最新記事一覧

臨時 vol 4 医療安全管理

医療ガバナンス学会 (2004年7月16日 14:23)


■ 関連タグ

町田市民病院外科に勤務するかたわら東京医科歯科大学大学院医療経済学非常
勤講師として、安全管理と医療の質の評価の研究に取り組んでおられる村井隆三
先生よりご寄稿いただきました。村井先生の書かれた日本医療企画(株)より発
行されている「行動目標達成のための安全管理ポイント60」(1500円)は
臨床研修医とコメディカル向けに「安全管理」と「リスクマネジメント」をわか
りやすく実戦的にまとめたものであり、この度は、その一部をご紹介して頂きま
した。

========================================================================
医療安全管理
========================================================================

質問 わが国における医療事故による年間推定死亡患者数は次のうちどれですか?
①約300人  ②約3000人 ③約30000人

答えは③約30000人である。

米国医療の質委員会/医学研究所「人は誰でも間違える」によれば、米国のコ
ロラド州・ユタ州で行われた診療録の調査とニューヨーク州で行われた調査にお
いて、入院患者の2.9%、3.7%が何らかの被害に遭遇していた。コロラド
州・ユタ州では、そのうち8.8%が死にいたり、ニューヨーク州では13.6
%が死亡した。両方の調査とも有害事象の半分以上には、医療ミスが関与してお
り、防ぎうるものであったことを明らかにしている。
コロラド州・ユタ州の調査結果を、1997年の全国入院患者数3360万人
余にあてはめると、少なくとも毎年4万4000人の米国人が医療過誤でなくな
り、ニューヨーク州の例を当てはめると9万8000人という高い数字が出てく
る。
日本の人口は、米国のおよそ半分であるから、これらの数字の半分となると、
およそ3万人と予想される。
わが国における2003年の交通事故の死亡者数が7702人であるから、お
よそ4倍の患者が医療行為に関連して死亡していることになる。
2001年の統計では、日本の病院数は9239、一般診療所は94019、
歯科診療所は64297であるから、それぞれの死亡事故発生を、100対10
対1と仮定すると、病院全体でおよそ27000人、1病院あたりおよそ3件の
死亡事故が発生していることとなる。信じられない数字であろうか。残念ながら
これが現実であろう。
厚生労働省の統計によれば、2002年の医師数は252687人で、このう
ち病院(教育機関附属病院を含む)に勤務する医師は、159131人である。
単純に病院における年間推定死亡患者数27000人で除すると、5.89であ
る。病院に勤務する医師は、およそ6年に1回、死亡事故に関わることとなる。
みなさんが、このような死亡事故に遭遇しないことを祈るばかりであるが、いつ
かは必ず遭遇するものと考え、日頃から万全の対策を立てておかれるように希望
する。といっても臨床研修を始めたばかりの医師やコメディカルスタッフに、事
故防止対策をたてろといっても無理であることは明らかである。日頃から、「人
間は間違いをおかすものである」「自分も例外ではない」ことを十分に自覚して、
十分な確認作業を行いながら、医療行為を行うように心がけていただきたい。ま
た緊急時を除き、自分の技量で無理であると思われる医療行為を、決して単独で
行わないことである。そして「みてみぬふりをしない」ことが重要である。自分
がおかしいと思ったこと、改善すべきと思ったことは、遠慮せずに発言していた
だきたい。現場の勇気ある発言が、現状の改善につながっていくのである。

【リスクマネジメントと安全管理】
リスクマネジメントとは病院運営そのものであるといって過言ではない。リス
クマネジメントが関与しない病院運営の分野など存在しないといえるであろう。
リスクマネジメントとは、そもそも欧米の企業において、事故や訴訟から組織
の損害をいかに小さくとどめ、生き残っていくかという考え方である。
アメリカの病院では、リスクマネジメントというと、患者さんの安全管理ばか
りでなく、財政的なリスク、日々の運営におけるコンプライアンス(法律遵守)、
リスクの緩和に責任を持ち、診療上の過誤のみならず、盗難、犯罪、従業員の障
害、労働災害、営業を妨害するもの、地震、火事、停電などの天災から人災、従
業員の不満までを対象している場合もある。
昨今の新聞などの報道をみても、○○自動車、○○ハム、○○乳業など不正な
取引を行った有名な大企業が存亡の危機に立ち、医療事故や院内感染事故を起こ
した病院が存亡の危機に立ったり、あるいは特定機能病院が指定を取り消され大
幅な減収に苦しんでいる姿をみれば、確かにリスクマネジメントとは本来的には
組織の生き残りのための必須のマネジメントと考えるべきであろう。
一方、日本の医療機関では、患者の安全あるいは医療事故防止対策として、こ
の言葉が普及してきた。広義のリスクマネジメントとしては、「事故防止対策ー
安全管理」「事故発生時の対応」「紛争対策・処理」「患者相談窓口業務」など
を含む。このうちの「安全管理」が、狭義のリスクマネジメントである。つまり
「安全管理」とは、リスクマネジメントのうちの、事故防止のための組織的な取
り組みと定義することができる。
医療におけるリスクマネジメントは誰のために存在するのであろうか。第一に
患者さんのため、第二に医療従事者一人一人のため、そして第三に組織のためで
あろう。
「安全管理」にとってもっとも重要なことは、病院トップの医療事故防止=安
全管理に対する真摯な取り組みである。リスクマネジメントには、病院トップの
ゆるぎない事故防止への信念と強力なリーダーシップが絶対的に必要であること
を強調したい。事故が起きても良いと考えている病院トップはいないであろうが、
どこまで真剣にリスクマネジメントに取り組んでいるかといえば、かなりの温度
差が存在するように感じられる。読者の勤務する医療機関ではいかがであろうか。
漫然とした事故防止対策に終わっていないであろうか。かけ声だけの安全管理に
なっていないであろうか。
わが国のリスクマネジメントの歴史は、部門毎にまさに「気合で乗り切ってき
た」ように思われる。ミスや事故があれば、「間違えたあなたが悪い」「あなた
が不注意だから事故を起こした」と当事者が責められ、ナースステーションの陰
で、泣いている看護師をよく見かけたものである。日本の医療の現場はまさに
「経験と勘と度胸(KKD)」の世界であった。
しかし、発生したインシデント・アクシデントをよくよく分析してみれば、こ
れらの事例の陰に、多くの業務手順における問題点、組織運営上のシステムエラー
が存在していたことが明らかとなっている。つまり、従来の病院管理職は、業務
遂行上の矛盾や問題点、指導の不備などの自分たちが追うべき責務を、インシデ
ント・アクシデントを起こした当事者に責任転嫁をしていたと言えるであろう。
もちろん医療に関わる一人一人が、十分に注意深くあるべきであることは異論
がない。そして一人一人の細心の注意と事故防止への真剣な取り組みが、必ずや
大きな成果を生むことも間違いない事実である。しかし「人は誰でも間違える」
のである。個人の注意力に頼るのでなく、そこに組織的な医療事故防止への取り
組みがなかったとしたら、一人一人の努力の成果は限られたものとなることであ
ろう。医療事故防止対策は、一人一人の注意力やチームで相互に注意しあうとい
う「エラー・トレランス」な対応から、エラー自体を発生しにくくするという
「エラー・レジスタンス」な対応に、進化して行かなくてはならない。従来の気
合いで乗り切る精神論的アプローチは、まさに「エラー・トレランス」なアプロー
チである。
私が、多くのインシデント・アクシデントの集計・分析を行った結果得た結論
は、どのようなインシデント・アクシデントであろうと、その背景には必ずや、
組織運営上のシステムエラーやマニュアルの不備や業務遂行上の手順に問題点が
存在するという事実である。個人の不注意のみから引き起こされる事故というも
のは極めてまれであるという事実であった。

【万が一事故に遭遇したときー報告・連絡・相談(ほう・れん・そう)】
もしも、みなさんがアクシデントあるいはインシデントに遭遇した場合は、と
にかく「ほうれんそう(報告・連絡・相談)」である。研修医やレジデントの皆
さんは、救急処置以外は、決して自分一人の判断で行動や発言をしてはならない。
すぐに上司に報告し、指示を仰ぐべきである。
最優先すべきは、患者の安全を確保することである。冷静にできることから、
すみやかに指示をだし、行動に移るべきである。上司や同僚がいなければ、他の
科の医師でもよいから応援を依頼するべきである。
1人よりも2人・3人の方が、はるかに多様かつ十分な対応ができるし、自分
も冷静になれるものである。
例え、死亡事故だとしても、警察への届け出は、24時間以内でよいのである。
院内の安全管理対策委員会で、十分に対応を検討してから、異状死としての警察
への届け出をふくめて行動を起こすべきである。
どうしても自分一人で対応しなければならない場合は、ありのままに状況を説
明し急変したことを告げなければならない。この場合は、できる限りの手をつく
していることを説明する。心肺蘇生は、少なくとも30分から1時間は行うべき
である。
そして、忘れてはならないことは、時系列にそった記録である。看護師が複数
いれば、一人は記録係とする。新人ナースがいれば、新人を記録係とするのもい
いであろう。
事態が落ち着いたら、モニター類の時計のチェックをしたい。モニター類の内
蔵されている時計は、記録係の時計とは微妙にずれているものである。5分くら
いずれていることはまれではない。このズレは将来証拠となったときに問題とな
るかもしれない。
医療訴訟をおこす患者家族の気持ちは、金銭的な補償を求める気持ちよりも、
真実を知りたい、病院側に責任を認めさせ謝罪させたいという気持ちが強いよう
である。
説明は、”Honesty is the best policy”の考え方で、嘘をつかず誠実にありの
ままを説明するべきである。責任逃れと思われるような発言は、反感を買うだけ
かもしれない。私は説明するときには、患者さんやその家族にカルテそのものを
見せながら、記載されていることを説明し補足している。このようにカルテを明
示すれば、無用なカルテ開示や証拠保全を避けることができる。患者さんやその
家族は、見せてもらえないから、何が書いてあるのか知りたくなる。実際には、
カルテ開示をしても、カルテの内容を患者さんやその家族が理解することは至難
の業である。読むことすらできない場合もあるだろう。であるとするならば、こ
ちらから積極的にカルテの内容を、示しながらその内容と、臨床経過を説明する
ことは、信頼感を築くためにも重要なことである。もちろん大前提として、患者
さんやその家族に見せられないようなことが書いてあってはならない。
謝罪をする場合は、事故のどの部分に過失があり、どの部分が不可抗力である
のかを、十分に説明し、過失があった部分を明らかにした上で謝罪をするべきで
ある。死亡事故の場合は、心をこめたお悔やみのことばを述べるべきである。
手術後に患者さんが死亡されるようなケースでは、家族の悲しみと混乱は想像
を絶するものがあるだろう。一方手術を担当した術者や担当医、看護師をはじめ
とするコメディカルスタッフにとっても悲しむべき、つらいことである。この悲
しみとつらさを、家族にも表現してはいかがであろうか? このような手術後の
死亡例の場合、私は「私たちの病院を選択していただき、手術を担当させて頂い
たのに、このような結果となり、大変申し訳ありません。」と頭を下げるように
している。診療上ミスがなかったとしても、大変申し訳ないという率直な自分の
気持ちを表すことは大事なことであると考えている。ミスがない場合は、謝るべ
きではないという考え方もあるが、ミスがあろうとなかろうと自分の担当した患
者さんが亡くなられるのは悲しいものである。ならばその悲しみをストレートに
表現したい。患者さんとは信頼関係が成立していても、家族とは1回くらいしか
面談していないというような事態はよくあることである。あるいは、術前に一度
も面談していない家族の方がキーパーソンとなるようなこともまれではない。こ
のような場合、患者さんの死亡後あるいは経過が思わしくないという困難な時期
に、信頼関係を築かなくてはならないのである。このような場合、自分たちの
「悲しみ」を表現し、それに対する「申し訳ない」と思う真摯な姿勢を表すこと
は、信頼を醸成してうえで、役立つものであると考えている。

【「うつ状態」から離脱するために】
文部科学省研究班の調査(筑波大学臨床医学系前野哲博助教授)によれば、2
003年度の臨床研修医のアンケート調査で、初期研修医の約4割が抑うつ状態
に陥っており、初期研修医になってから抑うつ状態に陥ったものは、約25%と
報告している。そして、抑うつ状態となった研修医では、診療への影響が少なか
らずあることが明らかとなっている。
臨床研修医のみなさんが、医師免許を手にされて研修を開始すれば、想像を絶
するストレスの中に放り込まれる。ここまで述べてきたような安全管理上の問題
に注意することはもとより、病んだ患者を目の前にして、いきなり医師としての
対応を迫られる、そのストレスたるや大変なものである。見方を変えれば、それ
だからこそ、やりがいと生きがいになるのである。しかし研修開始当初は、スト
レスとして襲いかかってくるのである。
根本的な解決策は、残念ながら存在しないだろう。これは乗り越えなければな
らない試練である。そのような中で「うつ状態」となるのもやむを得ないかもし
れない。できることならば、少しでも軽くかつ、少しでも早く「うつ状態」から
離脱したい。そのためには、やはり気分転換と休息である。病院によって休息の
とれる時間は様々であろうが、少なくとも1週間のうち、半日以上完全に病院を
離れるべきだと考える。当直でないときは、6時間以上の睡眠をとるように心が
けよう。
気分転換の方法は、人により様々であろう。趣味の世界にはいるのもいいし、
おいしいものを食べにいったり、楽しいお酒を飲んだり、旧友や同僚と愚痴をいっ
たり、おしゃべりをするのもいいだろう。とにかく病院を離れ、リラックスする
ことである。
そして、一人で抱え込まないことである。困ったこと、わからないこと、何で
もいいから先輩や責任ある立場の上司に相談しよう。ストレスの海の中で溺れか
けているのはあなただけではない。臨床研修医はもちろん新人のコメディカルス
タッフも同じように悩んでいるはずである。悩みを共有するだけでも負担が軽く
なるものである。
米国ニューヨーク州では、研修医の労働条件を、週80時間以内、連続した勤
務は24時間以内、勤務と勤務の間には10時間以上の休息をとることを定めて
いる。
日本の臨床研修医やレジデントたちの勤務条件は様々と思われるが、ニューヨー
ク州の規定は、一つの参考になるであろう。
研修医を指導する側のマネジメントとしては、前野哲博氏は、
1.研修医に主体性を持たせる指導方法を採用
2.支援を得やすくするための心構えを指導する研修医対象のセミナーを開催
3.上級医師を対象としたコーチングのセミナー開催
の3点を提案されている。
参考文献
村井隆三:行動目標達成のための安全管理ポイント60.日本医療企画,2004
田中まゆみ:ハーバードの医師づくり.医学書院,2002
研修医の4分の1が初期研修直後に抑うつ状態.ばんぶう 2004年6月号
米国医療の質委員会/医学研究所:人は誰でも間違える.日本評論社,2000
厚生労働省:医療の安全確保のための対策事例,2001

MRIC Global

お知らせ

 配信をご希望の方はこちらのフォームに必要事項を記入して登録してください。

 MRICでは配信するメールマガジンへの医療に関わる記事の投稿を歓迎しております。
 投稿をご検討の方は「お問い合わせ」よりご連絡をお願いします。

関連タグ

月別アーカイブ

▲ページトップへ