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Vol. 223 村重直子の眼1 新型インフルエンザと献血不足の問題

医療ガバナンス学会 (2010年6月30日 07:00)


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対談 村重直子・成松宏人
構成 ロハスメディア 川口恭
2010年6月30日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


舛添要一・前厚生労働大臣の懐刀として大活躍し3月15日で官職を辞した元厚生労働大臣政策室、政策官(辞職時は内閣府特命大臣付)の村重直子氏は、大臣の眼や耳の代わりとなって情報収集していた経緯から、在野でキラリと輝く人たちを大勢知っているらしい。「言論の自由を取り戻した」という村重氏に、これからしばらく、対談形式でそういった方々を随時ご紹介いただくことにする。トップバッターは、新型インフルエンザによる献血不足の問題に早くから警鐘を鳴らしていた成松宏人・山形大特任准教授だ。(担当・構成 川口恭)

村重
「日本では、大規模データベースに一部の人しかアクセスできず、誰でも自由にアクセスして論文を書けるようになっていないことが、様々な問題に共通するボトルネックだと思っているのですが、先生の手がけられる山形大グローバルCOEプログラムも、大規模コホートを作って、よい分子疫学の研究論文が出そうですね」

成松
「山形大では県内いくつかの市町村の方々のご協力をいただいて30年前から疫学研究に取り組んで来ました。現在では生活習慣病や発がんに生活習慣だけでなく体質の個人差が与える影響を探る研究を行うと同時に、分子疫学の国際教育研究ネットワーク構築をめざしています。そのデータをどう使うかというのは私の一存で決められるものではありませんけれど、皆さんの健康づくりのお役に立てればと思っています」

村重
「ところで、昨年、輸血製剤について色々と論文を書かれていたと思うんですけれど、それは、どういう経緯で手がけられたのですか」

成松
「はい。新型インフルエンザ流行時の血液製剤確保についての論文を、私たちの研究グループからTransfusion Medicine Reviews誌に最近発表させていただきました。そもそも、昨年の5月に、新型インフルエンザが関西で最初に流行った時に献血者が減ってしまったというのがスタートです。先生もご存じのように私は元々血液内科医でして、血液内科の患者さんの場合、出血傾向が強くなっていて血小板製剤がなかったら命に関わるようなことがあります。そういう方たちが、危機的な状況になるということに、恥ずかしながら、その時初めて気づいたのです」

村重
「それで外国ではどう対応しているのか調べたわけですね」

成松
「はい。不活化というウイルスを殺す技術、病原体を殺すことによって輸血の安全性を高める技術の導入が進んでいました。元々は輸血を介した感染症を防ぐ目的で、特には未知の新興感染症を防いだりということで議論されてきたものですけれど、副次的な効果として、血小板製剤のように細菌が増えてしまって作り置きできないようなものの保存期間も長くなるということが分かりました」

村重
「血小板製剤の保存期間は、献血してから4日以内でしたっけ?」

成松
「実際は、集めて運んで製剤にしてということなので、本当に使えるのはそれよりかなり短いです。臨床の現場では、すぐなくなるので、ものすごく大事に大事に使っている製剤なんですね。献血者が減るということは、それがすぐ供給不足に直結します」

村重
「ストックできないですからね」

成松
「でも、不活化技術を使うと、保存期間が長くなってストックできるということなんです」

村重
「量の確保もできるし安全性も高まると」

成松
「ええ。だから、この不活化技術をリスク管理の手段として入れることは重要なんじゃないかと考えました」

村重
「今の先生のお話は、新型インフルエンザで献血者が減ってしまうことに対するリスク管理の観点ということでしたが、日常診療面でもメリットはあるんじゃないですか。今でも毎年数が少ないとは言っても肝炎とか、輸血によって感染してしまう人はいます。地球規模で人々が行ったり来たりする時代ですから、未知の病原体とか熱帯地域からの渡航者によって日本にないと思われていた病原体が入ってくる可能性もあります。そういう不測の感染症も防げるという意味では安全面のメリットが大きいですよね」

成松
「不活化技術は、海外ではかなり導入が進んでますけれど、日本では昔から検討はされていて一進一退でなかなか進みません。慎重派の人たちは、不活化技術の安全性は不明確だと言います。たしかに安全性を追求してもし過ぎることはないと思いますけれど、追求するレベルはリスクとベネフィットによって、その時々のTPOでだいぶ変わってくると思うんですね。たとえば、インフルエンザが流行って、輸血が不足してしまうというような緊急事態の場合は、もっとリスクを取らざるを得ないのではないかと思います」

村重
「TPOによって、リスクとベネフィットのバランスが変わってくるということですね」

成松
「そう考えるべきなんじゃないかと思います。大事なのは、総合的に見て、どうしたら患者さんにとって最大限の利益を引き出せるかです」

村重
「輸血製剤が足りなくなったら、出血が止まらなくて亡くなってしまう人も出かねませんものね」

成松
「ただ、TPOに応じてリスクとベネフィットのバランスが変わるという考え方が、今までの日本にはなかったと思います」

村重
「新型インフルエンザが起きたことによって」

成松
「きっかけになりました。我々にとってよい教訓でした」

村重
「それを生かしていかないといけませんね。事前の審査での安全追求ももちろん大切ですけれど、100%の安全というのはあり得なくて、副作用はどこかで起きてしまうわけです。今までの技術より、安全性が高いというならメリットは大きいと思いますね」

成松
「ただ、市販前に治験とかでできる安全性確認というのは限りがあります。人数が限られているし」

村重
「稀な副作用は分かりえない」

成松
「それに、治験になると、均一な患者さんが集められるというのはあります。本当の臨床現場に使うのとは違うから、市販後にしか分からないことがどうしてもあります」

村重
「治験に入れないような患者さんにもニーズがあるということですね」

成松
「結局はそういうニーズの方が大きかったりするんです。でも、そういう所まで全部事前に安全性を確かめるというのは限界があると思います。大事なことは安全性情報が現場の医師にすぐに公開されることだと思います。いつでも誰でも迅速に共有できるようにしておくことが安全性をかなり高めることになるんじゃないのかな、と。話が先生の持論に近づいてきましたね」

村重
「市販後の副作用データベースを公開して、リスクとベネフィットのバランスを誰にでも見えるようにするということですね」

成松
「そうです」

村重
「同じものでも患者さんのシチュエーションによって、違う対応があり得る。シチュエーションによってリスクとベネフィットのバランスがちょっとずつ変わってきて、使うかどうかもちょっとずつ変わってくるので、その判断材料となるデータベースを皆で共有しようと」

成松
「その大切さを実感します」

村重
「シチュエーションの違いという意味では、血液製剤は通常は疾病があって出血が止まらないとか理由があって使うわけですけれど、例えば良性腫瘍の摘出手術のように割と健常人に近い場合や、本人には疾病のない移植ドナーさんの場合もありますよね。ワクチンとかもそうなんですが、健常人に使う場合は、同じものでも病気の人に使う以上にリスクとベネフィットを慎重に。やっぱり何か起きてはならないという、リスクの少ないことが要求されますよね」

成松
「その通りですね。リスクとベネフィットのバランスをどこに取るかはシチュエーションによって違いますし、絶対的に正しい判断というものもないと思うんです。その中で、よりよい答えをみつけるためには、情報を公開・共有して、関係者の間で丁寧に議論を積み重ねることにつきると思います」

(この記事は、ロハス・メディカルweb http://lohasmedical.jp に4月2日付で掲載されたものを一部改編したものです)

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