから、北風政策をとる必要性は考えにくい。

現在の感染症法によって、医学的には入院する必要のない元気な患者まで入院させていては、本当に重症で入院が必要な患者が医療を受けられなかったり手遅れになったりする可能性もある。入院するか否かは、法律で一律に決めるのではなく、医師の判断と患者の同意によって個別に決めるべきではないか。

こうして医療へのアクセスを良くすることが、患者本人を守り、周囲の人々も守ることになるだろう。つまり、役人が作った合理性のないルールを画一的・硬直的に現場に押し付けるより、現場の人々の医療ニーズに、医師や看護師などの専門家が個別に臨機応変な対応を取るほうが、効率的に患者も周囲の人々も守ることができる。

広く国民が議論し、このような発想の転換ができるかどうかが、法改正実現の鍵となるだろう。特に医療関係者は、医学的合理性と、現場のオペレーションの観点から実現可能性などについて情報提供し、国民が考える材料を提示する役割を担っているのではないか。

(1) 厚生労働省 第3回新型インフルエンザ対策総括会議 2010年4月28日 参考資料1

http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou04/dl/infu100428-13.pdf

(2) Sato H, Nakada H, Yamaguchi R, et al. When should we intervene to control the 2009 influenza A(H1N1) pandemic? Euro Surveill. Jan 7;15(1). pii: 19455.

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