医療ガバナンス学会 (2021年10月14日 06:00)
この原稿は医療タイムス9月22日配信からの転載です。
東北大学医学部4年
村山安寿
2021年10月14日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
日進月歩で進歩する医学研究の中でも、がんに関する研究は著しい発展を遂げています。近年、治験の国際化が加速し日本のがん研究が遅れをとる中、日本人医師で小林久隆先生が開発した光免疫療法は現在、外科手術、放射線治療、抗がん剤、免疫療法に続く「第5のがん治療法」として世界中から大きな注目を集めています。
昨年9月、この光免疫治療薬であるアキャルックス(一般名︓セツキシマブサロタロカンナトリウム、楽天メディカル社)は条件付き早期承認制度で医薬品として世界で初めて承認されました。
条件付き早期承認制度とは、希少疾患などの患者数が少ない医薬品を対象に、第II相試験の結果をもとに薬の審査・一定期限付きの承認を行い、承認後広く患者さんに投与し有効性が認められれば、正式な承認を行うという制度です。
●批判を浴びる条件付き早期承認制度ではあるが…
2014年に導入されたこの条件付き早期承認制度については、その承認条件の不確かさや薬としての有効性・安全性の検証可能性の低さなどからこれまでNatureやScience、Cellなど世界中の主要学術誌が論陣を張り、批判が繰り返されてきました。
しかし、日本政府は科学界からの猛烈な批判とは裏腹にそれまでの条件付き承認された再生医薬品が1つも正式に承認されないうちから、17年10月に審査対象を再生医療から医薬品全般に適応対象を拡大する改変を行いました。
私は、アキャルックスの承認事例から米国、欧州、日本の承認制度を比較し、日本の条件付き早期承認制度の問題点を腫瘍学領域で最も権威のあるCancer Cell誌<脚注1>で発表しました。本稿ではこの論文の掲載までの経緯と論文の要点について紹介いたします。
●夢となった科学誌への論文掲載
ことの始まりは昨年(20年)10月1日の夜中のことでした。日ごろより研究などで指導いただいている尾崎章彦先生、谷本哲也先生から電話があり、「先週(9月25日)に光免疫療法の治療薬が世界で初めて承認されたんだけど、これについて一緒に短い論考を書いてみない︖」と声をかけていただきました。
さっそく、これまでの条件付き早期承認の問題点を300文字程度の論考にまとめNature誌に投稿したのが10月4日のことです。そして、驚くことに10月7日の23時ごろ、Nature誌から論文の受理を伝えるメールが私のスマホに届きました。
論文受理の翌日には著作権関連の書類をNature編集部に送り、数日中には校正された原稿を送ってくれるとの連絡がありました。Natureのような名実ともに世界一の科学誌での論文掲載は、たとえ論考という短い文章であっても非常にうれしかったです。
しかし、うれしさに舞い上がっていられたのも束の間、11月初旬になってもNature編集部からは一向に連絡がありません。一抹の不安を抱えながら編集部に原稿の進捗状況を問い合せたところ、私の不安は見事に的中し、「(楽天メディカル社から)名誉毀損で訴えられる可能性があるため、今回の論考は掲載できなくなりました」と短い連絡がNatureからありました。こうしてNature掲載の夢は幻となりました。
●抗がん剤の承認状況を欧米と比較
しかし簡単にはあきらめられません。谷本先生から助言をいただき、17年10月の条件付き早期承認の適応拡大以降に日本で条件付き早期承認されたすべての抗がん剤の承認条件、承認根拠となった臨床試験の結果について調べ、それらの抗がん剤の承認状況をアメリカ、ヨーロッパと比べることにしました。
日米欧の薬事審査書類は累計4000ページを超え、関連論文を100本ほど読む作業にはかなりの時間がかかってしまいましたが、今年7月にCancer cell誌に投稿したところ2日後には編集⻑から受理の連絡があり、結果の詳細が8月5日発表のCancer Cell誌に掲載されました<脚注1>。
まず本調査の結果、日本で条件付き早期承認された抗がん剤はこれまでに、アキャルックス(楽天メディカル株式会社)、乳がん治療薬のエンハーツ(トラスツズマブ、第一三共株式会社)、免疫チェックポイント阻害薬のキイトルーダ(ペムブロリズマブ、MSD株式会社)、肺がん治療薬のローブレナ(ロルラチニブ、ファイザー株式会社)の4つがありました。
そのうち、アキャルックス以外の3つの抗がん剤はすでにアメリカ、ヨーロッパでも承認を得ていた一方、アキャルックスだけは日本での承認後1年経った現在でも、日本以外の国では承認されていません。
●患者数が少ないアキャルックス
また、承認後の安全性・有効性を確かめるための対応は各審査機関によってさまざまでした。アメリカの場合、エンハーツとローブレナについては迅速承認後に検証的第III相試験の実施を義務付けていました。
検証的試験の実施を義務付けられない欧州医薬品庁は、安全性・有効性の評価を承認後に確実に行えるようにするため、第III相試験の患者登録が完了した後に承認を行っていました。
しかし、ヨーロッパと同じく検証的臨床試験の実施を義務付けられない日本ではこのような工夫はされておらず、アメリカと同時期の承認をすることでアメリカが製薬企業に課した検証的試験の結果を参考にする方式がとられていました。 承認根拠となった臨床試験のデータに関する比較について、エンハーツ、キイトルーダ、ローブレナの3剤は有効性を主要評価項目とする合計約150〜275人規模の第II相試験をもとに条件付き早期承認されていることが分かりました。
つまり、エンハーツ、キイトルーダ、ローブレナについては日米欧でほぼ同じデータを用いて承認を行っていたことが分かります。しかし、問題はアキャルックスの場合です。アキャルックスは、安全性を主要評価項目とする30人規模の国際第II相試験と3人を対象とした国内第I相試験が根拠となっていました。
注目すべき点は、患者数の少なさと主要評価項目の違いです。他の3剤の試験は薬の有効性を示す試験の結果が根拠です。しかし、アキャルックスの試験は薬の安全性を測るための試験で、ついでに有効性も出たから承認根拠としているわけです。 また他の3剤では、最低でも155人の規模の臨床試験結果を用いて有効性を評価していますが、アキャルックスの有効性の評価対象となった患者数はわずか30人、日本人のデータに至っては3人中2人で有効性が認められたから「この薬は『効く』」と判断されています。いわずもがな、明らかに他の3剤よりも安全性・有効性の質が劣っていました。
●条件付き早期承認の再度の議論が必要
ハートシート(テルモ株式会社)が日本で最初の条件付き承認をされてから、今年で6年経ちますが、いまだにハートシートは承認後の安全性・有効性を示すことができず、日本以外の先進国では医薬品として承認されていません。
現在、楽天メディカル社のアキャルックスは国際第III相試験を実施中であり、アメリカ、ヨーロッパはこの試験の結果次第で承認をするか決めるといわれています。
今回の早すぎるアキャルックスの条件付き早期承認が吉と出るか凶と出るか。条件付き早期承認制度は前安倍政権時代にiPSなど日本の先進医療を世界に売り込むために作られた側面があります。
人の命を扱う医療現場で、病に苦しむ患者さんのお金を使って国家が国益のために人体実験を行う。導入から7年経った今、私たちは条件付き早期承認の在り方について再度議論しなければならない時期にあります。
参考文献
1.Murayama A, Ueda M, Shrestha S, Tanimoto T, Ozaki A. Japanʼs conditional early approval program forinnovative cancer drugs: Comparison of the regulatory processes with the US FDA and the EMA. CancerCell. Jul 27 2021;doi:10.1016/j.ccell.2021.07.