医療ガバナンス学会 (2021年8月25日 06:00)
都内感染症指定医療機関勤務 内科医
2021年8月25日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
「不要不急」という言葉が正確な定義を持たずに独り歩きし、再開の目処が立たないまま癌や心臓弁膜症などの予定手術が次々と延期になった。集中治療室は重症コロナ肺炎患者で病床の全てが埋め尽くされている。一般病床では通常では考えられない量の高流量酸素を鼻から吸入する治療が施され、その際にガスが配管から流れ出る時に特有の凄まじい音が多くの病室から聞こえる状況が続く。これら一般病床で診療を受ける全ての患者は中等症に分類される。このうち、ほとんどは改善し一定期間の入院を経て退院するが、一部はより重症化する。重症化しても集中治療室が空かないため一般病棟で安全に提供できる限度を超えた治療を綱渡りのように一般病棟で施されながら、改善もしくは集中治療室に空床が出るのを待つしかない。本来提供されるべき治療・患者管理の繊細さや安全性を犠牲にしてより多くの患者数を診療することを求められているのである。
院外からの患者の収容依頼もひっきりなしだ。救急隊、都の入院調整本部、自宅療養者の健康観察をする保健所、療養ホテルなどから、連日数十件に及ぶ収容の要請が入る。救急外来では鳴り止まない収容要請もむなしく、コロナ、非コロナ関わらず収容できる救急車は平時と比較して激減した。三次救急には1日50件ほどの要請があり、収容できる救急車はわずか10数台、都内の他の病院では三次救急の収容を中止した病院もある。
私が勤務する病院でも、心不全や心筋梗塞など一刻を争う疾患の多い循環器救急疾患の収容は部分的に無期限中止が決まっている。重症心疾患、高度熱傷、多発外傷、院外心肺停止などの三次救急に選定される症例や緊急母体搬送など産婦人科救急症例など自施設でしか受け入れることができない救急疾患も多い。搬送先が数時間も決まらず救急車内で容態が悪くなる患者、他院で入院治療中に病状が悪化し多臓器不全に陥り高度医療機関での治療が必要だが、近隣のどこの高度医療機関でも収容できず、そのままその病院でお亡くなりになる患者もいる。
現在東京ではコロナはもとより、コロナを否定できない症状(発熱や呼吸困難など)を呈する救急患者の受け入れ先が枯渇している。要請された救急隊や、その救急車の受入れ先としての役割を担う医療機関の現場ではまさに災害時と同じ事が起きている。
感染症科の医師、重症者の治療にあたる救急集中治療部の医師など感染症診療に尽力してきた医師や実際に患者のケアを行う看護師やその他の全ての職種で、最前線で戦い続けてきた医療スタッフが受け続けてきた精神的肉体的なストレスは計り知れない。先日他院でコロナ診療の最前線、しかもその病院の集中治療室で勤務する貴重な戦力である私の友人医師の一人が退職した。体調を崩したことと、家族との時間を多く取りたいことが理由だ。医師の育成過程や集中治療医の稀少さを少しでも知る方なら、この医師がどれほど貴重な戦力だったか、その医師の退職により現場に残された医師の肉体的負担、精神的負担どれほど増えるか、簡単にご理解頂けるだろう。その病院は重症患者の収容可能数が激減した。
先日報道で、ある自治体の首長が「医療崩壊が起きつつある」とずいぶん呑気な表現していたが、平時と同じ医療が受けられないことを医療崩壊と定義するなら、かなり以前より医療現場の体制は崩壊している。すでに助けることのできた命が助からなかったというような例が同時多発的に全国で発生している。感染者数を抑制し現状を好転させるための大胆な一手を政治や行政には期待したい。
まずは何よりも感染者数の抑制が第一であり、ワクチン接種の多くの世代への普及や、外来で投与可能な抗ウイルス薬などの治療薬の開発が事態の収拾に直結することは明白である。
まだまだ低いワクチン接種率を考えると強力な人流の制限も今の日本には必要だと思われる。ワクチン効果の減弱や3回目以降の接種の必要性など議論する点が多いのも事実だが、少なくとも2回ワクチンを接種した人で重症化する患者は極めて稀である。感染しないことが一番良いが、重症化を予防できるだけでも医療逼迫はかなり改善するだろう。以前よりも死者が減っているのは高齢者にワクチン接種が進み、死亡者の大半を占めていた高齢者が重症化することがなくなってきたからである。ワクチンの普及前は、老人介護施設などの施設でクラスターが発生した時にまとまって死亡症例が発生したが、現在はそれらの施設入所者や職員に優先的にワクチンが普及したこともあり、施設クラスターからの死亡症例も激減した。
若年者の重症化率は高齢者に比較して低いが、全体の感染者数が桁違いに多いため重症化する総患者数は増えている。高齢者が重症化した場合、もともとの体力がないため残念だが比較的早くお亡くなりになることが多かった。しかし体力のある若年者の重症化症例は、過酷な治療に耐え後遺症を残しながらもなんとか改善することが多い。1人の重症患者が病床を占有する期間が長くなるため、死亡者数が少ないにもかかわらず医療を逼迫させている状況なのだ。リスク因子のない若年の重症コロナ肺炎患者が2週間以上の気管挿管、VV-ECMOによる超重症管理を受けて、それらをなんとか乗り切りリハビリを経て自宅退院もしくはさらなる療養のために他の医療機関へ転院するまで4週間以上も病床を埋めることも珍しくない。ある日の入院患者約80人の内訳を見てみると、集中治療室に入っている重症患者14人は全てワクチン未接種、残りの中等症入院患者の内、ワクチン2回接種済みの患者はわずか2人で、その2人も速やかに快方に向かった。いかに重症化予防につながるかがお分かり頂けると思う。
現在当院で用いている治療薬は主にステロイドとレムデシビルである。ステロイドは内服処方も可能だが、ウイルスが体内で猛威を振るっている感染初期にはレムデシビルという抗ウイルス薬を併用する。レムデシビルは点滴製剤しかなく入院でないと使えない治療法になるが、この2剤の組み合わせにより奏効する症例は多い。軽症患者で血液透析患者などのハイリスク群に対しては抗体カクテルも投与されるが、免疫応答が強く出ることもあり、こちらも入院でしか用いる事ができない。また、軽症患者の重症化予防のために使用するための薬剤であり、基本的に中等症以上の患者を診療している自施設では投与患者が多くないのが現状である。今後、有効な内服の抗ウイルス薬が開発されれば、ステロイドと同時に処方することで外来診療が可能になり、大きな転換点になると期待される。集中治療領域でもいかに肺を保護しながら人工呼吸器での治療を行うかや、免疫抑制剤の効果的な投与方法についてなどのエビデンスが集積されつつある。
一方で、医療の供給体制にも改善点が残されているのも確かである。いまだに、都内の大学病院や市中中核病院でさえも、感染者をほとんど診療していない医療機関が少なくない。各医療機関が公表している収容可能患者数(それ応じて病院には税金から補助金がつけられている)と実際に診療している患者数が大きく乖離している医療機関も少なくないが、この資料はなかなか公表されない。さまざまな力が働いているのだろう。それらの医療機関がコロナ診療をいまより少しでも積極的に行い、補助金がついている分の収容可能患者数に少しでも近づける事で、自宅療養を強いられる重症患者の数が減り、一部の病院に重症患者が集中し溢れることが減るはずである。
また、コロナ患者を多く診療している病院の中でも、実際にコロナ診療をしているのはフットワークの軽いコミュニケーション能力に長けた内科、集中治療科、感染症科などを中心に若手から中堅の一握りの志のある医師達が大部分である。一方で、コロナ診療にほとんど携わらない医師もいる。専門分野が異なるため全ての医師が重症コロナ患者の診療が可能かと言えばそうでもないが、例えば中等症患者の経過観察や、重症患者の診療のサポートなど、できる事はいくらでもある。コロナ診療の現場から離れたところで偉そうにしてないで、自分達にできる事を探して能動的にコロナ診療に協力するべきだろう。今が災害時だというならばなおさらである。コロナ診療に携わる医療従事者が少なくて困っているというのに、時給が良く業務内容も楽な種々のワクチン接種業務の求人には医療従事者の応募が殺到し、オリンピックにボランティアで参加する医療従事者も数百人に上った。これらを悪いと言うつもりは全くないが、これらの楽で割のよい業務に集まる医療従事者が大勢いたことも事実だ。この内の一握りでも、今以上にコロナ診療に目を向けて個々人にできることを今より少しでも協力してくれさえすれば、今の状況も少しは改善されるに違いない。
補助金やその他の医療資源を最適に配置することは各医療機関にとっても、政治や行政にとっても急務である。すでに現場で奮闘している医療従事者の士気を向上させ、医療資源をさらに適切に配分するためには現場の実情が正確に把握され問題点が認識される必要がある。
新型コロナ感染症の世界的な感染爆発から2年が過ぎようとしている。医療現場での状況は悪くなる一方だが、治療法や感染防御の方法など確立されてきている点も多い。画期的なワクチンも開発された。ワクチンの普及と著効する治療薬の開発にコロナ禍終焉への一縷の望みを抱き、なによりも自分とその家族を最大限守りつつ、現実を直視して日々の診療に当たることしか、私達現場の医療従事者にはできない。現場の状況とそこで働く医療従事者の感じている苦悩や問題点を共有できればと思う。