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Vol 6 患者中心の治療に向けて

医療ガバナンス学会 (2004年3月31日 03:13)


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悪性リンパ腫と戦う会

1. 臨床医への提言

がんの患者会の代表としてこの文章を書いています。
最初に原稿のご依頼を受けたときには、『臨床医への提言』というご提案を
頂きました。
きっと『患者は医師のこのような部分に注目し、不満や要望を持っている』
という内容を期待されての事と思います。
しかし結論から申しますと、僕自身は現場の医師に対し、提案したい事は何
もありません。むしろ感謝をしているくらいです。(一部の例外を除く)
患者にとって、3時間待ちの3分診療や、医師の説明不足は大きな問題でしょう。
最近では医療ミスも大きな社会問題として、マスコミを賑わせ医療不信を増
大させております。
けれどもそれらの問題の原因は医師ではなく、システム上の不備が原因と考え
ています。
セカンドオピニオンや抗がん剤のプロトコル作りに診療報酬が付かなかったり、
世界的な標準となっている抗がん剤の併用療法が国内では保険適応外になって
いたとしても、目の前の患者を救うために、現場の医師はベストを尽くしてい
ただいている事を、患者もよく理解しています。
逆に現状の医師のマンパワーに依存した制度や、医療ミスをシステムの問題と
考えないで個人の責任に帰することが再発を繰り返す元と、患者も分かってい
るのです。
それは良質の情報が患者の考え方を変えつつあるからです。

田舎の自動車販売店でお茶をご馳走になっていた時に、面白い話を伺いました。
昔は洗車のため車にスチーム(ノズルの先から勢いよく水が出る機械)をかけると、
窓枠から車内に水が入ったというのです。ほとんどどの国産車も。
社長も『普通の雨は上から降るのだし、洗車などは横から勢いよく水をかけて
いるのだから、これは仕方がないだろう』と思っていたというのです。
確かに今の国産車は、どんなに強く水をかけても雨漏りはしません。それどこ
ろか窓を閉めてしまえば、外の音どころか、タイヤから出るロードノイズも耳
に入らないでしょう。
最近では軽自動車でさえもドアを閉める音は『パタン』ではなく、『バッタン』
ですから。
それにパンクをする事もめったに無くなりましたし、路上でボンネットを開け
ている車を見たのは、もう何年前の事でしょうか?

日本は誰もが認める世界一の工業国ですが、最初から世界一だった訳ではあり
ません。
終戦直後は欧米のコピーから始まり、メイドインジャパンは安物の代名詞でした。
それが先輩の欧米を追い越せたのは、日本人の職人気質がよく取り上げられま
すが、それだけではないと思います。
欧米へ行くと分かりますが、彼らは考え方が合理的で、直接機能に関係の無い
部分には気を使いません。車などは単に道具とみなしています。
それに引き換え日本人は、塗装にちょっと傷やムラがあっただけでも、新車納
車時の交換の対象になります。
きっとクオリティに関しては、これほどうるさい国民はいないのではないでしょうか?
技術の優秀さに加え、この世界一厳しい消費者が、日本の工業製品を世界NO1
に押し上げたと思います。
実際のところ、消費者のニーズに答えるため頑張ったら、故障しない自動車が
出来たという事ではないでしょうか?
これとは逆に、お上の保護を受けている産業は農業や金融をみれば分かるように、
間違いなく衰退しています。(日本の製薬企業もそうですね)

医療の質を上げようとすれば、患者のニーズを医療関係者へ届けなければなり
ません。
これまでのようにお上にお任せですと、いつになっても質の向上は無いでしょう。
雨漏りする車は、いつになっても改善されないのです。
基本として、より良い医療は患者が作るものです。決してお上がお仕着せで与
える物ではありません。
僕たちはこのスタンスから出発しています。
現在がん患者へ向けて、NCIホームページの日本語版を提供しているのです
が、積極的な患者はこれをコピーし、主治医とのヒアリング時に使っています。
EBMで確立された治療法をベースとして、ご本人の健康状態・過去の病歴な
どを勘案し、主治医とお話しをする時に役立ててくださいとお願いしています。
それで分かったのですが、厚生労働省もEBMに則った治療を推奨する世の中
なのに、国内では我が病院オリジナルの治療をお奨めする医療機関が何と多い
ことか。
ある病院での例ですが、世界標準の治療の奏効率が5~6割なのに、我が病院
オリジナルは85%だそうです。ただし世界標準の治療法は世界の多施設での
臨床試験で、それを追認するデータもあるのに対し、我が病院オリジナル療法
は、その病院内での35例をベースにしたデータだったとか。
医師曰く、『うちの病院で治療しなければ、助かる者も助からない』
僕が一部の医療機関や臨床医に不信感を持っているのはこのためです。

これまでの患者は甘えていました。
主治医におまかせで、自分で考え判断する事をしなかったのです。
医療を良くするためには、医療提供者と医療消費者が『医療は患者のためにあ
る』という理念を共有し、共に協力し合いながら改善を目指す事が不可欠です。
最初からお上や医師におまかせという態度を患者が取らなかったとしたら、日
本で世界標準の治療が行えない問題や、世界標準薬の適応外問題は起こらなかっ
たでしょう。
限度を超えたパターナリズムが、時代を超えて逆転し、今度は過剰な医療不信
の芽となってしまったのではないかと思っています。
『患者も大人になり、自立すること』それが良い医師を育て、悪医師を駆逐す
る最良の方法です。
医師にとってより良い環境を作るためにも、患者へ情報を提供し、自分で考え
るよう指導してあげてください。
患者が自分の頭で考え行動しない限り、QOLだのインフォームド・コンセン
トと言っても、絵に書いた餅で患者にとっては何のメリットもないのですから。

2.情報公開とは

先日地元大学の医学部へ行き、責任者と情報交換をして来ました。
この附属病院の医師たちの付けているバッチの裏には、『医療は患者のため』
という理念が印刷されています。
ディスカッションは情報公開の話題になり、患者として欲しい情報は、エビ
デンスに基づく標準的な治療方法やこの病院で行われる標準的なプロトコル、
また使っている薬の種類などとご提案しました。
それに対して責任者は、『そこまで詳しい情報を求めるのは、山崎さんくら
いでしょう』と笑っておりました。きっとこの医師は、基本的に情報公開の目
的をご存知ないのでしょう。
この時は分かりやすいように、

1.役に立つ情報かどうかは受け手が判断する問題なので、必要性まで提供側が
考える必要は無い。逆に選んで情報を提供すると、情報操作をしていると思われる。

2.情報量が多い方が、情報公開に積極的な病院と患者は受け取る。

などとお話しをいたしました。しかし、ご存知のように、情報公開の本質は別
の部分にあります。
情報公開における情報とは、患者にとってはあくまでも手段であり、情報を
キャッチする事のみが目的ではないからです。
患者さんにとって最も肝心な事は、最良の治療方法を選択することであり、
そのために最良の情報が必要なだけなのです。
よって情報を適切に活用できない患者にとって情報は、ただの毒です。
僕は患者へこの事を伝える場合、次のように話しを切り出します。
『テレビを電気店に買いに行く場合、カタログを読んだり実際の画面で色合
いを比較して買うでしょう。医療についても同じなのだから、多くの情報を集
めて、あなたにとってベストの治療を受けたいでしょう?』
すると大部分の人は、
『テレビと病院で受ける治療を同じに話すのはおかしくないですか?』
と話しを受けます。それに対して僕は
『テレビは間違った選択をしても、買い替えすれば済むでしょう。あなたの大
切な体は交換できないのだから、テレビ以上に選択に熱心になるのが本当なの
では?』と続けます。
米国では患者の事をペイシェントとは既に呼ばず、コンシューマとかカスタ
マーと呼ぶと聞きました。

3.現在のプロジェクト

僕にとって医療界は全くの専門外のシロウトですし、逆にこの世界の常識に
囚われないからこそいろいろな発想が出来たと考えています。
患者会の代表といえども、製薬企業へ行けば『どんどん患者が喜ぶ薬を作っ
てゼニ儲けをしてくれ』と開口一番にわめきますし、医療ミスを防止したり、
医療の質を上げたいのならば、それ相当のコストをかけろと提言しています。
たぬきしかいない山奥に飛行場を作るのと、国民の健康ではどちらを国民は望
んでいるのかと。
よって、医療関係者から僕はとっても評判が良いのですが、これは厚生労働
省のお役人にも当てはまります。
患者会リーダーとして意外でしょうが、僕自身は厚生労働省をとても高く評
価しているからです。
それまではしょっちゅう、厚生労働省の悪口を言っていました。
それというのも、昨年の11月28日の出来事が考え方を決定的に変えたの
です。
この日は厚生労働省内で、抗がん併用療法検討委員会について、審査管理課
と安全対策課の課長と話し合いをしていました。
この委員会の目的は、世界的標準と呼ばれている抗がん剤の内、適応外が約
80もあり、
これをどうするかという内容です。
これらの薬は、未適応でも世界的に標準薬なので、医師や病院でも実際には
使われている薬が殆どです。(骨髄腫におけるVAD療法など)
この場で分かった事は、この中の製剤より毎年10~15の薬を臨床試験無
し(エビデンスを証明できる論文のみ)で承認して行こうという考えでした。
『それでは間に合わないではないか?』という質問に対して役人は、『予算
がないから』が答えでした。
これは決定的でした。僕の頭の中はおかげでクリアになったのです。
そして僕は、次の二つの事を思い、活動を開始しました。

1.政治問題である

これら医療上の問題は、決して厚生労働省だけが悪いのではありません。
厚生労働省の役人は全て難しい試験を突破してきた連中ですから、頭が悪い
訳ではな
いのです。
指示された事に対しては、抜群の能力を発揮すると思います。
役所はその性質上、列車のように決められたレールの上を正確に走る事に関
して
は、世界でも有数の能力を持った集団でしょう。
しかし、線路を引く能力はありません。ビジョンを示すのは彼らの仕事では
ないのです。
過去との整合性を求められる事も彼らの足を引っ張ります。
その能力が無いのに彼らに創造的な仕事を任せているから悲劇は起きるのです。
よって、これは行政の問題ではなく、国民の審判を受けてその方向性やビジ
ョンを示す仕事を担う人々の怠慢と僕は考えました。
ここを変えるために、活動をしなければならないと。

2.患者が声をあげなければ変わらない

歴史を溯ってみて、民主主義や基本的人権は自然と生まれたものでしょうか?
答えは誰でも知っているでしょう。それらは先人が血を流して闘い取ったも
のです。
人間は変化を嫌う生き物ですし、また変化は既得権益を損なうものですから、
お上が親切に『患者さんのために、より良い医療を目指しましょう』などと言っ
てくれると思っているのでしょうか?
不幸にして日本では、民主主義や基本的人権も他から与えられた物ですし、
明治維新とて国民運動ではありませんでした。
国や政治の悪口を言いながらも、選挙に行かないのが現代日本人の悪い癖です。
政治もマスコミも医療も、国民のレベルを超えて良い物が出来る訳が無い事
を自覚していません。
よって、より良い患者主体の医療実現のためには、患者を含む全ての医療関
係者が『医療は患者のため』という理念を持ち、医療提供者・規制当局・製薬
企業・学会・医療消費者団体がお互いの立場を尊重し、平等の立場で患者のた
めの医療を目指すために協力しあい、絶え間なく努力を続けることが前提とな
ります。
そのためには弱い立場である患者の権利と義務を確立し、責任を自覚させて
自立させる事が必要と考え、患者の権利法を立法化する活動を開始いたしまし
た。
各患者会としての個々の活動(各論)も大切ですが、それだけではなく並行し
て、これらの問題の根本部分(総論)にも手をつけないと、いつになっても同じ
事の繰り返しだと気付いたからです。
旧態依然とした医療現場に一石を投じ、医療提供者とのよりよい関係を築く
礎となることでしょう。

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