医療ガバナンス学会 (2010年7月3日 07:00)
【悪い冗談?接種を受ける側不在のACIP論議】
米国のACIP(Advisory Committee on Immunization Practices)のような組織の創設を求める声が相次いでいる。私たち「細菌性髄膜炎から子どもたちを守る会」も日本版ACIPの創設を求めている。
そのような要望を受け、16日には「予防接種に関する評価・検討組織」についてヒヤリングが行われているが、参考人として招かれたのは専門家と専門学会、産業界からだけであり、接種を受ける側からは招かれていなかった。
ACIPでは、接種を受ける側から最低一人はVoting Memberに選ばれている。
Observerには希望するものなら誰もがなることができ、意見を述べることができる。
専門家や接種をする側、メーカーや政府の立場に加えて、接種を受ける側が議論や意思決定に参加していることが、ACIPの肝心要の仕組みである。
そのACIPを論じるにあたり、接種を受ける側の意見は必要なものではないだろうか。
予防接種制度の抜本的改正、すなわちワクチン後進国から脱却し世界標準に追いつくためには、ワクチンの導入やシステムの整備、法改正だけではなく、国民的合意形成が不可欠だ。
ACIPはその合意形成を恒常的に図る大きな仕掛けのひとつであり、そのACIPを論じるのに接種を受ける側の声を聞かないというのは、片手落ちであろう。
同日は情報提供のあり方のについて接種を受ける側から参考人が招かれているが、ACIPについては接種を受ける側の声を聞いていないことと併せてみると、「接種を受ける側」はあくまでも「情報の受け手」としか位置づけられていないように感じられる。
言い換えれば、接種を受ける側は予防接種行政のあり方を論じる当事者とは認識されていないということである。
国家的施策として予防接種を活用するに当たり、国民的合意形成は必須である。
そのためには、接種を受ける側も加わって予防接種制度のあり方について議論を重ねなければならない。
現在の予防接種部会の委員には、接種を受ける側の代表が不在である。
部会の委員による議論に接種を受ける側の声が反映されにくい構造になっているのだから、なおさらヒヤリングでは接種を受ける側の声を聞く必要があるのではないか。
【国民的合意形成に不可欠な最後のパーツ】
細菌性髄膜炎から子どもたちを守るワクチンの定期接種化を求める世論が高まり、同疾病やワクチンについての認知も国民の間に急速に広まっている。
しばし、私たち守る会の活動がその原動力であるというお褒めの言葉を戴くことがあるが、非常に光栄であると同時に、それはちょっと違うかなとも感じている。
何故、細菌性髄膜炎とそれを防ぐワクチンの定期接種化にこれだけ理解が広がったのか。
私は、我が国の予防接種行政において欠けていた「接種を受ける側」という最後のピースが埋まったからだと考えている。
細菌性髄膜炎関連ワクチンについては、私たち守る会が活動を始める以前より、小児科医や感染症医、専門家等を中心に十分なエビデンスと議論の積み重ねがあり、定期接種化を求める要望が出されていた。
そこに、細菌性髄膜炎に罹患した当事者・家族、そしてその支援者等が「接種を受ける側」としての声を上げたことで、最後のパーツが埋まったのだ。
そして、接種を受ける側を加えた各種のステークホルダーが、「細菌性髄膜炎はワクチンで予防すべし。そのために定期接種化すべし」との合意を形成したからこそ、現状の世論と理解に繋がったのだろう。
裏を返せば、専門家等の議論やエビデンスの提示だけでは国民的合意形成には至らない、接種を受ける側が予防接種行政を考える当事者として声を挙げ議論に参加することで、初めて国民的合意形成に至るともいえよう。
【議論に接種を受ける側の視点を】
我が国の予防接種行政の歴史を振返ると、そこには真摯に議論しエビデンスを提示し続けてきた専門家等の姿があり、しかしながら国民的合意には至らずにワクチン・ギャップを拡大してきた現実がある。
ワクチン・ギャップを拡大し続けてきた過去に欠けていた最後のパーツ、それが「接種を受ける側」ではないのだろうか。
今、予防接種部会ではワクチン・ギャップを解消すべく議論を重ねている。
過去と決別できるのか、それとも繰り返しとなるのか。
是非、最後のパーツである「接種を受ける側」を交え議論いただきたい。