医療ガバナンス学会 (2021年10月8日 06:00)
この原稿は月刊集中10月末日発売号(11月号)に掲載予定です。
井上法律事務所 弁護士
井上清成
2021年10月8日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
2.「臨時の医療施設」の位置付け
新型インフル対策特措法は、その第31条の2第1項に「臨時の医療施設」の定めを設けた。「都道府県知事は、当該都道府県の区域内において病院その他の医療機関が不足し、医療の提供に支障が生ずると認める場合には、その都道府県行動計画で定めるところにより、患者等に対する医療の提供を行うための施設(「医療施設」という。)であって都道府県知事が臨時に開設するもの(「臨時の医療施設」という。)において医療を提供しなければならない。」というものである。この規定は、令和3年2月の法改正によって、それまでは「緊急事態宣言」中にしか開設・維持・運営ができなかったものが、「政府対策本部」が設置されている期間中は何時でも開設・維持・運営ができるように変更されただけであり、それ以外の内容は変わっていない。
解説書(新型インフルエンザ等対策研究会編集「逐条解説 新型インフルエンザ等対策特別措置法」中央法規、平成25年12月発行)181頁によれば、「住民が新型インフルエンザ等に罹患し医療を必要とする状態にあるにもかかわらず、病院等の許容量を超えているため通院できない住民等に対し、応急的な医療を提供し、その保護を図る施設」であると定義されている。その趣旨は、「こうした事態に的確に対応すべく、特定都道府県の区域内において病院その他の医療機関が不足し、医療の提供に支障が生ずると認める場合には、比較的広域的な性格を有する都道府県知事に対し、臨時の医療施設において医療を提供する責務を有することを規定するものである」と明言した。
つまり、難しい要件を課することもなく、単に「不足し」「支障が生ず」れば、臨時の医療施設を開設「しなければならない」と明記されているのである。
3.一般病院のコロナ病床との優先劣後
従来、厚労省は「臨時の医療施設における医療の提供」に関しては、法の趣旨をストレートには受け入れずに、かなり消極的であった。
たとえば、厚労省対策推進本部ほか厚労省各課が連名で令和3年2月15日に発出した事務連絡(新型インフルエンザ等対策特別措置法の改正を踏まえた臨時の医療施設における医療の提供等に当たっての留意事項について)には、当時の法解釈・運用の姿勢がよく現れている。冒頭の「1.医療法等に規定する医療機関に適用される義務等の取扱いについて」の(1)では、「確保病床を最大限活用し、仮設の診療所や病棟の設置、非稼働病床の利用の取組を推進するとともに、それでもなお病床が不足すると見込まれる場合には、法第31条の2に基づく臨時の医療施設の開設についてその活用を十分に考慮すること」と述べるに留まった。
優先すべきは「仮設の診療所や病棟の設置、非稼働病床の利用」の取り組みであり、「それでもなお病床が不足すると見込まれる場合」に初めて、「臨時の医療施設の開設についてその活用」を「考慮する」ことを始めようというのである。甚だ消極的と言ってよい。
しかも、臨時の施設にしては、余りにも厳重な規制までもしようとしていた。同(1)には、さらに一層念入りに、「ただし、臨時の医療施設において適切かつ安全に医療が提供されるようにすることが必要であることを踏まえ、管理責任体制を明確にする(可能な限り管理者を置く、施設内で従事した者に係る記録の保管等)とともに、診察時の感染予防策を徹底すること等により施設内の感染拡大防止を図る必要があること」として、要件を加重していたのである。そして、同(6)では、「管理者を置く場合」には「医療事故調査制度(医療法第6条の10、11)」さえも適用して、厳格に規制しようとしていた。
つまり、従来は、一般病院におけるコロナ病床の確保を明らかに優先させていたのである。そして、それでも不足な場合に限って「臨時の医療施設」をやっと開設できるに留めようとしていたのであった。当時の「臨時の医療施設」は、本来の「機動性や早期治療」とはほど遠い状況であったとも評しえよう。
4.第5波での教訓に基づく改善
ところが、「今夏の感染拡大を踏まえ」、一転して「臨時の医療施設」の取扱いが積極的になった。令和3年8月25日付けの事務連絡(現下の感染急拡大を踏まえた臨時の医療施設の設置の推進について)では、「積極的かつ速やかな検討を行っていただくようお願いします」と姿勢を変化させ、神奈川県・千葉県・東京都の先進的施設をモデルとして具体的に列挙するに至っている。遂には、令和3年9月14日付けの事務連絡(今後の新型コロナウイルス感染症の感染拡大に備えた医療提供体制の構築に関する基本的な考え方について)では、「病床確保及び臨時の医療施設・入院待機施設の整備」の項目において、「臨時の医療施設」の位置付けを多岐にわたって拡張させた。「感染の拡大過程において、確保病床の即応化を進めるまでの調整弁としての機能」、「自宅・宿泊療養者の急変時の対応や入院調整を考慮する際に一定期間の症状の確認や必要な医療介入を行う施設として活用」、「平時から、一般医療への影響や、コロナ患者受入医療機関の負荷を軽減するために活用」、「重症化を防止するため、酸素投与を要しない軽症・中等症者に対して中和抗体薬の投与を行う」など、様々な意義を掲げて、「中期的な備えとしての活用も念頭に、地域の実情に応じ計画的な確保を進めることが重要」だと強調したのである。
まさに、これらのことが実現されれば、本来の「機動性や早期治療」が可能となるであろう。したがって、都道府県知事としては、強権発動によって一般病院のコロナ病床確保を指向するのではなく、都道府県自らが臨時のものとは言え、自らでコロナ病床を増やすことを目指していくべきなのである。
5.国自らもコロナ病床の増床を
以上は、都道府県と一般病院との関係について、その優先順位を述べてきたが、国と一般病院(特に民間病院)との関係も同様に考えなければならない。やはり国としても、強権発動によって民間病院のコロナ病床確保を指向するのではなく、まずは国自らがその傘下にある独立行政法人に命令して、コロナ病床を増やすことを目指すべきなのである。現に、独立行政法人地域医療機能推進機構法(いわゆるJCHOの設置根拠法)第21条第1項や独立行政法人国立病院機構法(いわゆる国病の設置根拠法)第21条第1項などで、「厚生労働大臣は、災害が発生し、若しくはまさに発生しようとしている事態又は公衆衛生上重大な危害が生じ、若しくは生じるおそれがある緊急の事態に対処するため必要があると認めるときは、機構に対し、」「(JCHOでは)病院の設置及び運営業務に関し必要な措置をとることを求めることができる」し、「(国病では)医療の提供業務のうち必要な業務の実施を求めることができる」とされているのであった。
つまり、民間病院に強権を発動するのではなく、まずは国自らが独立行政法人などを使ってコロナ病床の確保をすべきなのである。
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