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Vol.058 SARS-CoV-2ワクチンの日本人における追加臨床試験の必要性について

医療ガバナンス学会 (2021年3月24日 06:00)


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元厚生労働省職員
津田重城

2021年3月24日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

ファイザー=ビオンテック社製のワクチン接種が、日本においても2月17日から始まり、今、日本人の最大の関心事は、契約で確保しているとされる同社製又は他社製のワクチンのうち、どの程度の量が、いつ実際に日本に供給され、接種に回されて来るかにある。

しかし、特に米英を初めとする諸外国において「緊急使用許可」のような通常のワクチンと異なる形で使用されているワクチンに関する日本人における追加臨床試験(第Ⅰ相/ 第Ⅱ相試験)の必要性について、科学点な観点から議論することは重要であろうし、少なくとも、日本語ではあまり議論されていないと考え、小文を著し、読者の参考に供したい。
1.コミナティ筋注(ファイザー株式会社)の審議結果報告書1(2021年2月12日医薬・生活衛生局医薬品審査管理課)から

同報告書中の特例承認に係る報告書(2021年2月8日PMDA名)別紙 特例承認に係る報告 (1) (2021年1月29日) 7. 臨床的有効性及び臨床的安全性に関する資料並びに機構における審査の概略中、7.2 海外第I/ II/ III相試験(CTD 5.3.5.1.1:C4591001試験、実施期間(略)第II/ III相パート、2020年7月~継続中(データカットオフ日 2020年11月14日)7.2.2 第II/ III相パート には、「本剤の有効性及び安全性の検討を目的とした無作為化観察者盲検プラセボ対照並行群間比較試験が海外6カ国(米国、ドイツ、トルコ、ブラジル、アルゼンチン及び南アフリカ)」で行われた旨が記載されている。

次いで、7R 機構における審査の概略, 7R 2.2 COVID-19に対する有効性について の(1)海外臨床試験成績について中に、表18(p32)治験薬2回目接種後 7日以降のCOVID-19発症に対するワクチンの有効性・部分集団解析が掲載されている。ここでは、部分集団解析の名のとおり、人種別の本剤群、プラセボ群それぞれの、解析対象例数・COVID-19 確定例数等の数字が出されており、人種別の解析対象例数及びVE(ワクチン効果)は、以下のとおりである。

本剤群(例) プラセボ群(例) VE(%)
全症例数       18,198     18,325      95.0
白人         15,091     15,283      95.2
黒人又はアフリカ系   1,594              1,585     100
アメリカ人
その他*        1,513      1,457      89.3
アジア系               815                 809                74.6

*:アメリカインディアン、アラスカ出身者、アジア人、ネイティブハワイアン、その他の太平洋諸島人、多民族、又は人種の報告なしとされている(なお、本試験はその約98%の例数が、米国、アルゼンチン及びブラジルで行われている)。
実施国の欄もあり、アメリカが約77%で圧倒的に多く、人種別でも白人が約83%と、これも大部分を占めている。アジア人は4.5%であった。

これらの評価については、p33において「人種別の「その他」及び国別の「ブラジル」で、他の集団よりVEが低かった」とあるが、「以上の部分集団解析の結果、他の集団よりもVEが低い集団が一部認められたが、本試験におけるCOVID-19確定例が少なく、臨床的に意味のある差ではないと考えた」とある。因みに、COVID-19確定例は、白人の本剤群7, プラセボ群146に対し、その他ではそれぞれ1と9、アジア系では1と4であった。

一方、p35の(3)日本人における有効性について において、国内C4591005試験(第I/ II相)では、症例数からも、有効性ではなく免疫原性を検討している。解析対象例数(全評価免疫原性集団)は、本剤群119例、プラセボ群41例の計160例である。本試験においては海外試験計352例と同様、GMT(幾何平均抗体価)及びGMFR(幾何平均上昇倍率)が測定され、日本人試験においては、両項目とも海外試験と同程度以上の値であった。日本人における有効性については、「COVID-19発症予防効果と中和抗体価の関係について現時点では完全には確立していない。しかしながら、日本人試験と海外試験で同様のSARS-CoV-2血清中和抗体価の上昇が見られていること、複数の国、人種、民族が組み入れられた海外試験において有効性が示されたことを踏まえると、日本人においても海外試験と同様の本剤の有効性は期待できると考える」とされている。

安全性についても勿論検討されている。海外試験及び日本人試験の双方において、注射部位疼痛、疲労、頭痛、悪寒、発熱、関節痛などが見られたが、日本人試験は例数がプラセボ群を併せても160例と少ないこともあり、これらの好発の症状以外は認められなかった。海外においては、臨床試験や使用許可後又は製造販売後に顔面麻痺、リンパ節症、ショック、アナフィラキシーが見られ、これらについては、添付文書で注意喚起を行うこととされている。
なお、海外及び日本においても、使用許可後又は製造販売後に、特にアナフィラキシーを含む重篤なアレルギー反応が問題になっているが、ここで取り上げた160例の臨床試験では、10万回接種に1例程度の頻度で起こるような反応が検出される確率は、明らかに非常に低い。
2.日本人における臨床試験の経緯

審議結果報告書によると、海外での臨床試験は2020年4月から開始され、国内試験は同年10月から開始された。日本においては、2020年9月2日にPMDAワクチン等審査部名で、「新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)ワクチンの評価に関する考え方」(以下、「考え方」という。)が出され、その3. 国内臨床試験における評価 の冒頭において(p5)、「SARS-CoV-2については、COVID-19の流行の程度が国・地域によって異なること、ウイルス株が地理的・時間的条件によって異なっていく可能性があること、また、COVID-19が重症化する患者の割合が国・地域によって大きく異なり、その背景については様々な検討がなされていることを踏まえると、SARS-CoV-2ワクチンのベネフィット・リスクの判断については、各国・地域の状況によって異なる可能性がある。
その他、民族的要因の差がSARS-CoV-2ワクチンの有効性及び安全性に影響することも考えられる。そのため、海外で発症予防効果を評価するための大規模な検証的臨床試験が実施される場合においても、国内で臨床試験を実施し、日本人被験者において、ワクチンの有効性及び安全性を検討することは、必要性が高いと考える。」と述べており、ファイザー製のみならず、アストラゼネカ製、モデルナ製、ノババックス製などすべての製品の開発において、国内での第I/ II相試験が行われ、申請中ないし試験中である。

なお、2021年2月8日の朝日新聞でデジタル版では、同日の衆院予算委の質疑の模様が報じられ、「ワクチン接種が欧米諸国より日本がなぜ遅いのかについて、首相は理由として(1)感染者数が欧米より1桁以上少なく、治験での発症者数が集まらず、治験の結果が出るまでかなりの時間を要する(2)人種差が想定され、欧米の治験データのみで判断するのではなく、日本人を対象にした一定の治験を行う必要がある――を挙げた。」とされている。
3.日本で要件とされている国内臨床試験の必要性に関する若干の考察

筆者は昨年9月にPMDAから出された「考え方」について、当初は以下の理由から概ね妥当ではないかと考えた。
1)昨年9月の時点では、日本では2020年春にピークを迎えた第1波と同年夏にピークがあった第2波しか経験されておらず、人口当たりの感染者の数は欧米と比べて数十分の一と大幅に少なかった。
2)開発の先頭グループを進んでいたファイザー製・モデルナ製の両ワクチンとも、今まで世界で殆ど使用経験のないm-RNA(メッセンジャーRNA)を使用したいわゆる新しいmodalityによるものであった。

しかしながら、日本においてもそれまでの一日当たりの最大感染者数(検査陽性者数)1,595人(2020年8月7日)2から、第3波においては約5倍の最大7,844人(2021年1月8日)の感染者を見たのであり、医療崩壊が起こっていると言われたのは記憶に新しい。また、有効性に関しては米国で治験が行われている限り、コミナティ筋注のように相当数のアジア人におけるデータが期待できるのではないか。NEJMに2020年12月に発表されたモデルナ社製のワクチンの第III相試験結果3においても、治験参加者数(本剤群・プラセボ群)の大部分は白人(30,351人中24,024人(79.2%))であるが、アジア人も1,382人(4.6%)、黒人が3,090人(10.2%)参加しており、VEは白人が93.2%、その他の人口集団(communities of color)が97.5%と報告されている(アジア人におけるVEは報告されていない)。Discussionにおいては、「・・・民族的・人種的マイノリティー・・の参加者が比較的少なく、これらのグループにおける有効性評価を制限している。現在進行中の試験の長期間のデータから、より慎重な評価ができるかも知れない」としている。しかしながら、米国では2月27日にFDAにより緊急使用許可が出されたジョンソン・エンド・ジョンソン(ヤンセン)のワクチン4を含め、人種に関係なく接種が行われている。

また、先述のとおり、安全性に関してもアナフィラキシーのような発生頻度が極めて低い反応の検出は、数百例の試験では無理であり、仮に発生したとしても頻度について確実なことは言えない。

また、前述の「考え方」には、国内臨床試験が必要な理由として、流行の程度、ウイルス株の違い、重症化率の違いやその背景、民族的要因の差が上げれているが、流行の程度については前述のとおり、それが低いから慎重に進めるべきとの理由以外思い当たらないし、それも含めて他についても、プラセボ群を含めて160例の試験で何が分かり得るかについては、レギュラトリーサイエンスの立場からしっかりとした科学的議論が必要と考える。2.で紹介した首相の答弁についても、(1)は免疫原性試験を行ったこととはずれているし, (2)についても、特に例数から判断すると、十分な科学的な理由とはなり得ないと考える。
4.国内外での本問題に関する情報

知る限り、日本国内で科学的観点から、本問題について議論されたものは見つけていない。外国の新聞では2~3取り上げられているので、その概要を紹介したい。
1)2021年1月27日 Financial Times, “Japan insists on domestic clinical trials before vaccine rollout”5(日本はワクチン供給の前に、国内での治験の行う必要性を主張する)
同紙の記事では、日本の方針を「議論を引き起こすもの(contentious)」と表現し、日本の当局の慎重さを述べているが、日本人研究者の話として「200例を対象とした試験では、日本人が他の人々と異なるかを検出するのにはパワーが足りない」という言葉を紹介している。ただ同様の試験は、民族・人種差を理由として韓国でも行われているとされ、日本での国内試験の必要性が、当該ワクチンの供給がタイトな世界での状況において、供給を不透明にしているとしている。

2)2021年1月7日 Reuters, “Exclusive: As Olympics loom, Japanese approval of Moderna’s COVID-19 vaccine unlikely till May”6(独自:オリンピックが近づくが、日本におけるモデルナのCOVID-19ワクチンは5月まで承認されない見込み)
本記事では、日本のローカル臨床試験が大きな隘路となり承認申請が遅れる一方、他の国々は大規模な接種を進めるため、審査手続を迅速化していると報じている。

3)テレビでみかけた日本の臨床家のワクチン審査に関する考えの一面
2月だったと記憶しているが、良くテレビ番組(いわゆるワイドショー)に出演している臨床家が、日本の国内臨床試験やワクチン接種の遅れに関して対照的とも言えるコメントをしていたので、紹介したい。
一つは他にもある程度聞かれた意見ではあるが、日本での接種が多少遅れても、欧米等における接種状況から有効性や安全性の状況を見られるのでそれ程、悲観視する必要はないというものと、もう一つは筆者が紹介したように、米国でかなりのアジア系の人々を対象に試験が行われているのだから、日本でそれ程厳格な試験を行う必要もないのではないかと、遠慮勝ちに語っていたものである。なお、前者のような感想を持ち続けていると、世界に伍して日本においても新興感染症のワクチンを開発・確保していこうという発想は出にくい。
5.おわりに

筆者が本小文で言いたかったことは、冒頭の部分に書いた。厚労省やPMDAでは、殆どの職員が忙しく懸命に働いていることには異論の余地はない。しかしながら、日本では過去の薬害の経験や、全般的に慎重な国民性なので、当局の方針もやむを得ないとの、いわゆる日本特殊論的な議論には科学的には賛成できない。アンチワクチン運動は米欧の方が盛んであるし、薬害の経験や最近の慎重な国民性という議論はあり得るだろうが、これらについては、2021年2月12日に厚労省の薬事・食品衛生審議会医薬品第二部会で行われた議論の議事録7にあるように、行政が中心となり、真摯にそしてオープンに国民に説明するのが重要で、今のところは大きな問題は起きていない。しかし、そこの議論で指摘されているような課題は勿論ある。

SARS-CoV-2ワクチンに関しては、日本で開発が遅れたことから、自給自足体制の確立を求める議論やそのための予算措置がとられているが、これらは短絡的であり、予算措置によりハードウエア等は整備され、現在の欧米等の技術を導入し、それらに追いつくことは可能でも、今後ある頻度で起きることが予測されている新規感染症に対するワクチン開発においては、日本の実力を適切に判断し、欧米等の企業などと提携を緊密にして対処していくべきと考える。

現今の政府の政策が従来の政策の枠を出ないと、様々な場面で言われているが、ワクチンの開発や確保策も、大きな発想の転換がないと難しいと考えられる。これらのためにも、2021年3月5日に朝日新聞で報じられたが、黒川 清政策研究大学院大学名誉教授が指摘するように、政府から独立した検証が必要であると強く考える。

[引用]
1.672212000_30300AMX00231_A100_2.pdf (審議結果報告書, PMDA website 医療用医薬品添付文書等検索 から)
2.東洋経済ONLINE 新型コロナウイルス 国内感染の状況
(Last access, ’21.3.22)https://toyokeizai.net/sp/visual/tko/covid19/
3.https://www.nejm.org/doi/10.1056/NEJMoa2035389
(Last access, ’21.3.22)
4.ジョンソン・エンド・ジョンソン本社発表(’21.2.27付け)
https://www.jnj.com/johnson-johnson-covid-19-vaccine-authorized-by-u-s-fda-for-emergency-usefirst-single-shot-vaccine-in-fight-against-global-pandemic
(Last access, ’21.3.22)
5.https://www.ft.com/content/18b4460c-0059-4571-888c-041dfa4adb9f
(Last access, ’21.3.19)
6.https://www.reuters.com/article/health-coronavirus-japan-moderna-idINKBN29C1GQ
(Last access, ’21.3.22)
7.https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_16949.html
(Last access, ’21.3.22)

2021年3月22日

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