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Vol 5 “To Err Is Human” 医療ミス防止システム構築の重要性

医療ガバナンス学会 (2004年3月15日 22:00)


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医療ミスを減らすためには、その予防システムを作り上げていかなければならない。
ここでは日米の医療ミス防止の試みの相違について考える。

2000年にthe Institute of Medicine(1)から報告された”To Err Is Human”の中
で、ミスを起こしにくい組織作りが強調されている (2)。米国での医療ミスによ
る死亡数は年間44,000人~98,000人にのぼり、交通事故、乳がん、エイズによる
死亡数を上回る(2)。さらに、医療事故のうち医療訴訟に至るものはむしろ少数
であり、医療ミスの氷山の一角に過ぎない(3, 4)。

日本では再発防止よりも処罰に重点が置かれることが多いようだ(5)。しかし、事
故の原因究明では、医療者個人を摘発して終わるのではなく、医療システムのど
こに問題があったのかを明らかにし、事故原因となりうるステップを除外してい
くことが重要である(6, 7)。

医療における安全性確保のための取り組みは、他のハイリスク産業と比べて10年以
上遅れている(1, 8)。例えば鉄道総合技術研究所では、①人間の信頼性の向上に
よるエラー低減対策、②作業環境・作業条件の適正化によるエラー低減対策、③
エラー発生を事故に繋げない対策、④人間を関与させない(自動化)対策の4つ
を挙げている(9)。これらを医療界に当てはめてみると、①医師の卒後教育、お
よび過剰な労働を避けること、②診療現場の効率化、③医師の指示にダブルチェッ
クをかけること、④コンピュータによるオーダーシステム・電子カルテの導入、
と言い換えられる。以下に、医療システム改善のための具体案を挙げる。

● 免許更新・講習会(医師の卒後教育)
「高齢の医師が医療技術の進歩についていけないことが事故につながっている。」
という意見もある(5)。しかし、最新の医療情報についていくことが難しいのは、
すべての医師にとって同じである。医師会による研修会など、他施設・他分野の
医師との「他流試合」を通して情報交換する必要がある(10)。UpToDate (11, 12)
のような、3ヶ月に一度最新医療情報を更新するソフトを導入するのも良い方法
だ。3000人近い各分野の専門家が重要な論文を紹介してあるpeer reviewの検索
ソフトが、患者のケアに即座に役立つ。
厚生労働省が免許更新制度を取り入れたら、必然的に「他流試合」の機会が増え
るだろう。米国ACGME(Accreditation Council for Graduate Medical Education)
(13)やABIM(American Board of Internal Medicine) (14)では、10年毎に免許を
更新するための試験を義務付けているし、各州では2年毎の免許更新の際、一定
数以上の講習会に参加したことを条件としている。

●労働時間の短縮(過剰な労働を避ける)
24時間、睡眠をとらずにいると認識力が低下し、ミスが増える(15)。
ニューヨーク州では、研修医の労働時間は週80時間以下、連続勤務時間は24時間
以内、勤務帯と勤務帯の間に10時間以上拘束しない時間を作ることを義務づける
法律がある(16, 17)。
日本では、24時間担当医が呼ばれ続けるのが当然と、医療者も患者も考えてい
る場合が多い。医師は「聖職」であり続けることよりも、医療ミスを減らすことの
ほうが重要だという認識が、まず医療者側に浸透すれば、当直制度を充実させ過
重労働を減らすことができるだろう。

● 指示系統の統一(診療現場の効率化・ダブルチェック)
米国では、医師の指示は1系統だけである。しかし日本では、病棟看護師への
指示書と、コンピュータでの薬剤部への指示との2系統ある病院が多いようだ。
これを1系統に統一すれば、医師の事務作業は少なくとも半分に減る。
また、医師は時間差をおいてひとつの指示を2回出すため、整合性の取れない指
示となる可能性がある。これはミスを招き、薬剤師によるダブルチェックを不可
能にしている。

●ダブルチェック
私は米国の病院で4年間勤務したが、医師が誤った指示を書いた場合でも、薬
剤師・看護師のダブルチェックが機能し、誤投薬に至った例は一度も経験しなかっ
た。
一方、日本では個人の努力に頼っており、組織としてダブルチェックをかける
システムは確立していないようだ。医療スタッフがどこも人手不足であることが、
米国におけるシステム作りとは決定的に異なるが、現状で我々にできるシステム
を作らなければならない。コンピュータで投薬チェックする方が現実的かもしれ
ない。

●コンピュータ・電子カルテの導入
コンピュータによるオーダーシステムにすれば、難解な指示書の字を読み間違え
る問題がなくなり、アレルギーのある薬や禁忌薬の誤投与を防ぐことができる
(15)。
電子カルテ導入にかかるコストも、患者取り違えのミスを防ぎ、効率を上げるこ
とができるなら高くはない。米国the Institute of Medicineは、少なくとも年
間1億ドルの予算措置を行ったとしても、年額88億ドルにも及ぶ医療事故による
国民経済の損失の1%をわずかに上回るに過ぎないとしている(1, 8)。

まず医療者の意識改革を進める必要がある。各医療機関において、医療ミス防止
システム構築に向けて、何らかのきっかけとなれば幸いである。

References:

1.http://www.iom.edu/.
2.Kohn LT, Corrigan JM, Donaldson MS. To Err Is Human: Building a Safer
Health System. Washington, DC: National Academy Press; 2000.
3. http://www.med.or.jp/anzen/index/seminar/1semikuro.pdf.
4. http://www.med.or.jp/anzen/index/seminar/1semikoda.pdf.
5. 毎日新聞医療問題取材班:医療事故がとまらない 毎日新聞社.
6.斉藤明、黒川清:最新 透析ケア・マニュアルー基本の技術と事故・トラブル
を未然に防ぐ知識 医学芸術社.
7.李啓充:アメリカ医療の光と影―医療過誤防止からマネジドケアまで 医学書院.
8.黒川清、児玉安司:医療の安全性”To Err is Human” 月間学術の動向
日本学術協力財団 2000年2月号pp.6-13.
9.http://www.rtri.or.jp/infoce/kouen/2003/kouen.html.
10. 宮城征四郎、黒川清:日本の医療風土への挑戦―明日の「医者」を育てる 医療文化社.
11.http://www.uptodate.com/index.asp?usd=801575829&r=/index.asp&server=
www.uptodate.com&app=mktg.
12.http://www.usaco.co.jp/top.html.
13.http://www.acgme.org/adspublic/default.asp.
14.http://www.abim.org/cpd/cpdhome/index.htm.
15.Volpp KG, Grande D. Residents’ suggestions for reducing errors in teaching
hospitals. N Engl J Med 2003;348(9):851-5.
16.http://www.health.state.ny.us/nysdoh/commish/2002/resident_working_hours.htm.
17.Steinbrook R. The debate over residents’ work hours. N Engl J Med 2002;347(16):1296-302.

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