医療ガバナンス学会 (2021年8月23日 06:00)
つくば市 坂根Mクリニック
坂根みち子
2021年8月23日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
さて、地域枠から離脱する人がいなくなった理由だが、当然裏がある。
(1)大学と県が「正式離脱」を認めない限り、卒業して初期研修を受ける時に、厚労省が研修を受け入れた医療機関の補助金を削ることにしたために受け入れ医療機関がなくなった。
(2)「正式離脱」でなければ、卒後3年目から90%以上の若手医師が選択する専門医になるための研修コースに登録できなくなった。このため離脱を強行できなくなったのである。←現在の相談者たちは今ここの状態。相談の研修医達は以前から様々な理由による離脱を希望していたが、(1)の理由等で止む無く初期研修は地域枠での研修に入ったが、次の専門医コースを取ろうとしたところで、日本専門医機構が「大学と県の正式離脱を認めない限り専門医は取らせない」という新たなルールを作ってしまったために途方に暮れている状態である。専門医機構の強引さもすごい。研修できなければ一生専門医になれない。一体どんな法的根拠を元に、医師が専門医研修を受ける権利を阻害できたのか。今後裁判沙汰必須である。
世界中見渡してもこのような人権侵害レベルの制度を採用している国はない。
そもそもWHO 僻地における医療者確保のためのガイドラインで奨励されているのは、「へき地出身者の医学部入学」「総合医であること」の2つだけである。
ところが、日本では、地域枠は別枠で募集することもできたために、とにかく地域の医師不足解消のためになりふり構わぬ何でもありの募集をかけた。
18歳前後の若者が入試時になにがわかるというのだろう。募集要項には「地域枠を継続する意思がなくなったら、奨学金は一括返還しなければならない」程度しか書いていなかったのである。卒後6年から12年、その地域に拘束されるということの重みがわかるわけがない。当然学年が進むに連れ、様々な理由で離脱を考える人は出てくる。例えば、その地域の出身者でない場合、入学して学ぶうちに卒業してからの長期の拘束されることの不自由さを感じるであろうし、行きたい専門領域が見つかれば、専門性を高めたいために、別の地域の医療機関で研修したい希望も出る。また、主に女性では、結婚相手次第で他の地域へ行く可能性も高くなる。妊娠や子育てに際して親元近くに行きたい希望も当然でる。働き方、いや働かせ方改革の出来ていない医療界では、女性は学びながら、結婚相手を見つける困難さに始まり、妊活、保活、子育て全般、男性医師に比べても困難な道が待ち受けているのである。それは女性医師の非婚率を見ればわかるが、こういった調査さえ、医療界は十分にしてこなかった。今は男性医師も同様に子育てや親の介護等の問題を抱える。
1000万円以上の奨学金を一括返済できる人も限られてくる。10%程度の高利が付いてくる地域もあるのだ。それでも、数年前までは、奨学金を一括返済すれば、離脱は認められていたのである。ところが近年は、奨学金の貸与は県との契約であり、地域枠の離脱が認められる理由にはならない、という詭弁を弄し、どこの地域枠も奨学金を返済しても離脱を認めなくなってしまった。かつて看護学校の事例で、奨学金の貸与を理由にお礼奉公を強要するのは法的には認められないという判例が出ていたが、医学部の場合、法的根拠に基づいたものではなく、「道義的責任」のために5年から12年の長きにわたり、拘束されるのである。
Vol.133 医療界と厚労省は若手医師を解放せよ ~医学部地域枠から専門医制度まで、ここまでくるともはや人権侵害~ http://medg.jp/mt/?p=9133
特定の病院で就業することを強制することは、憲法22条で認められている職業選択の自由に違反している。
義務年限を終了しなければ、奨学金の一括返還を要求することは労基法16条「使用者は, 労働契約の不履行について違約金を定め、 又は損害賠償額を予定する契約をしてはならない」 に違反している。
長期の拘束は「3年を超える労働契約は締結してはならない」とする労働基準法14条に違反している。
そして、離脱を申し出た医学生や研修医を大勢の教授や県の担当者が囲んで圧迫面接をしているが、これはパワハラ、アカハラ、マタハラなどのハラスメントに相当する。
更に、2017年に改定されたWMA(世界医師会)のジュネーブ宣言では、医の倫理に「I will attend to my own health, well-being, and abilities in order to provide care of the highest standard. 」(私は最高水準の医療を提供するために自身の身体的、精神的健康、および診療能力に注意を払う)ことが追加された。若手の医師たちに希望を与えず、むやみに長期間拘束することは、医の倫理にも反するのである。
離脱を認める、認めないという点が担当者の胸先三寸で、極めて恣意的に行われており、基準を示すべきだという訴えに、厚労省が2020年に離脱を認められる例を明らかにした。
以下の10項目である。
1家族の介護
2体調不良
3結婚
4他の都道府県での就労希望
5指定された診療科以外の診療科への変更
6留年
7国家試験不合格
8退学
9死亡
10国家試験不合格後に医師になることをあきらめる場合
医療従事者の需給に関する検討会 第35回 医師需給分科会
https://www.mhlw.go.jp/content/10800000/000665193.pdf
通常使えそうな項目は3、4、5辺りであろうが、これらに該当してもなかなか認めない。
島根県などは、これを元に更に厳しいルールを策定しており、「国家試験不合格、退学、死亡、回復の見込めない心身の障害以外離脱は認めない」という最強(?)人権無視ローカルルールを策定中である。
そもそも、これを現在の地域枠生、研修医に適応させるのは、法の不遡及の原則に反するのだが。いやはや、医師の働き方改革でも指摘されている医療界の遵法精神のなさがここでも露呈している。これを許している厚労省も同罪である。
世界はどうか。
オーストラリアの地域枠では、近年18年の間に3年間の義務を果たせばいいという制度に変わったそうだ。働く地域も政府が医師不足と認定する地域ならどこを選んでもいいそうで、パートタイムでの働き方も許され、選択肢が多い。そして大事な点は、医学部や医師会は医学生や研修医の将来を閉ざさないようにサポートしているということである。https://www1.health.gov.au/…/reformed-bonded-programs
他国も同様である。地域枠の縛りはあってもせいぜい4年。様々なサポートをしながら彼らがキャリアを積んでいけるように創意工夫しているのである。
翻って、今日本の医療界の管理者たちがやっていることは、一地方に強制的に若い医師を縛り付ける、つまり医師不足の責任を個人に転化する極めて不寛容な制度の押し付けである。更にそれに従わなければ生涯専門医にもなれないらしい。そこには、当事者の人生に対するリスペクトがない。貴重な医師の能力を最大限活かそうという発想もない。他の先進国の医師達が聞いたら耳を疑うであろう。こんな恥ずべき制度を存続させてはいけないということを、どんなに忙しくとも、現場の医師達も認識していただきたい。
それにしても、これらを決めている意思決定組織に属する医療界の重鎮達も「老兵は死なず、ただ消え去るのみ」の心境になってくれないものか。時代は急速に変わりつつあり、あなた方の考え方では医療界は生まれ変われないのだ。