医療ガバナンス学会 (2021年10月11日 06:00)
この原稿は市民のためのがん治療の会 がん治療の今からの転載です。
http://www.com-info.org/medical.php?ima_20210928_ozaki
常磐病院乳腺外科、南相馬市立総合病院地域医療研究センター
尾崎章彦
2021年10月11日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
また、新型コロナウイルス流行によるがん診療への影響は、がん検診にとどまりません。 筆者は乳腺外科医として、日々乳がん診療に携わっていますが、感染を懸念して、医療機関受診を忌避するような患者さんも散見されています。 例えば、ある乳がん患者は、コロナ禍で、乳房のしこりを自覚後、1年以上医療機関を受診せず、2021年4月にはじめて受診、ステージⅣで診断されました。 患者さんに話を伺うと、「できるだけ外出を控えるようにした。」「コロナ禍で友人にも会えず、誰にも相談できなかった。」と胸の内を語ってくださいました。
平時でも、症状を自覚した乳がん患者の一部は初回医療機関受診を遅らせることが知られているのですが、コロナ禍のように、災害やクライシスなど過分な負荷がかかる状況においては、その傾向が顕著となる可能性があります。
当然、これらの現象は、がん診断時の病期やその後の予後影響を及ぼす可能性があります。 しかし、新型コロナウイルス流行の終息の見通しが立たない中、例えば、症状を伴う乳がん患者のどの程度が初回医療機関受診を遅らせたか、 また、そのような受診の遅れが、乳がんの診断病期にどのような影響を及ぼしたかについてかという点については、まだ評価が進んでいません。
そのような中でヒントとなりうるのが、2011年に発災した東日本大震災と福島第一原子力事故の経験です。 筆者は、2011年の震災の影響を強く受けた福島県浜通り地方において、継続的に、地域の乳がん患者の健康影響を調査してきました。 そのうち、本稿においては、震災後、症状を伴って医療機関を受診する乳がん患者のうち、どの程度の方々において初回医療機関の受診が遅れたかという点について調べ、 2017年にBMC Cancerに掲載された論文、また、受診の遅れがどの程度診断病期に影響したかという点について調査し、2021年8月にMedicineに掲載された論文について、その内容をご紹介します。
まず2017年に発表された論文においては、筆者らは、2005年から2016年まで、南相馬市の中心的な医療機関であった南相馬市立総合病院と渡辺病院に受診し、乳がんと診断された女性を対象に調査を行い、 医療機関を受診してから初めて医療機関を受診するまでの期間が遅れる乳がん患者の割合が増加したことを示しました。 症状自覚から医療機関受診までに3ヶ月以上、12ヶ月以上要する乳がん患者の割合は、震災前の18.0%、4.1%から震災後5年間で29.9%、18.6%にそれぞれ上昇していました。
また、注目すべき結果は、震災後に受診が遅れた乳がん患者において、子どもとの同居が少ない傾向にあったことです。 これは、平均年齢が60歳を超える現地の乳がん患者において、子どもからのサポートが、医療機関受診において重要な役割を示していた可能性を示しています。
そのような文脈において、2021年に発表された論文においては、これらの乳がん患者において、医療機関受診の遅れが、進行期でのがん診断と関連しているか評価しました。 症状近くから初回医療機関受診までの期間(3カ月未満、3~12カ月、12カ月以上)に応じて、進行期での診断(ステージIIIまたはIV)の割合を推定しました。
その結果、進行期で診断された患者の割合は、 初回医療機関受診までの期間が3ヵ月未満の患者において10.3%(7/68)、3~12ヵ月の患者において18.2%(2/11)、12ヵ月以上の患者において66.7%(12/18)であり、患者背景を調整した場合においても同様の結果が得られました。
http://expres.umin.jp/mric/mric_2021_193.pdf
一見、当然の結果に思われるかもしれません。 しかし、災害やクライシスという文脈において症状自覚から医療機関受診までの期間の延長が見られたか、 また、そのような受診の遅れと診断病期との関係性を明らかにした調査は、これ以前には存在しませんでした。 その意味で、今回ご紹介した調査の結果は、現在のコロナ禍において、症状自覚時の早期医療機関受診の重要性を、改めて伝える内容であったと考えています。