医療ガバナンス学会 (2021年6月17日 06:00)
秋田大学医学部医学科6年
宮地貴士
2021年6月17日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
これは私にとって初めての原著論文だった。右も左もわからない状態でいかに掲載までこぎつけたのか。研究のプロセスを紹介しながら、その成因を分析したい。
このプロジェクトは秋田県トラック協会、全国保険協会秋田支部(協会けんぽ)、秋田大学公衆衛生学講座の3者でトラックドライバーの交通事故予防を目的として取り組んでいるものだ。近年、ネット通販による宅配便の需要増やドライバーの高齢化により、健康問題に起因する事故が増えており、それらを未然に防ぐために始まった。
私は公衆衛生学講座の野村恭子先生に声をかけていただき、2020年10月に参加した。今回の論文で使用したアンケートの作成・配布・データ入力等はその時点で完了しており、データ解析からのスタートだった。統計に触れるのは1年生以来であったが、t検定、χ2検定、ロジスティック回帰分析など一つ一つの意味を調べながら、統計ソフトを操作した。仮説を証明するために説明変数のカテゴリーを何度も調整し、また、目的変数である不眠症もその症状に応じて細分化するなどの作業を積み重ね、表を作成した。同時に、トラックドライバーに関する先行文献を読み漁り、交通白書などを下に日本の運送業に関するデータを参考にしながら、論文執筆にとりかかった。4か月かかりようやく原稿を仕上げ、投稿することができた。その後、延べ4回にわたる編集部・レビュワーとのやり取りを終え、掲載の運びとなった。
今回は原著論文への初めての挑戦であり、試行錯誤の繰り返しだった。振り返ってみると、パソコンの研究フォルダには組み合わせが違う8パターンの表があり、先生のコメントがびっしりとついた原稿も6個になっていた。私がこのような地道な作業に取り組み、最後まで仕上げることができた理由は2つある。
まずは野村先生による手厚い指導だ。先生は会議が入っているとき以外、自分の部屋の扉をいつも開けている。そのため、疑問があれば気兼ねなく相談に乗ってもらうことができる。逆に少しでも空き時間ができると、学生たちが研究作業に取り組んでいる会議室に来て、「順調?コーヒーでも飲む?」と声をかけてくれる。自分の中で整理ができていない状態でも、先生がコーヒーをいれてくれている間に立ち話をすることで考察するべき内容が見えてくる。学生指導のためにいつも夜遅くまで大学に残っており、土日祝日関係なくオンラインでも対応してくれるため、その姿をみて強い刺激を受ける。また、先生の専門外のテーマに関しては学内の教授たちとの強固なネットワークを生かしサポートをしてくれる。今回の研究では睡眠を専門としている精神科の三島和夫先生をご紹介いただき、対面とオンラインを含めて延べ5回にわたって指導をいただいた。
次に、研究対象であるトラックドライバーさんたちとのつながりだ。私のご近所に元トラックドライバーが住んでいる。町内会の集まりでたまたまお会いし、研究の話をして以降、毎月のように自宅にお招きいただき食事をごちそうになっている。「自分が誇りに思うトラックドライバーに興味を持ってもらい嬉しい。そして、仲間たちが安全に運転できるように研究を頑張ってほしい」。そう言って、ご自身の経験を惜しみなく教えてくれる。また、より精度の高い研究を行うために、アンケートだけではなく、運送会社が所有している事故記録や乗務記録を解析したほうがいいのではないか、という助言までくれた。実際にトラック協会の担当者にこのことを相談し、約30の事業所からこれらの貴重なデータも提供いただけることになった。研究のための研究ではなく、当事者たちが必要としてくれているという事実が大きな心の支えとなった。
現在は、協会けんぽからいただいた職域健康診断のデータや医療レセプトデータをアンケートのデータベースと結合し、大学2年生と3年生の2人が解析・論文執筆を進めている。また、事故記録や乗務記録をデータベース化する作業も同時に進めており、勤務体系や健康記録といった客観性が保たれた正確な情報をもとに交通事故のリスク因子を抽出する研究を進めていく。私自身が先生たちから受けた手厚い指導を後輩たちに引き継いでいくこと、そして、トラックドライバーたちにこれらの研究成果をフィードバックし、交通事故を1件でも多く減らしていくこと。これらを目標に今後も研究活動に励んでいきたい。