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Vol.157 「ワクチンは3回以上」の仕組みづくりに向けて

医療ガバナンス学会 (2021年8月18日 06:00)


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東京大学大学院工学系研究科システム創成学専攻
大澤幸生

2021年8月18日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

イスラエルでは、COVID19のデルタ株の感染者が再び増加し続けている。16歳以上の8割以上が2回のワクチン接種を終え1日の新規感染者が10人未満にまで減った後、今は一日に3500人以上というハイペースで感染者が発生している。重傷者も増えて、7月26日に124人、8月1日時点で212人、8月10日には400人に達し、ほぼ10日で倍ずつに増えている。この事態を受けてイスラエル政府は8月1日から60歳以上の人に対し3回目の接種を行うことを決めた。

関連して、ワクチンを製造するモデルナ社(米国)は、変異株に対しては3回目の接種の必要性に言及している。2回目のワクチン接種から半年後の有効性が当初の治験で示されたレベルとほぼ変わらない高い効果が維持されることを示す一方、デルタ株に対する抗体値は大きく低下したことから秋にも3回目の追加接種が必要になるとの見解を示した。ファイザーも、早々に食品医薬品局(米国FDA)に3回目の接種許可を申請したい意向である。3回目の接種は抗体のさらなる増幅が可能である(5~11倍程度になるとされている)ことからブースターと称される。このような見解から、3回目の接種の予定はイギリスやスウェーデンでも決まっており、イギリス政府は70歳以上の高齢者などを対象に9月から、ドイツでは新型コロナウイルスワクチンの接種を終えた高齢者などに対し9月から、スウェーデンでは80歳以上の人を含む重症化するリスクが高い人に対して早ければ今年の秋に実施する計画を表明した。

一方、日本では河野太郎ワクチン担当相は7月末のインターネット番組で、「来年」には三回目のワクチンを打てるように確保するという目標を表明した。河野氏は8月16日には3回目接種をめぐり、米ファイザー社から来年分の必要量を確保していることを明らかにしたとも芳名している。三回目のワクチン接種はあくまでブースターであり、それは現在の山を越えてから国民の安全確保のために実施しようという考えであれは、これはもっともな考えである。実際、このようなワクチンの売り手市場で製薬会社に交渉するのは大変な仕事であるから、欧州で今秋から開始するという第三回を来年に回すという面もあるかも知れない。オックスフォード大学のポラード教授がブースタ接種への疑問を呈し、WHOのテドロス事務局長は9月末まで見合わせるように世界に請願しているが、どの地域にも平等にワクチンを配布するバランス維持が感染拡大の抑制にとって効果的であることは私自身も計算アプローチによって検証している( https://arxiv.org/abs/2104.09719 )。
ところが、「三回目」の効果がブースターとまでいかず二回目と同様であるとしても、第三回の接種を必須とするシミュレーション結果を得たので報告したい(概要は内閣官房のAIシュミレーションプロジェクトのHP https://www.covid19-ai.jp/ja-jp/researcher/yukio-ohsawa/ に掲載している)。筆者は最近、従来のSEIRモデル(個人または集団が感染可能S、潜伏期E、感染力保有I、回復後Rの4状態を遷移するという感染過程モデル)を回路とみなし、この回路が格子状に繋がるSEIR回路格子モデルを開発して各都道府県の感染状態の変化を説明する研究を手掛けている。
最近はさらにこれを進化させて、Rとは別にワクチンによって感染力を喪失した状態をUと呼び、U からはRからよりも早々とSに戻ってしまう状態を扱うためUをRから分離したモデル(図1(b))を開発した。感染した人はSからRという免疫付き状態に移動するのに対し、ワクチン二回のセット接種ではSからUに移動する。ワクチンを打っても抗体価は2か月程度で減少して感染しやすい体に戻ってゆくが、自然感染で獲得される抗体は強いため、ここではSに戻る確率を低く設定した(ハンセンらの2020年のLancet論文 https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/33743221/ では、65歳未満では感染後半年間は高い免疫力が維持される傾向が報告されている)。つまり、UからSに遷移する確率はRからSに遷移する確率と異なるため、UをRから分離したのである。自然感染とワクチンを組み合わせた場合に抗体の減衰が起きにくくなる様子は、ターナーらのNature論文でも示されている https://www.nature.com/articles/s41586-021-03738-2/figures/1 。三回ワクチンを打って抗体価が増え持続性が高まる場合も、二回のみよりも長い持続性が得られると期待できるので、自然感染と同様の状態Rに遷移するとした。

https://www.panda.sys.t.u-tokyo.ac.jp/SEIRUS.png
図1 SEIRSモデル(a)と SEIRUSモデル(b)
</a>

上記の設定で、二回セットの接種だけを行う場合と、抗体減少後に三回目を接種する場合の比較を行った結果が図2(a)(b)である。いずれも深刻な第五波の拡大を示しているものの、対象が非線形性を有する感染現象なので縦軸の数字自体に注目する意味はない(人数予測を強調する報道には警戒すべきであるが、専門家とされる方さえ数字を優先して背景のロジックを意味するモデルを説明しないことが増えていることは、さらに警戒すべき事態であろう)。ここで見られるように、第三回目を接種した場合の図2(b)では今年中に感染も重症化も収束するが、二回セットのみの場合の図2(b)では、感染者数も重症者数もいったん下がったあと上昇し、収束の目途が立たない。

https://www.panda.sys.t.u-tokyo.ac.jp/3rd_vaccination.png
図2 2回接種のセット(a)と、三回めの接種を可能にした場合(b)
</a>

この現象は、二回接種した後の再感染が相当数発生する可能性があり、そのうち重症者が比率としては少ないにせよある程度の人数は含まれることと、本人は無症状でも接種前の人に感染させてしまう可能性を含むものである。従来のSEIRモデルでは、つまり図1のU状態が設定されていないモデルではこの現象は見出しにくかったことにも注意しておきたい。科学的アプローチに潜む壁ともいえよう。しかし、三回目接種を実現するまでに超えねばならない壁は、より重層的である。
筆者の共同研究を行っている医療者によると、我が国ではワクチンは自治体が管理しており、医療機関の裁量度合いは低いという。ワクチンの供給量が増え、インフルエンザのワクチンと同様に薬の卸会社から各医療機関が購入できるようになると良いとのことであり、制度の改定が必要であることが分かる。上記のシミュレーションの結果からしても、国の管理ではなく、患者の抗体の状態を見て投与すべきであるから、医療側の裁量は必須であるといえる。さらに、壁は国外にもあって、それは先述のWHO等の声明だけではない。米国のFDAや疾病対策センター(CDC)は、現在使われているワクチンの効果について、接種を完了した人はデルタ株を含めた変異ウイルスに対しても重症化や死亡から守られており、接種を完了した人に追加の接種は現時点では不要とする共同声明を発表している。三回目接種が「個人が強い免疫を得るための注射」とみられており、「社会全体の感染拡大と重傷者増加を抑制するための社会政策」とは理解されていないのではないか。いま、このために意識改革と制度設計が必要である。

もっとも、先述のように、ただ三回目接種を我が国で推進するだけでは世界全体におけるワクチンの配分バランスが壊れるであろう。これでは、感染拡大の抑制効果が功を奏しないとする計算結果を出したのも筆者である。それゆえ、三回目接種を実現するには、政府や自治体のみならず、ビジネスに携わる方々も一体となって、製薬会社 ⇔ 薬の卸会社 ⇔  各医療機関 ⇔ 生活者というサプライチェーンを確保し、かつこれを単なるサプライチェーンではなく戦略を共有するチームとして意識するような仕組みが必要であろうと筆者は考えている。ワクチンを三回接種可能とするための壁は、国内のみならず海外にもあるゆえ、日本政府にはこのチームのリーダーシップをとって制度と仕組みを整える責任を認識し、世界を出しぬいて感染による犠牲者をゼロにしていただきたい。

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