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Vol. 235 混合診療をめぐる世論

医療ガバナンス学会 (2010年7月11日 07:00)


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混合診療裁判原告がん患者
清郷伸人
2010年7月11日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


混合診療の問題は永い間、医療界ではタブーとされてきました。混合診療を禁ずるという規制制度は明文化された法律もなく、それは行政当局の独断的解釈による医療現場への暗黙の威圧という形で運用されてきました。

時折、混合診療という保険制度違反行為により保険指定を取り消される医療機関が報道されますが、医療者からは患者のための行為だがうまく立ち回れなかった運の悪い病院と同情されていました。なぜなら医療者側はこの制度が規制当局の権力の源泉であり、日本医師会上層部も開業医の利益保障と考えていることを知っているからであり、したがってどんなに理不尽でも問題にすらされないことを知っているからであります。

ところが、最近、混合診療はもはやタブーとして隠しておけるような問題ではなくなってきました。それは混合診療を禁じられることによる第一級の被害者である患者が声を挙げたからであります。永い間、この問題の所在さえ隠されてきた国民だけでなく、直接の当事者である患者や医師も公然と発言するようになりました。とくにこの規制に不合理を感じ、患者を助けたいと多少の制度違反も覚悟の良心的な医療を考える医師の多さは驚くほどです。

ここに混合診療に関する世論調査が三つあります。一つは2008年に中立的な医療政策シンクタンクであるNPO法人日本医療政策機構が行ったもので、難病患者への混合診療に約8割の国民が賛成しているというものです。

http://www.healthpolicy-institute.org/handout/2009-12-14_34_275989.pdf

次に政府による規制制度改革を受けて、今年6月に医療オンラインメディアであるエムスリーが行ったもので、混合診療の全面解禁に医師は賛成44%、反対28%、不明28%、医師以外は賛成48%、反対27%、不明25%となっていて、(原則解禁ではなく全面解禁にもかかわらず)賛成が意外に高率としています。

http://mrkun.m3.com/mrq/community/message/view.htm?cmsgId=201006162246135199&msgId=201006162246135199&mrId=ADM0000000

最後が同じく6月に日経メディカルオンラインに載ったもので、高崎健康福祉大学の木村憲洋准教授が調査・執筆されたものです。混合診療の原則解禁には反対の木村准教授が患者の7割、医師の6割が混合診療は原則解禁すべきとなった調査結果について記述していることに重要な示唆があると筆者は考えているので、これについて述べます。

http://medical.nikkeibp.co.jp/inc/mem/pub/blog/kimura/201006/515630.html

筆者が重要な示唆と考えるのは、医師や患者が挙げている賛成の理由です。反対の理由は厚労省や医師会など規制利権側から耳にタコができるほど聞かされていますが、賛成の理由ははじめて眼にするものです。

医師が賛成する理由―
(1)混合診療の禁止が、先進的な医療を提供する上での大きなハードルになっている
(2)今の患者は医療の質を見抜く力を持っている。インフォームドコンセントを前提に、混合診療は原則解禁すべき
(3)現状でも混合診療は広く実施されており、その際に増加する患者負担分は医療機関側の”持ち出し”でカバーしている
(4)混合診療を原則解禁し、医師の技量に応じた”特別料金”を徴収できるようにすべき
(5)保険財政の安定化を考えると、保険給付範囲の縮小とのトレードオフで混合診療を解禁するのもやむを得ない

患者が賛成する理由―
(1)保険診療中に保険外診療を一部でも選択しようとすると全額自己負担になるという考え方自体が納得できない
(2)強制加入を義務付けられている保険にもかかわらず、先進的な医療を受ける上で大きなハードルが設けられているのはおかしい
(3)過去の薬害事件などを考えれば、医療の質については厚労省の”お墨付き”もあてにはならない。患者の自己責任の下、混合診療を認めればいい
(4)3割の自己負担がある以上、患者の経済力による医療格差は現在でも存在する
(5)保険財政の安定化を考えると、保険給付範囲の縮小とのトレードオフで混合診療を解禁するのもやむを得ない

このくだりを読んだとき、筆者は(2)(3)(5)に見られる医師の正直な現状認識や(1)の患者に良い医療を提供したいという良心や(4)の病院経営改善への熱意に納得しましたが、患者の意見には驚きました。(1)から(5)まで筆者が永年かかってたどり着いた現状認識と見識を多くの普通の患者さんが共有しているからです。それらはすべて真実の認識であり、合理的な真っ当な見識です。

(1)は社会常識からはあまりに不合理だという感覚で、突き詰めれば憲法に定める基本的人権も侵している疑いがあります。
(2)も保険料が税金と同じ強制徴収なのにいとも簡単に対価である受給権を奪い、希望する必要な治療を受けられなくするということで憲法の幸福権、生存権侵害の疑いがあります。
(3)は日進月歩の医療の特質を考えれば、一握りの行政集団がすべての医療について個々に事前に審査する現行システムが破綻しており、必要な患者に切実な医療をタイムリーに提供する障害になっていることを指しています。
(4)は混合診療反対論の根拠である平等性について、世界一高い日本の窓口負担分や国民皆保険の保険料すら支払えない世帯が膨大に上ることなどからすでに格差があり、平等は幻想に過ぎないことを指摘しています。
(5)は国民皆保険制度の財政基盤について医師も患者もバイアスのないリアルな認識を持っていることを示しています。

これに対し、混合診療に反対する理由は、医師も患者もほとんど同じで、
(1)公的保険の給付範囲が縮小され、国民皆保険制度がない崩し的に解体されていく懸念がある
(2)混合診療に注力する医療機関が増え、受けられる医療が経済力により大きく左右されることになりかねない
(3)質が担保されない医療が横行する恐れがあるというものです。

いずれも厚労省や医師会が前からいっていることで、筆者は今もこの程度の理由で、命のかかった治療を奪われたり、医療費全額自己負担という信じられない蛮行がまかり通っているのかと憤りを抑えきれません。

(1)については、考え方の転換が必要です。現在の危機的な国家財政と厳しい保険財政、一方で高齢化や医療の高度化などで急増する医療費を考慮すれば、保険適用範囲の見直しは不可避で、現在の保険適用を既得権化することは国民皆保険の崩壊につながります。

また(2)(3)については、木村准教授も経験から多くの医療機関が混合診療の自由診療部分に注力し、患者負担が増え、有効性の低い医療が広がるという懸念があり、混合診療に反対しています。

筆者も一部ではその恐れはあると思います。しかし、そこまで医師は性悪説であり、混合診療のベネフィットは低く、リスクのみ高いのでしょうか。
今でも歯科では混合診療は当たり前ですし、産科、外科などでも多く行われています。公認の混合診療である保険外併用療養費制度もあります。さらに眼を外国に向けると、米国を除く先進国は国民皆保険かそれに準ずるシステムですが、ほとんどの国で混合診療も認められていますし、未承認薬・適応外薬も薬事承認と保険適応を別にして進歩する新薬が早く患者に届くよう図っています。(一緒にしているのは日本のみだそうです)しかし、それだから悪質な医療が行われ、被害が広がったということは聞きません。

多くの医師や医師会が、混合診療解禁によって医療機関が金儲けに走り、悪質な医療を行うから混合診療に反対するという理屈が、筆者にはどうしても理解できません。
日本医師会は医療はおろか介護にも民間企業の参入に反対していますが、その理由は医療も介護も営利行為ではないからというものです。しかし、混合診療については自分たちは営利に走るから反対だといっているとしか筆者には思えません。もっとも国民からは医師会の営利至上体質はとっくに見抜かれていて、口を開けば医療費値上げしかいわず、レセプト電子化反対も医療費のゴマカシができなくなるからだと見透かされているのですが。

混合診療の解禁によるベネフィットは賛成派の理由に網羅されており、付け加えるとすれば今は隠され、捨てられている保険外の先端医療の臨床データが公開、蓄積され、検証されることで医療の進歩が図れることですが、一方で予想されるリスクはできるだけ防がなければなりません。そこで、混合診療を実施できる医療機関を倫理委員会のある一定レベル以上に限定し、実施規定や違反規定を厳格に設けることは必要だと考えます。
(2010/07/06)

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