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Vol.079 コロナ禍で進む“いのちの選別”(1/2)

医療ガバナンス学会 (2021年4月28日 06:00)


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介護福祉士・ライター
白崎 朝子

2021年4月28日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

■杉並区長のトリアージ発言の波紋

新型コロナウィルス(以下、コロナ)の感染拡大によって、高齢者施設でクラスターが多発している。今年の3月8日時点での発生数は1111件。医療機関の943件よりも多く、1月4日からの3週間は253件に急増(朝日新聞、3月16日「介護職員につのる 心の負担」)。また施設内で重症化した利用者に対し「延命措置を希望しなければ、受け入れ先はある」と救急隊員から言われ、家族が延命措置を断念する事態がある(注1)。
全国の介護現場の仲間から「いまのままでは自殺者がでます!」「いつ燃え尽きてもおかしくない」という叫びが届き、息を飲むような報告を聴いていた1月末。公立福生病院事件を考える連絡会(以下、福生の会)のKさんから杉並区長が「トリアージ(治療優先度の順位付け)のガイドラインをつくるべき」という要請を都知事にしたと知らされた。
福生の会が1月26日に出した抗議文を読んだ私は、「私や介護現場の利用者がトリアージされる!」と感じた。私もまたコロナに感染すれば重症化する慢性疾患の治療中だからだ。私は抗議活動への参加を決意した。
以下、区長発言の問題点がよく分かるので、福生の会の抗議文を引用する。

【注1】大阪市立総合医療センター糖尿病内分泌センター糖尿病内科部長の細井雅之氏は「『赤信号』大阪 現場で起こっていること(2020年12月8日・医事新報)」で以下のように報告している。
コロナによる死者は70代以上が9割。府は死者増加の背景には、相次ぐクラスターがあると分析。府は10月10日~11月29日の死者88人を分析。感染経路は施設等が54%で最多。88人のうち17人は重症病床で死亡(71人は重症と判断されず死亡)。
急に症状が悪化する高齢者や人工呼吸器に耐える体力がなく、重症病床に移らないまま死亡する高齢者も多く、救命すべきと判断された人だけが急性期病院の重症ベッドに入院できるという。それでも昨年11月29日時点で重症病床運用数137床、重症患者数114人、重症病床運用率83・2%。
細井氏は「“コロナトリアージ”により重症と扱わないケースもあり“医療崩壊”が起こっていると言わざるをえない」と訴えている。

田中 良 杉並区長殿

公立福生病院事件を考える連絡会

「高齢である・基礎疾患がある・障害がある」を理由にした「いのちの選別」推進に抗議します!

私たち「公立福生病院事件を考える連絡会」は、東京都下の公立福生病院で起きた透析患者に対する治療中止事件を通し「医療は患者を救うことが基本であり、いのちの選別・切り捨ては容認できない」と活動している団体と個人のネットワークです。
2021年1月11日の『文春オンライン』に「『小池都知事は責任を果たせ!』命の選別が迫る医療現場…杉並区長が“無策すぎる都政”を告発」との記事が掲載されました。
記事は「生還できた人と、できなかった人の差は何なのか。国や都は早急に情報を公開して国民的・都民的な議論を行い、トリアージ(治療優先度の順位付け)のガイドラインをつくるべきだ。命の選別という重責を医療現場だけに押しつけられない」と、田中区長が、1月8日、小池百合子東京都知事に要望書を送付したと報じています。
田中区長は、インタビューに「例えばの話ですが、年齢を五歳刻みなどで、生還率や死亡率を示します。人工呼吸器などを装着して外せるまでの日数も重要なデータではないでしょうか。基礎疾患との関係もあります。これらデータや症例を、一般に分かりやすく公開するのです。…そうすると 、人工呼吸器などを付けても延命にしかならないようなケースが見えてくるかもしれません。…これらをたたき台にして、都民の皆で考える材料にします。そうしたうえで、学会や有識者に相談しながらガイドライン化していくのです」と答え、高齢者や基礎疾患や障害のある人を切り捨てる基準を作れと求めているのです。
医療が逼迫し、多くのコロナ感染患者が入院できない状態であること、自宅療養中の方が急変して死亡、通常の救急患者の受け入れが出来ない等のニュースに私たちも不安と恐れを感じています。しかし、今、行政のやるべき仕事が「いのちの選別・切り捨てのガイドライン」作成でしょうか?
行政の責任者は、いのちの選別が起こらないようにこそ、努める責任があります。この記事では、医療体制の連携・拡充の具体策も、感染拡大を防ぐ検査等の対策も、まったく語られていません。
現場で苦闘している医師や看護師等、医療者の方々に対しても、水を浴びせるようなものです。(中略)そもそも「医療崩壊が起きる」というのは、病床数や公衆衛生施策を削減してきた医療政策そのものに問題があるのではないでしょうか。
コロナ患者を受け入れている民間病院と区外の都立病院や大学病院等が連携して感染対策に取り組める体制を作って下さい。保健所の人員拡充や職場環境の整備に今以上に力を注いでください。自宅療養を強いられている患者への訪問診療を充実させてください。(中略)リスクの高い高齢者施設や障害者施設等では定期的なPCR検査を行い、クラスターが発生しないように務めるべきです。
田中杉並区長には、上述のような努力を要請するとともに、以下のことを求めます。

(1)いのちの選別を推進する姿勢を改め、そうした趣旨のこれまでの発言を撤回してください。

(2)1月8日に都知事あてに提出した申し入れ書を公開してください。いのちの選別につながる内容を撤回する意思を、都知事に伝えてください。
■“いのちの選別”への抗議

昨年4月、福生の会は10団体共同で「新型コロナウィルス感染拡大でいのちの選別・切り捨てを行わないで!」という要請書を厚労大臣宛に送った。当時、生命・倫理研究会有志で出された「感染爆発時の人工呼吸器の配分プロセス」(一人ひとりの患者に最善をつくす医療から、できるだけ多くの生命を助ける医療への転換を)、「集中治療を譲る意思カード」への署名の呼びかけといった動きに危機感を覚えたからだ。
患者に最善を尽くせないのは「経済性、効率性」を優先し救急・集中医療の病床数や公衆衛生の拠点である保健所を極端に削減する医療行政に起因する。年齢、持病、障害の有無で線引きする判断基準が「価値なきいのちの切り捨て」となる懸念があった。
医療従事者に“いのちの選別”を強いる事態を起こさせないために、必要な人的・物的医療資源の整備を求めた。

「区長、いのちの選別をするなー!!」
2月9日、杉並区議会に10人近い障害当事者と支援者が傍聴にきていた。区長がトリアージガイドラインに言及した瞬間、鮮烈な抗議の声が上がり警備員に制止された。
区長の都への要請に、全国規模でネットワークをつくる障害者と支援者の団体等が発言の撤回を求めた。1月29日には障害者の運動団体『骨格提言』の完全実現を求める大フォーラム実行委員会(以下、大フォーラム)が、抗議申し入れをした。
ALSさくら会の川口有美子さんも、区議会議員や報道関係者に働きかけ、中央社会保障推進協議会も関係団体に周知。区内の団体、てんぐるまや、障害者福祉を考える杉並フォーラム(障害当事者・家族・支援者の団体)も動き、3月5日時点で10団体と5人から抗議や要請があった。
10日には日本共産党の山田耕平議員が代表質問。16日には立憲民主党のひわき岳議員が一般質問し、ともにトリアージガイドラインと、障害者団体の抗議等についての釈明を求めた。だが区長は、「緊急時だから仕方ない」「医療者に辛い判断を強いる事態を避けたい」という弁明に終始し、障害者団体の抗議に答えず、都への要望も撤回しないと明言した。その発言に、「障害者を殺すのかー!」「ナチスだー!」などの怒号が響いた。過去10年、傍聴者からこれほど強い抗議があったのは初めてだという。
大フォーラムのTさんは、「トリアージという主張があることは知っていたが、公然と自治体の長から出されるとは信じられない。絶対に許してはならないと思います。僕は何度も抗議の声を上げ、録音記録にも残ってます。広く伝わり抗議の声を上げてほしい。区長は『いのちの選別』から『情報開示』へとごまかそうとしています。でも区長が主張したのは『トリアージ』です。撤回させるまで頑張りたいです」と決意を語った。
昨年、市民がPCR検査の拡充を求める署名を手渡しても、区長は無視とも言える対応に終始し、今度は自らの言葉が人を死に追い込む可能性や、トリアージの恐怖を訴える存在にも向き合わなかった。
精神医療ユーザーのOさんは「コロナに対し、人類はみな無知である。無知は差別の温床であり、暴力の温床だ。しかし、無知だからといって、“いのちの選別”という暴力をふるっていい訳ではない。医療従事者は限界かもしれない。医療崩壊は起こるかもしれない。だが、そのような現場であってさえ、医療従事者が行うのは“治療”であって“いのちの選別”ではない」とのコメントをくれた。

つづく

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*初出:『科学的社会主義 2021年5月号』を改稿

【参考文献】

『死の自己決定権のゆくえ―尊厳死・「無益な治療」論・臓器移植』
児玉真美著 大月書店

『アシュリー事件―メディカル・コントロールと新・優生思想の時代』
児玉真美著 生活書院

『「いのちが軽くなる」ということ―生命操作と「死」の選択をめぐって― 講演 安藤泰至さん(鳥取大学医学部保健学科准教授)』
臓器移植法を問い直す市民ネットワーク

白崎朝子(しらさき・あさこ)
1962年生まれ。介護福祉士・ライター
学生時代から市民運動に関り、東洋医学も学ぶ。反原発運動、女性労働、旧優生保護法強制不妊手術裁判支援などの緒活動をしながら、執筆・講演等を続ける。昨年から今年、沖縄や釜ヶ崎などのクラスターが出た介護・医療現場に、カンパを集め、N95マスク等を送る活動に従事。   2009年、平和・協同基金賞の荒井なみ子賞受賞。

【著書】
『介護労働を生きる』現代書館
『ベーシックインカムとジェンダー(編著書)』
『Passion―ケア という「しごと」』現代書館
現代書館 他。

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