医療ガバナンス学会 (2021年5月12日 06:00)
この原稿は幻冬舎ゴールドオンライン(2021年3月4日配信)からの転載です。
https://gentosha-go.com/articles/-/32224
ときわ会グループ
杉山 宗志
2021年5月12日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
筆者が働く『ときわグループ』は、もともと1つのクリニックからスタートしました。現在は3つの病院の他、約30の施設を運営しています。
うち1つは企業立の病院でしたが、企業側の「事業の選択と集中」により、5年ほど前に運営を引き受けることになりました。
引き継いでからしばらくは、病床の稼働率が上向かないなど、決してよいとは言えない経営状況が続きましたが、ある1人の事務スタッフが医療現場に入り込むようになってから、病院の状況が大きく変わったという意外な経緯を持っています。今回は、この病院が進めてきた、地域のニーズに応えるための取り組みを紹介します。
まず取り組んだのは地域連携の強化でした。もともとこの病院のある地域では、透析患者さんを引き受けられる療養型の施設が不足していました。この病院が地域で期待される役割はまさにこの部分だったのですが、周辺医療機関からの紹介がほとんど入っていなかったのです。先ほど紹介した事務スタッフは、この病院で大小様々な仕事をしていくなかで、「地域で孤立しているように感じた」と言います。
はじめ、周辺医療機関から紹介の連絡を受けるといった地域連携業務は、数人の医療事務スタッフが交代で回しているだけでした。当然、医療事務スタッフはレセプト作成や会計業務を優先するため、地域連携業務は片手間に対応する程度でした。
紹介元からすると、担当者が誰かわからない、連絡を入れても返事がない、どういった患者さんなら受けられるのかわからないといった状況でした。紹介がほとんど入らないのも当然と言えます。
誰かが中心となり地域連携業務を推し進めなければなりませんでしたが、例の事務スタッフも余力はなく、スタッフを募集することになりました。
●新スタッフを中心に「紹介を受け入れる体制」強化
求人を出すと運良く「まさに」と思えるような方からの応募がありました。県内出身、40歳手前の柔らかい佇まいの男性で、自然と何かを相談してみたくなるような方でした。例の事務スタッフは「面接の時点ですでに、正直に病院の状況を打ち明けて話し込んでしまった。同い年だったのも嬉しかった」と言います。
その男性は、ソーシャルワーカーとして地域内の他の病院で5年間ほど勤務した経験があるだけでなく、介護職としての現場経験を持ち、ケアマネージャーの資格も有する方でした。入職後には、周辺機関の地域連携担当者から「この病院に入ったのですね」と挨拶する連絡が入ることもありました。
このスタッフが中心となり、地域連携向けの広報誌作成や周辺医療機関への挨拶回り、紹介を受けるための多職種交えたカンファレンス開催など、紹介を受けるための体制が強化されていきました。そのなかで徐々に、周辺施設から客観的な話が入るようになりました。
●ハビリの導入開始で「紹介するうえでのネック」解消
入院機能を備えた慢性維持透析がこの地域で求められる役割だったということは先にも述べましたが、この病院ではリハビリを実施していませんでした。周辺施設としては、リハビリを行なっていないことが紹介するうえでのネックとなっていました。
例の事務スタッフはまず、グループのリハビリ部門のマネージャーに相談しました。この病院に入るまで仕事で接する機会が多く、気軽に話せる間柄でした。状況が共有され、まずは週2回、この病院に他施設のリハビリスタッフが応援に入ることからスタートしました。リハビリの立ち上げについては過去に話が上がっていたものの、病院単体での立ち上げは難しく、実現には至っていなかったようです。
応援に入ったのは20代の若手でした。他の施設で透析患者さんのリハビリを担った経験を活かし、何もないところから体制を整えました。どのようにリハビリを進めるのか、どのような効果があるかといったことを全体に向けプレゼンし、各部署と話を詰め、導入のフローや書類の細かい整備までをこなしたのです。
リハビリが実際に始まると、寝たきりだった患者さんが上体を起こせるようになる、歩行器なしで歩けるようになるといった効果も出始めました。「リハビリでこんなに変わるのか」と他のスタッフも驚いていたと言います。
このように、立ち上げは若手スタッフの活躍により進みましたが、次は継続性が課題となりました。もともとの所属施設から距離があるところ応援に行っていたため、負担が大きかったのです。自前でスタッフを採用するということになりました。
こちらも地域連携スタッフ同様、運良く進みました。新たに採用されたのは女性で、地域連携スタッフと同じように物腰柔らかく、例の事務スタッフが言うには「冗談の通じる」方でした。
もともと介護福祉士として働いていましたがリハビリに興味を抱き、理学療法士の資格を取り経験を積んでいた方でした。「整形の医師がいなくとも、急性期でなくとも、地域で求められているリハビリはこういったところにある、そこで活躍したい」との考えで入職を決めたようです。
透析患者さんのリハビリを行なった経験こそありませんでしたが、前述の若手スタッフは引き継ぎまでそつなくこなし、その後も問題なく進みました。透析患者さん含む入院患者さんのうち対象となる15名程度に漏れなくリハビリを実施することができており、外来透析患者さんのリハビリも開始していこうというところです。
●たった1年で経営改善、「地域ニーズに応える病院」へ
このようにして、地域連携の強化とリハビリの拡充が進みました。ここ1年ほどの出来事です。難色を示していた一部の医師についても変化がありました。経営状況的に後がないことを理解して、自らが動かなければ立ち行かなくなるという認識を持ち、単に「受け入れられない理由」を示すだけでなく「どうしたら受け入れることができるか」を考えるようになりました。
地域のニーズに応えられるようになってから、紹介が少しずつ入るようになってきています。入院病床の稼働率も1年前と比べると2倍ほどになり、経営状況も改善がみられます。まだまだ始まったばかりです。
これらのことから、最善の医療を提供するには、病院側、医療従事者側がやりたい診療をするのではなく、患者さんや周辺の医療機関のニーズを起点に考えることで取り組むべきことがわかります。今回紹介したものは、改善策としてはありきたりかもしれませんが、腰を据えてその場で汗をかく人がいなければ実行できませんでした。人を巻き込むことで取り組みが進んだ好事例だと思います。