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Vol.080 コロナ禍で進む“いのちの選別”(2/2)

医療ガバナンス学会 (2021年4月29日 15:00)


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介護福祉士・ライター
白崎 朝子

2021年4月28日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

■周縁化され、選別される女性たち

私はALS(筋萎縮性側索硬化症)の女性たちが男性に比べ、人工呼吸器をつけない選択を余儀なくされていることを知っていたが、2月9日にDPI女性障害者ネットワーク(以後、女性ネット)のメンバーが要望を読み上げるのを聴き、コロナ禍で女性がより厳しい状況になったことを痛感した。
女性ネットは、障害女性の自立促進と優生保護法の撤廃を目指して障害当事者の女性が中心となって1986年に発足。障害女性のネットワークづくりと情報交換を行うとともに、最近では障害者差別解消法、改正障害者基本法、男女共同参画基本計画、女性差別撤廃委員会への提言等など、障害女性に影響を与える法律や制度、施策のあり方をめぐる国内外の様々な課題に取り組む。
障害者であることに加え女性であるために被る複合的な困難を可視化しようと、全国の仲間に呼びかけ事例を収集するとともに施策の検証を行い、2012年に「障害のある女性の生活の困難―複合差別実態調査報告書」を発行した。女性ネットの要請は以下である。

田中区長のトリアージガイドライン化に言及した発言が事実であれば、私たちの不安と生きづらさを増幅させる虞を感じます。
新型コロナウイルスの感染拡大が進行するなかで、ともすれば周辺化されやすい障害がある人、なかでも、脆弱な立場に置かれている障害のある女性たちの生活と権利が守られる社会を強く望む立場から、優生思想を内包するいのちの選別の考えを改めるとともに、これまでの発言と東京都知事への要請を撤回することを求めます。
救命診療を含む医療において、障害、性別、または年齢に基づいて人々を除外または優先順位を下げる医療はあってはならず、すべての人々が差別なく検査と治療にアクセスできるようにすること。そのうえで、行政が医師の判断に介入することなく、医師が患者本人やその家族の意思を最大限尊重して治療を行えるよう、医療の環境整備に力をそそぐことが行政の責任であると考えます。
今後、新型コロナウイルスへの対応やそこからの復興に関わる政策討議の場には、必ず複合差別の視点を持った障害女性をはじめとする当事者を入れることも併せて要請しています。
ALSの女性は男性に比べ人工呼吸器をつける割合が低いと言われています。性差別を背景にした男女の役割分業が『家族のケアを担うのは女性』としてきたために、女性は、自らケアを受ける立場になることに否定的であることが一因と思われます。また、在宅療養を支える介助体制の不足や家族に頼れないためです。
昨年明るみになった京都のALS嘱託殺人事件で自らの殺害を依頼したALS女性は、人手不足により身辺介助を男性に頼らざるを得ない苦痛を生前訴えており、死を選ぶ一因になったのではと言われています。
しかし、このような背景がもたらす障害女性の選択も、複合差別が周知されない社会では『本人の意思』とされてしまう虞があります。トリアージを行政の首長が発言することは、医療体制を拡充すべき行政の責任を回避するとともに、ケアを受け生きている人々の生の声を抑圧することにもつながるのではないでしょうか。

女性ネットも言及している周縁化は高齢女性や介護職の女性をも直撃している。今年1月11~17日、全国で3317件(前年比の2倍以上・総務省調べ)の搬送拒否があり、自宅や介護施設での療養を余儀なくされた高齢者が急増した(注2)。
高齢者入所施設の利用者のうち7~8割は女性。したがって搬送拒否で死亡する多くは女性だと推察できる。クラスターで苦しんだ特養の施設長によれば、延命を希望すると入院できない例は昨春からあったという。そして介護職員もまた、7~8割が女性だ(注3)。
コロナによる面会謝絶や緊張等で認知症や体調が悪化し、例年より亡くなる高齢者が多いという。人間的交流を大切にする職員にとって、利用者の死はダメージが大きい。
また沖縄、埼玉、釜ヶ崎、首都圏などの高齢者施設のクラスターで、N95マスクもなく働く職員の状況がある。サージカルマスクのみで陽性者の心肺蘇生や身体介護をしていた例もあり、その凄まじさを「野戦病院のようだった」と表現した支援者もいた。
N95マスクがなければ感染拡大を防ぐことはできないが、医療法人が運営する高齢者施設でも、N95マスクは医療機関が優先され、高齢者施設には支給されなかったため、職員の感染率が高かった事例もあった。クラスターが多いのは、介護職員の怠慢ではけしてない。
「介護は女がやるもの」という根深いジェンダー規範に起因する社会的ネグレクト……。それは政治的な「殺戮」を生む。かつてない野戦病院のような状況で、利用者の死を目撃せざるを得ない女性職員。現場の声を聴こうとしない社会的状況が、職員の疲弊と沈黙を生み、うつ病やPTSD、自殺が例年より増加している(前述の朝日新聞)。

【注2】山口道宏「『トリアージ』という名の『生命の選択』は正義か」星槎ジャーナル(2021年2月17日)より引用。山口氏は「『生命の選択もやむをえない』を意味するそれは優生思想と通底している。(中略)
「ハンセン病」「旧優生保護法」「安楽死」など、ひとの生命倫理に関わる論争では、医療が国策のもと殺人の実行犯になった歴史が甦る」、「『トリアージ』とは『コロナ』を利用した姥捨てか」と訴え、以下の印象的事例を紹介している。
――「都内の特養の施設長は深いため息を吐くと、『とても気の毒でした。持病もあった方でしたが最後まで入院先が見つからなくて。施設内に留まるしかなくて。体調をくずした3日後にお亡くなりになりました。無念だったでしょう。もの静かな80代の男性でした」

【注3】女性職員が妊娠や育児との両立ができず離職が増加し、高齢者施設に男性職員が目立つようになっている。正規や管理職は男性、非正規は女性が増え、コロナ禍でホームレスになった女性介護職もいると聞く。
「女性利用者にとって男性職員からオムツ交換されるのは、まるでレイプ。だから認知症が進んでしまう」という声もある。高齢女性は「魂の殺人」である性暴力にも晒されている。
■ かけがえのない存在であっても……

結晶のような記憶……。私には、そんな忘れ難い利用者がいる。
1998年に出逢った新垣さん(仮名)は、植物状態で生きていた。「なにかあったら延命しないで」と家族に伝えていたが、家族の強い希望で延命措置をし一命を取りとめた。私が出逢ったときには、在宅生活になり数年たっていた。経管栄養と導尿の状態で話すこともできず、いつも瞼を閉じていた。けれど私は、小さなアパートに住む新垣さん夫婦と猫の花ちゃんが大好きだった。
ある日、妻の百合さん(仮名)が新垣さんの友人だというクラシック歌手のCDを流した。すると彼は穏やかな笑みを浮かべ、からだが柔らかくなった。「お友だちの歌、素敵ですね~この歌声、好きですよ~」と話しかけながら清拭すると、さらに表情は和らいだ。そんな新垣さんの微笑みを見たくて、私は訪問するたびCDを流してと百合さんにお願いし、百合さんは笑顔で応えてくれた。
また猫の花ちゃんは気性が荒く、猫が苦手なヘルパーがくると引っ掻いたり威嚇したりしていたが、私が無類の猫好きなためか、「白崎さんのときは、花がご機嫌よ~」と言われた。百合さんと親しくなると、花ちゃんはベッド下から出てきて、私の足に身体をすりつけたり、私が清拭する様子を、高いところから眺めていた。
その後、私は様々な事情があり退職を余儀なくされ、新垣さんに会えなくなった。経済的に苦しい新垣さん夫婦にとって、介護保険は負担だと職員たちは心配していた。だが介護保険開始の半月前、新垣さんは急逝。私に新垣さんの訃報を知らせてくれた元同僚は、「新垣さんは、経済状況をわかっていたのかな…」と感慨深く言った。それから一年もせず、百合さんも亡くなった。
午後の柔かな日差しのなか、友人の歌声に微笑んでいた新垣さん。その記憶は私の人生の賜だ。新垣さんの魂に触れたような、かけがえのない時間だった。だが、コロナ禍では、真っ先に彼のようないのちが選別されるのだろう。
私にとって、どんなにかけがえのない存在であったとしても……。
■追記

精神科病院の感染状況を独自に集計した有我譲慶さん(認定 NPO法人大阪精神医療人権センター理事・看護師)の調査によれば、コロナ禍で精神科入院者はかつてない危機にさらされているという。
2021年2月16日時点で、総合病院・大学病院の病床を除く精神科病院の73ヶ所で院内感染があった。陽性患者2842人、陽性職員802人で合計3644人(
死亡した患者は47人)。
報道されないことも多く、国内感染率の4倍、死亡率は4倍(10月末は2倍)。100~200人のクラスターとなった病院ほど転院や死亡事例などの詳細を明らかにしない傾向がある。
職員のみの感染は73病院よりもはるかに多い。また73病院のうち88%がクラスターで、40人以上のクラスターは47%。100人超が10(そのうち3病院は200超)。約7割が感染した病院も2ヶ所あり、職員の40~60人が感染した。
医療法の「精神科特例」で医師は一般科の3分の1、看護師は4分の3、薬剤師は15分の7でよいという人員基準。1年以上の長期入院者が約6割、5年以上の超長期入院者は3割以上。クラスターは急性期の病棟では少なく、有資格看護師の比率が低い精神療養病棟や、認知症治療病棟で多発している。
職員は感染症対策のトレーニングも不充分。防護具や酸素の配管等も足りない。クラスターの多くは職員から始まり人手は逼迫。人員、感染症対策、防護具類の提供、速やかな転院体制の支援、そして厚労省が推奨する職員の定期検査が有効という。
日本の精神科病院は世界でも類をみない劣悪さだが、「パンデミックが日本の精神医療の根本的な課題を浮き彫りにした。治安と医療経済優先の収容主義から抜け出し、病床削減、退院促進とともに、医療人員も地域医療に出て行くべき。そして尊厳を軸とした地域精神保健に転換すべきではないか」と有我さんは提起している。
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*初出:『科学的社会主義 2021年5月号』を改稿
【参考文献】

『死の自己決定権のゆくえ―尊厳死・「無益な治療」論・臓器移植』
児玉真美著 大月書店

『アシュリー事件―メディカル・コントロールと新・優生思想の時代』
児玉真美著 生活書院

『「いのちが軽くなる」ということ―生命操作と「死」の選択をめぐって― 講演 安藤泰至さん(鳥取大学医学部保健学科准教授)』
臓器移植法を問い直す市民ネットワーク

白崎朝子(しらさき・あさこ)
1962年生まれ。介護福祉士・ライター
学生時代から市民運動に関り、東洋医学も学ぶ。反原発運動、女性労働、旧優生保護法強制不妊手術裁判支援などの緒活動をしながら、執筆・講演等を続ける。昨年から今年、沖縄や釜ヶ崎などのクラスターが出た介護・医療現場に、カンパを集め、N95マスク等を送る活動に従事。   2009年、平和・協同基金賞の荒井なみ子賞受賞。

【著書】
『介護労働を生きる』現代書館
『ベーシックインカムとジェンダー(編著書)』
『Passion―ケア という「しごと」』現代書館
現代書館 他。

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