医療ガバナンス学会 (2004年4月25日 18:18)
今回はアメリカで移植医として活躍された九州大学・福田先生にお願いいたし
ました。
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★米国の造血幹細胞移植センターの紹介と臨床試験について
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はじめに
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近年、日本でもEvidence-based medicine(EBM)が臨床医学の分野で重視され
ている。EBMは、よくデザインされた臨床試験の結果が元になっているが、そ
の多くは欧米から発信されている。筆者が、米国の造血幹細胞移植センターで、
病棟、外来、臨床研究、臨床試験プロトコールの作成という立場からかかわっ
た経験を紹介する。非常に特殊な環境での話しで一般化できない部分もあるが、
個人的な体験談として気楽に読んで頂ければ幸いである。
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造血幹細胞移植センターの紹介
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筆者が留学した造血幹細胞移植センターは、約40年前に設立された骨髄移植発
祥の地であり、臨床試験に必要なシステムを作り上げている。年間300人以上
の患者さんが、造血幹細胞移植を受けるために世界中から集まってきており、
50以上ある臨床試験のどれかに参加して治療されている。資金はNIHからのファ
ンドと、一般市民や患者家族からの寄付が中心だが、臨床試験に参加する患者
さんの医療費は保険会社からの支払いでまかなわれる。米国の健康保険のシス
テムは日本とは大きく異なっており、保険会社が認めれば、新規薬剤なども自
由に選択できる。
入院患者は全部で50人前後で、大学病院のフロアを借りて診ているので、外科
や放射線科など他科との連携がスムーズである。外来患者は100-150人前後で、
多くは家族と一緒に近くの長期滞在型アパートから通っている。日本と比較し
て最も大きな違いは、患者さん一人あたりの医療スタッフの数が、少なくとも
3倍以上は多いことで、アメリカの医療費が高いのもうなずける。各チームが、
1人のアテンディング(Attending physician)の下に3-5人のフェローや
Physician assistantがつき、入院の時はそれぞれ3-5人、外来では10-20人く
らいの患者さんを受け持っている。看護士、チーム専属の薬剤師、栄養士、ソー
シャルワーカーはもちろん、専属の感染症、呼吸器、消化器、腎臓、口腔管理
などコンサルテーションチームも充実していて、依頼すると積極的に治療に関
わってくる。また専属の牧師さんや精神科医もいて、移植という精神的ストレ
スに対するケアも重視しており、ソーシャルワーカーやボランティアが滞在中
の家族も含めてサポートしている。
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造血幹細胞移植センターのシステム
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米国の医療の特色の一つが、チーム医療という考え方で、色の名前がついたチ
ームが外来・病棟あわせて14個あり、医者は1ヶ月ごとにローテーションで交
代する。多数の人間が関わるこのシステムでは、基本的な検査や処置、合併症
対策などについてのマニュアル化は必須である。50項目以上あるマニュアルは、
頻回にUpdateされており、オンラインでチェックすることができる。ほとんど
の患者さんが臨床試験に参加しているため、ルーチンの検査や処置のための
Pre-printedオーダーやチェックリストがあり、ミスを減らすように工夫され
ている。MRICの vol 5でも紹介されたが、指示は一系統で、指導医や薬剤師・
看護士と何重にもチェック機構があり、メンバーがころころ変わっても(変な
外国人が急に入ってきても)医療レベルはそれほど変わらない。外来と入院は
それぞれ別のチームが担当するが、外来と入院の間で申し送りをする看護士が
2-3人勤務しており、またお互いの電子カルテはオンラインで見ることができ
る(手書きのカルテは、ほとんど読めない汚い字と、暗号の羅列である、、)。
入院時や毎月の移植サマリーもパターンが決まっていて、必要な情報をもらさ
ず電子カルテ化されており、重要な情報はすべてデータベースに入力されてい
る。
またスタッフの教育には力を入れていて、移植、合併症のレクチャー、症例検
討、招待講演など毎日何かのビデオカンファレンスが開かれている。週に1回、
難しい症例で診断・治療法(プロトコール)の選択をどうしたらよいのか検討
するPatient Care Conferenceが、外来・病棟・研究棟をテレビ電話でつない
で行われている。60歳台のベテランから30歳台の若手まで、多数の先生が活発
に議論しており(何人か意見が強い人もいますが、、)、参加者全員で、過去
の経験や新しい情報を共有できる場となっている。
従来の日本では、医者個人の努力と経験の積み重ねが重視され、患者さんごと
に治療法を変えていく名人芸的な医療が好まれていた。しかし、それぞれの治
療法がどういう結果だったかについては必ずしも検証されておらず、
Prospective studyは少なかった。米国式のマニュアル・プロトコールに基づ
いた医療は、ハンバーガーチェーンの場合と似ているようにも見えるが、原則
の部分は固定したまま、個々の患者さんごとに微調整できる余地はかなり残さ
れている。現時点では、医師以外のスタッフの人数や資金が異なるため、米国
の方法をそのまま日本でコピーすることは不可能であるが、参考になる部分は
取り入れていきたい。
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造血幹細胞移植の治療の流れ
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地元の主治医や患者さんから、移植の適応について相談があった時点から、様
々な治療法のオプションについての説明と共に、その患者さんで登録可能な臨
床試験を紹介される。移植前検査のための外来受診後、2回のカンファレンス
で説明・同意取得を行い、プロトコールにそって治療が開始される。同種移植
の場合は全身放射線照射や超大量化学療法などの前処置の途中で入院し、ドナー
造血が生着し経口摂取できるようになる移植後3-4週くらいまでの入院がほと
んどである。前処置を弱くしたミニ移植や自家幹細胞移植は、主に外来でされ
ている。中には、外来で毎日数時間、点滴や輸血を受ける患者さんや、教育を
受けたPrimary caregiver(主に家族)によりアパートで点滴を受けている患
者さんもいる。同種移植では移植後100日、自家移植では移植後30日を目安に、
造血幹細胞移植センターを離れ、地元の主治医によりフォローされることが多
い。新しい患者さんのリクルートと、質の高い移植後長期フォローのためには、
地元の主治医との連携は非常に重要で、そのためLong-term follow-up unit
(LTFU)のシステムが充実している。LTFUは、地元の主治医へマニュアルを配布
し支持療法を統一すると共に、専属の看護士とアテンディングが、FAXや
e-mailを駆使して細かくやりとりを継続している。
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移植病棟勤務の一日
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移植病棟勤務の一日を簡単に紹介する。朝7時前に病棟へ着くと、その日の採
血結果やポータブルX線写真がそろっていて(午前3時頃、採血するらしい、、)、
当直医の申し送りを聞いてから担当の患者さんのところを回っていく。8時か
らアテンディングを中心に看護婦、専属の薬剤師、栄養士と一緒に約3時間か
けてチーム回診があり、治療方針を決めていく。その後、放射線科とのカンファ
レンス、指示出し、処置、各科コンサルタントと話して方針を決め、夕方5時
ごろには当直医に申し送りをして帰る人がほとんどである。主治医の仕事は患
者さんや家族と話すこと、診察すること、検査のオーダー、他科やコンサルタ
ント、アテンディングらに相談して、治療方針を決めていくことに集中してい
る。手技に関しては、中心静脈ルートの確保や気管内挿管はもちろん、骨髄検
査や腹部エコー、採血、末梢ルートの確保さえそれぞれ看護士や他科の専門家
がするようになっている。また病棟を離れるとポケットベルで呼ばれることは
ほとんどなく、逆に当直の時は夜も30-60分おきに起こされることもある。
On-offが非常にはっきりしていてアメリカらしいのだが、朝、病棟に行って初
めて自分が担当だった患者さんが亡くなった事を知ることもあり、日本人的感
覚からは考えられない部分もあった。
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造血幹細胞移植の臨床試験
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EBMではランダマイズ試験の結果が重視されているが、造血幹細胞移植の分野
では、難しい面も多い。新しい有望な治療法・移植法をPhase I/II試験として、
時期を逃さず短期間で終了させることも重要である。臨床試験プロトコールの
プランニングの段階から、統計家も参加しており、Protocol Officeから作成の
ためのマニュアル、雛型、同意書の言葉使いなど、形式的な部分のチェックを
細かくやってくれる。プロトコールを提出後、3人のReviewerと事前に議論を重
ねた上で、2週に1回ある公開プロトコール検討会で発表され、その是非につ
いて投票がある。実際にプロトコールが認可されると、各疾患ごとの登録可能
な臨床試験の一覧表に加えられ、そこから先はClinical researchcoordinator
(CRC)とResearch nurseが中心になって進められる。
近年、多施設共同臨床試験がさかんになってきているが、その最大の利点は、
症例登録のスピードが早い点である。施設間で支持療法など対処法が異なると
いうデメリットも、逆に(特定の施設だけでなく)多くの施設でも実行可能で
あると言えるいい面もある。EBMTなどヨーロッパの各国は、多施設共同臨床試
験の結果を次々と発表し、成功を収めている。米国もこれには危機感を持って
いるのか、NIHやNMDPがサポートする形で、全米規模の多施設共同臨床試験グ
ループが作られ、造血幹細胞領域の臨床試験を強力に推し進めている。一方、
従来の日本では、個々の施設が独自の方法でやりたいという傾向があり、また
国からの研究資金も、ほとんどは基礎研究に対してであった。しかし、ここ数
年間の間に、厚生労働省の班研究など多施設共同臨床試験の気運も高まってき
ており、臨床試験のためのシステム作りも少しずつ始まっている。
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最後に
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臨床試験が大事であることは日本でも多くの医者が感じ始めているが、その成
功のためには多数の施設の協力が不可欠である。個々の医者の実力は、日本も
決して負けておらず、CRCや統計家も含めたスタッフの質的量的充実、そのた
めに使える資金の確保など臨床試験のシステムを作っていくことができれば、
欧米に追い付き追いこすことも不可能ではない。