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Vol.082 コロナ禍の影で進行していること(2)~医学部地域枠での度を越した締め付けと専門医制度との関係~

医療ガバナンス学会 (2021年5月4日 06:00)


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つくば市 坂根Mクリニック
坂根みち子

2021年5月4日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

日本専門医機構と厚労省が、専門医制度と医学部入試の地域枠を利用して、若手医師の供給システムを作っている。
かわいそうなのは当事者達である。
女子学生や多浪生差別のあった医学部受験を乗り越え難関の医学部に晴れて入学した頃は、まさか卒後の専門医制度が、こんなこと(コロナ禍の影で進行していること(1)参照)になるとは思っていなかっただろう。完全な後出しジャンケンである。
ところが医学部地域枠生はさらにすごいことになっている。この新たな医師供給システムに地方自治体が加わって、若手医師の人生を6年から12年に渡りコントロールしているのだ。

(1)地域枠の扱いが変わった

実は、2019年以前に入学した人たちの時代は、多くの地域枠では、卒後決められた医療機関で9年前後働かなければならないことについてはそれほどしっかりとした説明もなく入学させていた。当時の入試の募集要項には、地域枠を続ける意志がなくなったら奨学金を一括返還する、としか書かれていなかったところが多かった。そして、入学後大学側も地域で働くモチベーションを高めるための仕掛けもせずに放置したために、奨学金を返して地域枠から離脱する学生もそれなりにいて、それは仕方のないことだと受け止められていた。
ところが、各地から医師不足の大合唱が起こり、地域枠生の定員が増えてくるに従い、地域枠生に対する締め付けが非常に厳しくなった。特にこの数年、地域枠からの離脱を申し出ようものなら、パワハラ、アカハラ、マタハラ、の3ハラが待っている。筆者も時々深刻な相談を受ける。だが、元はと言えば、全て医師不足に起因する行政と大学側の後出し新ルールが原因である。

(2)専門医制度が地域枠に介入してきた!

だが、医道審議会医師分科会医師専門研修部会では全く別の見方をしている。この部会は、厚労省に設置されたもので、専門医研修の名が付いているが、専門医制度でよい医者はどう作るかということではなくて、 新専門医制度が地域医療に与える影響(つまり、いかに満遍なく医師を供給するか)を検討することを基本的なミッションとしている。https://www.mhlw.go.jp/content/000658075.pdf
要は、各自治体からの要望を国の意見として専門医機構に反映されるために作られた部会なのである。従って、そのメンバー12名中4名は知事や市町村長なのだ。https://www.mhlw.go.jp/content/10803000/000649717.pdf
その会議で、ある首長は地域枠からの離脱について次のようなことを言っている(一部抜粋)。https://www.mhlw.go.jp/content/000658075.pdf
「地域枠で入学するときには、相当な説明を受けているはずです。
その地域枠の人たちが、自分たちが地域枠で入ったということを理解できないはずがない。後から金を払えばいいだろうというのは、これはとんでもない話で、私立大学にお金を払って入るよりもはるかに安いですから、これは詐欺同然の行為。皆さん、優しい意見がいっぱい出ていますけれども、我々地方の現場からすればとんでもない。専門医機構で、離脱した約束違反 のような人たちの専門医研修を認めないというのは当たり前の話。ですから、これは厚労省の方で初期研修をやらせないとか、極端な話、そのぐらいのことをやらないと」

なかなか過激なご意見だが、表立って反対する人はいない。
その後厚労省から出てきた案には、今後、都道府県の同意を得ずに専門研修を開始した者については、原則、日本専門医機構の専門医の認定を行わないこととしてはどうか。認定する場合も、都道府県の了承を得ることを必須としてはどうかと提案し、概ね了承された、とある。(令和2年10月9日医療政策研修会)https://www.mhlw.go.jp/content/10800000/000683719.pdf
なんと、声の大きい人の意見が通ってしまったのだ。
さらに同会議では、北海道の地域枠の女性が結婚に伴って鹿児島に行くことになり、専門医になれなくてもいいから離脱して、鹿児島の皮膚科の医局に入れてもらい問題なく対応できたと答えている事例が出てくる。結婚して離脱するなら、この先専門医にはなれないらしい(!)。法的根拠もなくこのようなことをして許されるのか。そして、それが問題だとは考えない人たちのようである。恐ろしい事態である。

(3)地域枠の運用の杜撰さと後出しジャンケン

国は医師不足を受けて、2008年度以降、医学部の定員は地域枠を増やすことで増員してきた。その結果、医学部定員に占める地域枠の割合は2007年度183人(2.4%)から2020年には1679人(18.2%)にまで増えている。
https://www.mhlw.go.jp/content/10800000/000683719.pdf
だが、地域枠の運用は近年まで極めてずさんであった。各大学は、入学総数を増やせるようになった程度にしか考えていなかったところも多く、厚労省が地域枠の実態を調べたところ、2008〜2018年度の11年間で、定員の1割を超える800人余が埋まらず、その分、一般枠の学生が増えていたという。入試の段階では一般枠と区別せずに選抜し、入学後に地域枠の希望者を募る「手挙げ方式」を行なっていたところも多数あった(2018年10月末の報道より)。
2018年11月28日の厚労省医師受給分科会議事録では、当時の西田医学教育課長(文部科学省)が 「今回、30年度の地域枠の充足状況を厚生労働省と共に、県、大学に確認をさせていただいて、このような形でまとめさせていただきました。 前回も申し上げましたが、これまで私どもはフォローアップをちゃんとやっておりませんでした。そこは私どもが至らなかった部分だと思っております」と増やした地域枠についてどのように運用されているか確認していなかったことを認め謝罪している。https://www.mhlw.go.jp/content/000464939.pdf   (P30)
このような経緯でゆるく入学した人たちが、後出しジャンケンで厳しい締め付けにあい、「道義的責任」を盾に離脱を拒まれている。地域枠の離脱者は、2010年の12%からここ3年ほどは1%まで低下した。(地域枠離脱について 医療従事者の需給に関する検討会資料6スライド3 https://www.mhlw.go.jp/content/10800000/000665193.pdf  )厚労省や各自治体は、地域枠の定着率の良さを、地域枠を増やすべき理由としてあげ自画自賛しているが、実態は褒められたものではない。離脱した研修医を雇用した医療機関の補助金を減額するなどの罰則規定を導入したこと。大学や自治体が相応の理由があっても離脱を認めなくなったこと(これには奨学金を一括返還したにも関わらず離脱が認められない事例も含む)。このような流れにより、離脱を申し出ることで受ける進級や卒業、就職に関する不利益やハラスメントを勘案して当事者が諦めてしまったことによる離脱率の低下である。従前より卒後の従事要件のある防衛医大や産業医大、自治医大でさえ、「離脱する権利」は認められている。2016年の国会答弁によると、防衛医大で9年間の義務年限を達成せずに離脱した率は39.4%にも達しているというのに、1700名程度まで増やした地域枠生の離脱率が1%というのは異常である。当然その裏にある人権侵害を疑わなくてはいけない。

(4)もはや地域枠からの正式離脱は不可能?

筆者は、若者の未来を専門医制度や地域枠でしばりつけることの弊害をなんども述べてきた。医学部地域枠は医療の未来を潰す ~医学部地域枠の選択は勧めません~2020年9月14日MRIC  http://medg.jp/mt/?p=9847 では、地域枠生が受けているパワハラ、マタハラ、アカハラの違法性について具体的に書いた。この文章の配信後、個別に相談に乗っていた事例で突如として正式離脱が認められたものがあった。担当者も流石にまずいと思ったのであろう。
厚労省もようやく重い腰を上げ、正式離脱の要件を明示するように指導し始めた。2020年8月31日の医療従事者の需給に関する検討会の資料によると、離脱の理由として、1.家族の介護 2.体調不良 3.結婚 4.他の都道府県での就労希望 5.指定された診療科以外の診療科への変更 6.留年 7.国家試験不合格 8.退学 9.死亡 10.国家試験不合格後に医師になることをあきらめる場合を挙げた。だがその対処法として義務年限に猶予期間を設定する等の従事要件の変更をし、再契約する等で対応するよう促しており、実質ほぼ離脱を許さない方針にお墨付きを与えている。https://www.mhlw.go.jp/content/10800000/000665193.pdf スライド8
実際、とある地方自治体では、死亡、退学、医師国家試験不合格以外、地域枠の離脱理由としてはほぼ認めないとしており、一人の離脱も許さないと受け取れる厳しいルールを作成している。しかも今までの後出しジャンケンによるルールの適応状況から考えて、今から受験する学生に適応するだけでなく、現在の地域枠生や研修医にも適応させてしまう可能性が高い。これは違法である。法的に裁判まで持っていけば間違いなく地域枠生側が勝つだろう。だが、それでは時間がかかりすぎる。失うものも大きいため踏み切れないでいる。そこを理解して、裁判に訴えなくとも法律に則った対応をしていただきたいのだ。彼らは地域に縛り付けなくとも貴重な医療の担い手である。

(5)女性医師の受ける不利益

特に女性は新専門医制度と地域枠運用の厳格化の影響を受けやすい。妊娠・出産は女性特有のものであるし、前出のように結婚して他地域に移動する場合は、今でも圧倒的に女性の方が男性の都合に合わせることが多い。今後は運良く地域枠離脱が認められても、生涯専門医になれないか、認められずに単身残留ワンオペ妊娠・育児に勤しむか、もしくは今まで以上に結婚したり子供を持ったりすることができなくなるのであろう。これは専門医制度についても同様のことが言える。
これが、難関を乗り越えて医学部に入学してきた若者たちに待っている運命かと思うと、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。筆者はカリキュラム制の時代でも専門医を取得するのに16年もかかった。妊娠・出産;子育てをしながら、研修病院と指定されている病院で勤務することが難しかったためである。仲間の女性医師たちも、結婚して子供を持つ場合はキャリアを諦めるか、独身で仕事に邁進するか、の二者択一を選択せざるを得なかった人達も多い。カリキュラム制でさえ、制度に不備が多くサポート体制は極めて不十分だったのだ。次世代には、このような思いはさせなくないのである。一開業医に過ぎない筆者がこの問題に声を上げ続けるのは、その一点に尽きる。

(6)医師不足のツケは若者に?

人は忙しすぎると内省する時間がない。今、この制度に関わっている方々、医師として長時間労働に耐え貢献してきた方々は、もう一歩進んで、ご自分の家庭を振り返ってみてほしい。家事や育児はパートナー(多くは妻)という存在がなかったらそれができたかどうか、ご自分のパートナーは幸せな家庭生活を過ごしてきたと言えるかどうかを。医師たちにもそれぞれの人生があり、そこに想いを馳せる事がなく、将棋の駒のように若手医師を動かして良いわけがない。各団体の代表が、地域の医師不足に肩入れするのはわからないでもないが、若者を育てるということに関してこれほど鈍感でいいのだろうか。
日本全国どこでも医師は足りない。どこで働こうが、次世代の人生を尊重しながら、出来るところでその能力を最大限発揮してくれればそれでいいではないか。
厚労省も同じである。忙しすぎると碌なことがない。厚生官僚は極めて多忙である。が、有能で事務処理能力は高くても2年程度で移動するので、長期的な視野に立って考えない。国家100年の計は出世には関係ないのだ。
今医療界は長年のシステム改修を怠ってきたツケに直面している。そのツケを若者の人生を搾取することで払ってはいけないはずだ。
厚労省と部会のメンバー、地方自治体、日本専門医機構には猛省を促したい。そして、各学会は、長期的視野に立って次世代を育てて欲しい。

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