医療ガバナンス学会 (2010年7月2日 07:00)
【適応外薬に対する根深い問題】
そもそも、未承認薬・適応外薬の問題は古くから存在し、抗がん剤領域での適応外薬がかなりたまってきた結果、社会的にも問題になってきたため、平成16年(2004年)に厚生労働省内に、「抗がん剤併用療法委員会」が設置され、19の抗がん剤が公知申請によって承認された。
(抗がん剤併用療法に関する報告書についてhttp://www.mhlw.go.jp/shingi/2004/05/s0521-5.html)
この「抗がん剤併用療法委員会」の成果から、今後このような会が継続的に行われ、がん治療の進歩に対応して、タイムリーに抗がん剤が承認されるようなしくみになることが希望されたが、「抗がん剤併用療法委員会」はこの年の1回のみで消滅してしまった。以後、適応外薬に対する施策は何ら講じることがなかったので、2004年の「抗がん剤併用療法委員会」から6年を経て、相当数のドラッグラグが生じるという結果になった。
今回の「未承認薬・適応外薬検討会議」の内容は、適応外薬を企業に新たに治験をさせるか、「公知申請」にさせるかの選択肢しか考えていないため、「抗がん剤併用療法委員会」と本質は変わらない。今後ドラッグラグが生じないようにするための根本的解決策を講じるようにしないといつまで経ってもドラッグラグは解決しない。
【薬事承認と保険と切り分けるべし】
適応外薬問題を根本的に解決するには、薬事承認と保険適応とを切り分けることが必要である。薬事承認と保険適応を一緒にしているのは、世界でも日本のみである。これが適応外薬のドラッグラグの根本原因になっている。
「二課長通知」による「公知申請」で行う承認申請方法(※MRIC vol 35、臨時 vol 344参照)は、治験をせずとも公知なエビデンスがあれば承認を認める、というしくみであるが、企業が申請し(申請料1000万円と聞く)、PMDA(医薬品総合機構)の審査・厚生労働省の承認が必要であることになっており、手続きが複雑な上に時間がかかる(結局半年~数年承認までかかる)ので、最新のエビデンスを、タイムリーに医療現場・患者にもたらすようなシステムではないため限界があると言える。
http://medg.jp/mt/2010/02/vol-3570300.html
http://medg.jp/mt/2009/11/-vol-344.html
根本的解決には、簡単に言うと、一定のエビデンスがある薬剤を、薬事承認なしに、保険局が認め、保険適応にするしくみの構築が必要である。
【海外での適応外使用の実際】
海外では薬事承認と保険適応は別にしており、一度FDA(米国食品医薬品局)、EMEA(欧州医薬品審査庁)で承認された薬剤の適応外使用での保険適応は、世界各国では形すら違いはあれ、医学の進歩に合わせて、新しいエビデンスが出た時点で順次保険適応となるしくみが確立されている。
例えば、卵巣がんに対するパクリタキセルという抗がん剤は3週に1回の投与方法として、承認・保険適応になっている治療方法である。3週に1度の投与方法と週1度(毎週)の投与方法とを比較した臨床試験(治験ではなく医師主導の臨床試験)を日本の多施設共同試験として行い、週1度の投与方法が生存率を向上させた結果を発表した(Lancet 2009; 374: 1331-38)。
パクリタキセル週1度投与方法は、世界のどこの国でも薬事承認はされていないが、この日本の臨床試験の結果をもって、ほとんどの国で保険償還可能となっている現状にある。
先日、国際シンポジウムのために来日した英国ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン腫瘍内科教授のジョナサン・レダーマン氏と話す機会があったが、英国では、「NICE(英国立医療技術評価機構)では承認していないが、臨床試験での使用は正式に認めているし、各医療機関での使用は、Lancetの論文があるから、と言うと保険適応になる」とのことであった。
こういったしくみは、ドイツ、韓国、台湾、中国でも同様で、週1度のパクリタキセルは保険対応可能ということである。米国は、もう少し制度が整備されている。法律(Social Security Act Title XVIII Sec 1861 (t))で、適応外使用については、世界的に認知されている学術雑誌(主要23誌)に掲載された治験以外の臨床試験成績にもとづいて、保険での薬剤費償還の判断がなされる、との規定がされており、前回のMRIC vol.87にも書いたように、コンペンディアという薬剤一覧集に掲載があるものは、保険償還されるしくみになっている。
http://medg.jp/mt/2010/03/vol-87.html
【日本の保険医療の現状】
日本の現場はどうかというと、実際には、前述の卵巣がんに対する週1度のパクリタキセルは、日常の医療現場ではかなり広く使用されている現状がある。
医療レセプトは月1度の提出であり、毎週投与のパクリタキセルと3週1度のパクリタキセルとはあまり区別ができないから、見つからずに処方できていることが多いが、週1度のパクリタキセルの方が投与量が多くなるので、時々査定されることがある。
また、保険適応外の薬剤を処方してはいけないという保険医療養担当規則 (健康保険法に基づく保険医療養担当規則第19条 昭和32年4月30日 厚生省令第15号)が臨床現場を抑えているため、保険査定された場合には、科学的エビデンスがあるから、ということは聞いてくれないないし、下手をすると院長に呼び出されてお叱りを受けることになる。そればかりか、地方厚生局による指導監査というのが、数年に1度の頻度であり、ここで保険適応通りに医療が行なわれているか厳重にチェックされ、保険適応外で行なわれた治療に対しては、過剰請求として返還を要請され、下手をすると不正請求をしたとみなされ、保険医療機関・保険医取り消し処分ともなる。
このように、日本の医療現場では「科学的エビデンス」よりも、「保険適応」が優先される現状にある。
【55年通知に基づいた適応外薬ドラッグラグの解消を】
いわゆる「55年通知」(※MRIC vol 35参照)は、薬事承認された以外の適用でも医師の判断で、保険適応を認めてよいという内容であり、この保険医療養担当規則に反する矛盾した通知であるが、ここに適応外ドラッグラグ解決のポイントがある。
あまり一般には知られていないが、社会保険支払基金が55年通知を利用した「審査情報提供事例」として、一部の薬剤の適応外使用を認める、との紹介をしている。
http://www.ssk.or.jp/sinsa/yakuzai/index.html
この中には、抗がん剤も数種類含まれている。このような事例を各種保険支払基金全般に行い周知させることにより、適応外薬ドラッグラグ問題は解決できる。提供事例の決定には、各種診療ガイドラインを考慮するようにすればよいし、また、各学会、また個人レベルでの要望にも答えるようなしくみにしてほしい。
厚生労働省や文部科学省の科学研究費が認めている臨床試験にも対応するようなしくみが必要である。厚生局による監査も、「保険適応」だけを重視するのではなく、「科学的エビデンスに基づいた治療」が行われているか、を監査・指導する内容にした方がよい。
【問われる医師の自律性 ~55年通知の向こう側にあるもの~】
55年通知は、当時の医師会長武見太郎氏が当時の厚生大臣だった橋本龍太郎氏に申し入れて作った通知だと言われている。
我々医師側も自分たちの権利ばかり主張するのではなく、自律性をもったプロフェッショナル集団になることが必要と思う。保険適応になったからと言って、やみくもに使うという使い方は一般常識的に考えてもおかしい。一般的に薬剤の保険適応は病名につけるものであり、患者の細かい状況までは規定されていない。
個々の患者の病気の進行度、これまでの治療状況、全身状態や合併症など、各々に対する科学的エビデンスをチェックしながら、副作用などのリスクとベネフィットを厳密に考慮し、最後に患者の希望も考慮しつつ、薬剤処方を考えていくのがプロの医師の仕事である。
しかし、まだまだ日本では、科学的エビデンスに基づいた医療が広く浸透しているといった状況ではない。学会も専門医制度ももっとレベルを上げるよう努力が必要である。我々医師側も、国民の信頼が得られるようなプロの集団になることにより、よりよい医療が実現するものと思う。