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Vol.069 新型コロナ感染症の感染状況を微生物学の培養工学における連続培養法との類似性から分析する(1/2)

医療ガバナンス学会 (2021年4月12日 06:00)


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この原稿は長文のため2回に分けて配信いたします。以下よりオリジナル原稿を全文お読みいただけます。
http://expres.umin.jp/mric/mric_2021_069070pdf

東京理科大学基礎工学部名誉教授
山登一郎

2021年4月12日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

はじめに
日本で新型コロナ感染症が流行し始めてから一年以上経った。この間政府自治体行政の感染症対策はほとんど稚拙と言わざるを得なかった。どれも対症療法的な対策だったと感じる。それは、多分感染状況を把握するための理論的枠組みを持たなかったからではなかろうか。私は大学で微生物学を講義していた。その中の培養工学における連続培養法が、感染流行の様子ととても類似していることに気づいた。そこで連続培養法の理論的枠組みを利用して感染状況を記述することができると考え、下記提案をさせて頂いた。この連続培養モデルに従った解析により、新型コロナ感染症の感染状況を明確に描写できるようになったと喜んでいる。そのお陰で、感染状況の把握と理解を深め、科学的合理的な感染症対策を実施するための道しるべになることを祈っている。
I.コロナ感染症の感染状況と連続培養法の類似性

I-1.連続培養法

微生物の培養にはバッチ培養法と連続培養法がある。
培養器に培地を入れ、そのまま微生物を一定温度で培養するのがバッチ培養である。少ない菌数からゆっくり増殖を始め、そのうちある倍加(世代)時間で2倍ずつ増殖する対数増殖期に至り、栄養が乏しくなって増殖がゆっくりになってそのうち停止する定常期―死滅期で終わる。対数増殖期では指数関数的に増殖する。

連続培養では、培養している培養器に一定速度で新しい培地を注入して希釈しつつ、同じ速度で培養器から培地を抜き取る。微生物は培地とともに少しずつ抜き取られながら、でも残りは新培地で薄められて栄養補給されるので増殖を継続でき、あるうまい条件を探すと、微生物の増殖状態を一定濃度に保って培養することができる。低速で希釈する場合は、バッチ培養に近くなり、対数増殖後期から定常期のような生育状態の微生物を採取できる。高速で希釈すると、増殖開始頃から対数増殖前期のようなかなり薄い生育状態一定の微生物を連続的に採取できる。このような状態を定常状態と呼ぶ。その状態からはずれた条件では、培地中の微生物の増殖状態は一定ではなく、その時の注入速度に対応した定常状態まで移行していく。

I-2.連続培養モデルのコロナ感染症への適用

コロナ感染症では、非感染者つまり人を新鮮培地とみなす。ウィルスがヒトに感染して増殖するのだが、その感染者を微生物とみなして、感染拡大を感染者の増殖と捉える。
検査も隔離もしなければ、バッチ培養そのままである。感染源から感染拡大していき、指数関数的に拡大、そのうち全員が感染者になってしまい、集団免疫に至る。
一方検査&隔離する場合、連続培養に類似している。コロナ感染症では、検査でその地域から感染者を取り除きつつ、でも検査で陰性の人や感染からの治癒回復者をその地域に戻している。この状況はすなわち、人口(=培地)一定で、連続的に感染者(=微生物)を分取しつつ、非感染者(=新鮮培地)を同じだけ注入している連続培養そのものである。
もちろん一度感染すると免疫を獲得して再感染しないため、その数だけ人口から除外されていくはずである。しかし、感染がかなり抑えられている日本のように、その数がごく僅かで無視できると考えられる場合、連続培養の状況に近似できると思われる。
検査が効率よく行われ、感染陽性者がすぐ隔離されるなら、社会の中に感染者がとどまる時間は減り、地域から取り除かれることになる。速い希釈速度なら低い感染者濃度まで縮小、逆に希釈速度が遅ければ、つまり検査&隔離が遅々として進まない場合、当然感染者濃度は高止まりで定常状態を維持することになろう。

 

II.連続培養モデルにおける定式化

II-1.連続培養モデルによる定常状態

変数の紹介:感染者数d、経過時間t、感染拡大の倍加時間λ、希釈率D、治癒・感染無効化がα日で進むとする。希釈率は全感染者数のうちの隔離感染者数と定義できる。また総人口T、陽性率γ、日々の民間自費検査数A、行政・保険適用検査数Bとする。
・まず陽性率が分かれば、γxT= d。
・感染拡大はd(t) = d(0)x2^(t/λ)で記述できる。だからΔd/Δt = dxln2/λ。
・治癒・感染無効化がα日なので、日に平均1/αずつ等速度で減るとする。だからΔd/Δt = – dx1/α。(実際は人により環境により異なり、バラツキがあるが、単純化する。)
・希釈率Dで希釈つまり検査&隔離されて減っていくので、Δd/Δt = – dxD。
定常状態なので、増えも減りもしない状態になって、Δd/Δt = 0。だから、D = ln2/λ-1/αとなる。微生物の連続培養や無症者のみの検査&隔離で希釈する場合は、Dは全対象人数に対する日々の検査総件数の割合にも等しいはずで、D = (A + B)/Tである。ところが有症者がいて行政検査などで効率よく検査&隔離される場合、この条件は適用できない。
そして日々新たに生まれる新規感染者数はdx(D + 1/α)、そのうち有症者2割は行政・保険適用で陽性特定され、残りの無症者8割は民間自費検査を受けて陽性判明して行政検査で陽性確定するとする。(もちろん実際は入り交じっているが、定式化のため単純化する。)すると dxD = 0.2xdxln2/λ + dxD’となる。前者が行政・保険適用検査分担分、後者が民間自費検査での隔離分になる。D’は民間自費検査で陽性判明して隔離される部分の希釈率。
つまり、行政・保険適用検査由来の希釈率は0.2xln2/λ、民間自費検査由来の希釈率D’は D’ = 0.8xln2/λ – 1/αと分解できる。そして定義よりD’ = A/Tで、そこから定常状態維持に必要な検査数Aが算出できる。また γxA = dxD’が成立するはずで、定常状態かどうか検証できる。
II-2.コロナ感染症への適用

まず見通しを得やすくするために、感染者はすべて無症者と仮定する。(実際は 有症の感染者が2割はいるはずで、彼らは多分優先的に行政・保険適用検査を受けて感染陽性確定されて隔離される。今はその優先検査・隔離分を考慮せずに考察する。)
D = ln2/λ-1/α から始める。
倍加時間10日 (λ)、無効化時間20日 (α)とすると、希釈率は0.02 (D)。新規検査陽性者数(=隔離数)の50倍が感染者数合計になる。例えば現状の東京都で300人 (dxD)の新規陽性者が定常的に日々確定されているので、都の全感染者数は15000人 (d)と推定できる。
当然陽性率が分かれば、すぐ全感染者数が求まるのだが、モニタリング検査や民間自費検査の検査数や陽性率情報も乏しく、また政府自治体の公表新規感染者数情報中では“見えない化”されたままなのである。
II-3.簡単な例(東京)

東京で無症感染者のみとした例をまず挙げる。ただ、東京の市中陽性率は分からないので、とりあえず0.001と仮定しておく。第三波の3月20日頃の定常状態での日々新規感染者数は300人と報告されている。
1)民間自費検査の陽性率から推定感染者総数が出る。東京都の人口1500万人、陽性率0.1%なら15000人と計算される。
2)定常状態の日々の新規感染者数が300人なので、希釈率Dは300/15000 = 0.02。無症者のみとすれば、その検査数は30万件行われていると計算される。
3)αは感染無効化にかかる日数として20日とおく。
4)定常状態に達していれば、逆算して式からλは10日と算出される。
定常状態でない場合、推定しかできない。日々の民間自費検査の陽性率から感染者総数を推定し、その増加速度から見かけの倍加時間δを見積もり、δ=ln2/λ-1/αからλを算出できる。多分実効再生産数からもこのδは 算出できるだろうし、またもし人流データと倍加時間の相関が得られているなら、人流データからも推定できるだろう。そしてそこから算出されるλが例えば7日なら、
5)その程度の人流の都において、その程度の人々の接触状態が生まれ、結果としてその程度の感染拡大スピードλになってしまったと考えられる。そのλで定常状態に保つために必要な希釈率Dは 式から算出できる。4)で挙げたように、λが7日ならD = 0.05程度だろう。つまり15000 x 0.05 = 750人が定常状態レベルの日々の新規感染者数のはずで、無症者だけとした場合に必要な検査数は75万件にもなってしまう。もし検査数を増やせなければ、残念ながらその後感染拡大が続いていってしまうだろう。
6)さて実際には、現コロナ感染症では有症感染者が約2割いる。現検査体制では、民間自費検査には無症者が多く受診するだろう。有症感染者は公的な行政・保険適用検査を受診する。だからきっと有症者は効率よく捕捉できると考えられる。一方民間自費検査での感染陽性者捕捉は効率が悪いと考えられる。現行ルールでは、民間自費検査での陽性判明者は、行政・保険適用検査を受診して陽性確定されることになっている。ここでは簡単のために有症者はすべて行政・保険適用検査を受けるとする。

定常状態レベル300人の場合を例示する。式Dは分解できて、D = 0.2xln2/λ + D’となり、D’は民間自費検査の方の希釈率と捉えられる。日々新たに生まれる新規感染者数はdxln2/λで 日に1050人と算出される。そのうち2割の210人が行政・保険適用検査を受診して隔離される。新規感染者数300人のうちの残り90人は民間自費検査の方で陽性判明した分と算出できる。つまりD’は0.006 (= 90/15000)である。この程度を分担する民間自費検査件数は9万件となり、無症者だけとした場合の30万件は必要ないことになる。
(1050-300=750人は日々新たに生まれる新規感染者のうち無症状で残留し、市中感染源になる。ただし、以前 から市中に残留していた感染者の中から、その分の数の感染者が1/αとして治癒・感染無効化されているはずで、そのおかげで全体として定常状態になっている。)
ただ、この民間自費検査の検査数も未だに 公表新規感染者数情報中で“見えない化”されたままなのである。

II-4.簡単な例(広島)

広島でモニタリング検査を行い、3200人検査件数で3人陽性だったとの報道があった(未確認)。すると陽性率が計算でき、いい具体例になる。陽性率0.001と概算する。
1)広島市の人口120万人を考える。陽性率から感染者数が1200人と推定できる。
2)広島県(市)の公表新規感染者数は定常状態で10人未満のようだ。すると希釈率D = 10/1200 = 0.01となる。
3)αは20日とおく。
4)λは希釈率から逆算して11.7日。
5)この希釈率Dを分解してみる。新たに生まれる日々新規感染者数は計算上1200 x 0.06 = 72人。そのうち2割が有症者で行政・保険適用検査を受けているはずで、14人が毎日隔離されていることになる。14人と10人は大体同じと考えた。これが行政・保険適用の公的検査で陽性確定されたのだろう。 つまり民間自費検査寄与分はほとんど無いことになる。
6)広島市の場合は、単純に政府自治体の検査だけで定常状態に持っていくために十分な状況なのだろう。それでもこの有症者の裏には、残り8割の無症者が日々生まれ、それが感染源になって全体の感染者総数を形成していることが分かる。その意味で、やはり民間自費検査による無症者の検査&隔離は感染縮小にとって重要不可欠な対策と考えられる。ただ、陽性率0.001で現新規無症感染者60人の十分の一の6人を見つけるためにも、検査数は 6000件以上必要なはずである。一方大都市圏の首都圏や大阪では、民間自費検査の寄与が万のオーダーだと推定でき、定常状態維持や縮小に重要な役割を果たしていると思われる。

さて、無症者の民間自費検査分の希釈率が0.8 x 0.06 – 1/20 < 0で負となる。だから14 > 10の違いも意味を持ち、多分定常状態10人は実は定常状態ではないことになろう。もちろんこれらの違いは、陽性率や希釈率概算の際の丸め誤差に起因するのかもしれない。しかし重要な意味があるのかもしれない。つまり、広島県(市)民の努力のお陰でここまでλを長くし、感染拡大速度を落としていたと捉えられる。きっと何も騒がなくても、感染縮小段階に入っていてこのまま漸減し、感染終息すると予想できる。または、実際に10人未満の検査陽性者しか特定できていないということは、有症者をすら効率的に行政検査で見つけられていないことを示しているのかもしれない。もちろん県(市)民の緩みでλが短くなれば、無料PCR検査を充実させることは大変有効だろう。

(つづく)

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