医療ガバナンス学会 (2004年5月25日 23:23)
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★MLUS (monoclonal lymphocytosis of undetermined significance)
―単クローン性リンパ球増多症―
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はじめに
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MGUS (monoclonal gammopathy of undetermined significance)という言葉を
Robert Kyleが初めて用いたのは1978年のことですが1)、それがWHO分類に収載さ
れるに至ったのは2001年になっていました2)。Plasma cell myelomaの前駆病変
か、そのまま発病せずに終わるか分からない病態を説明するには、まさにうって
つけの命名法(nomenclature)ですが、一つの疾患単位が多くの人の共通認識となっ
て市民権を得るには、これぐらい長い時間が必要なのかもしれません。
そうは言っても古い論文を紹介すると、古いというだけで胡散臭いと思う人もい
ます。今回お話するのは2004年の最新論文から選んだネタで、おそらく皆さんは
御存じないMLUSという疾患です。MGUSを紹介した後にspell outしてしまうと、
説明しなくてどんな疾患か想像がついてしまいますが、「へ~、こんな病気もあ
るのか」と思っていただければ幸いです。
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MLUSとは?
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MLUSの提唱は1989年にSwedenはStockholmの名門、Karolinska HospitalのGarcia
らによってなされています3)。その後、この名前はSwedenおよびCanadaの血液医
らの論文でしか用いられていませんが、病態としては確実に存在するようです。
今年(2004年)の3月のBlood誌に掲載されたイタリアからの論文では、MLUSとい
う名前は使用していませんが、これはまさにMLUSを指しています4)。「高齢者の
末梢血中にはCD5陽性またはCD5陰性の単クローン性B細胞の増殖が認められる」
というタイトルです(Blood. 2004; 103: 2337-42)。
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論文の概要
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65歳以上の健常人500人を調べたところ、19人(3.8%)で末梢血中の免疫グロブリン
軽鎖の???比が3倍以上でした。うち10例は???比が10倍以上でした。この単クロー
ン性に増殖したB細胞は、9例ではCD5+ CD20low CD23+とCLLを同じ表現型でした
が、3例はCD5+ CD20high CD23+とatypical CLLパターン、7例はCD5- CD20high
CD23-と正常のB細胞パターンでした。CD10陽性例はなく、16例は?型、3例は?型
でした。2例では表現型の異なる2クローンのB細胞が認められました。19例中15
例では、PCRでIgH遺伝子の単クローン性再構成が証明されましたが、cyclin D1
やBCL2の再構成はありませんでした。フローサイトメトリーでCD20, CD5, CD79
のgate patternを詳細に検討したところ、更に13例で単クローン性の集団が検出
され、総計32例(5.5%)がMLUSと呼ばれる病態であることが判明しました。
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視点
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この疾患の認識で重要な点は2つあります。
第一点は、「こういう疾患がある」という事実そのものです。日本ではCLLは少な
いので、現時点ではMLUSは稀な疾患の一つかもしれません。しかしながら血液腫
瘍の世界でも、理由は不明ですが疾患頻度の欧米化が進行しており、濾胞性リン
パ腫やホジキンリンパ腫は増加傾向にあります。このためCLLも将来的には増加
することが予測されます。それに加えて、日本は世界有数の長寿国ですので、高
齢者に多い疾患の増加速度は予想以上に増すかもしれません。MLUSという疾患を
知っておいて損はないでしょう。
第二点は、こちらの方がより一般化できるのですが、命名の重要性を知ることで
す。言霊という言葉もあるように、MLUSという名前がこの疾患に命を吹き込むの
です。疾患名としてのMLUSが存在しなかったとしても、「原因不明のリンパ球増
加症で治療は不要」と患者さんに説明はできますし、この対応はMLUSという言葉
がなくても変わりません。しかしそんな説明では不安になる患者さんもいるでしょ
うし、何より説明する医師自身が一抹の不安を抱きつつ説明することになります。
しかしながらこれが、「あなたの病気はMLUSというもので、現時点での治療の必
要性はない。」という説明をすれば、これほど説得力のあるものはありません。
目の前の患者さんは世界に一人だけの奇病でないことになり、同じ疾患の人たち
の経過を今後の診療に役立てることができるようになるのです。適切で分かりや
すい疾患名の命名は、そのような重要な役割を担っているのです。ネット上のく
だらない落書きが、「ブログ」という名前で呼ばれることによって、何か素晴ら
しいものに思わせてしまうことと同じ働きがあるのです。
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世界と日本のCLL研究
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今年(2004年)の2月のBlood誌に掲載されているCLLの総説論文にも書かれてい
る通り、欧米では今CLLが注目を集めています5)。論文中の図1に示されるように、
CLLの予後に関する論文は右肩上がりに増加しており、この10年で2.5倍になりま
した。フルダラビン、リツキシマブという有望な薬剤の出現により、臨床医の
CLLに対する認識が経過観察する疾患から治療する疾患に変わってきていること
が影響しているとされています。ミニ移植という高齢の患者さんに実施可能で、
治癒を望みうる治療法が出てきたことも関連しているでしょうし、CLLには2つの
タイプがあることが明らかになったことの影響もあるでしょう。その根底にある
のは「どういう患者さんを治療すべき対象にするか?」という疑問であると考え
られます。
では、日本の現状はどうでしょう。この総説の図1の説明(legend)にあるのと同
じ方法で、CLL, prognosisをキーワードにPubMedを検索してみると1,082編の論
文がヒットします。CLLと関係ない論文も引っかかってきますが、それらや症例
報告を除くと日本からの論文は3編しかありません6)-8)。日本のCLLやMLUSがど
うなのか、欧米のCLLと同じなのかもよく分からない現状が明らかになったと思
います。日本の血液内科医が為すべきことは、まだまだ多いですね。
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文 献
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1) Kyle RA. Monoclonal gammopathy of undetermined significance.
Natural history in 241 cases. Am J Med. 1978; 64: 814-826.
2) Grogan TM, Muller-Hermelink, HK, Van Camp B, Harris NL, Kyle RA.
Plasma cell neoplasm. In Pathology and Genetics of Tumours of
Haematopietic and Lymphoid Tissues. World Health Organization
Classification of Tumours. Jaffe ES, et al. eds. IARC Pres, Lyon, 2001;
pp.142-156.
3) Garcia C, Rosen A, Kimby E, Aguilar-Santelises M, Jondal M,
Bjorkhilm M, Holm G, Mellstedt H. Higher T-cell imbalance and growth
factor receptor expression in B-cell chronic lymphocytic leukemia (B-CLL)
as compared to monoclonal B-cell lymphocytosis of undetermined
significance (B-MLUS). Leuk Res. 1989; 13: 31-7.
4) Ghia P, Prato G, Scielzo C, Stella S, Geuna M, Guida G,
Caligaris-Cappio F. Monoclonal CD5+ and CD5- B-lymphocyte expansions
are frequent in the peripheral blood of the elderly. Blood. 2004; 103:
2337-42.
5) Shanafelt TD, Geyer SM, Kay NE. Prognosis at diagnosis:
integrating molecular biologic insights into clinical practice for
patients with CLL. Blood. 2004; 103: 1202-1210.
6) Ito M, Iida S, Inagaki H, Tsuboi K, Komatsu H, Yamaguchi M,
Nakamura N, Suzuki R, Seto M, Nakamura S, Morishima Y, Ueda R. MUM1/IRF4
expression is an unfavorable prognostic factor in B-cell chronic
lymphocytic leukemia (CLL)/small lymphocytic lymphoma (SLL). Jpn J
Cancer Res. 2002; 93: 685-694.
7) Suzuki K, Maekawa I, Mikuni C, Yamaguchi T, Sakamaki H, Mori M.
[Prognosis in 75 cases of chronic lymphocytic leukemia and second
malignancies] Rinsho Ketsueki. 1997; 38: 740-744. Japanese.
8) Suzuki H, Ota K, Ohno R, Masaoka T, Shibata H, Kimura I, Amaki I,
Miura Y, Uzuka Y, Kawato M, et al. Recent trends in the treatment and
prognosis of adult leukemia with characteristics of patients in Japan:
transition during the fifteen years from 1971 to 1985. Jpn J Clin Oncol.
1989; 19: 338-347.