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Vol.200 ノーベル賞選考基準のなかの独創性と応用性

医療ガバナンス学会 (2021年10月22日 06:00)


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中峯寛和

2021年10月22日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

今年のノーベル物理学賞は、「地球の気候の物理的モデリング、気候変動の定量化、地球温暖化の確実な予測」を受賞理由に、真鍋淑郎氏(米国)とクラウス・ハッセルマン氏(ドイツ)に授与された[もう一人の物理学賞受賞者は、「原子から惑星のスケールまでの物理システムの無秩序と変動の相互作用の発見」を受賞理由とするジョルジオ・パリージ氏(イタリア)である]。他の5分野を含め日本国籍者の受賞はならなかったが、真鍋氏が愛媛県生まれの日本人であり、また化学賞を受賞したリスト・ベンジャミン氏が北海道大学特任教授で「化学反応創成研究拠点」の主任研究者である1) ことは、誠に喜ばしい。
この機会に、ノーベル賞選考基準のなかの独創性と応用性について、日本人研究者を軸に日ごろの思いを述べる(受賞理由は、いずれもウィキペディアによる)。

昨年のノーベル化学賞は、「ゲノム編集手法の開発」を受賞理由として、エマニュエル・シャルパンティエ氏(フランス)とジェニファー・ダウドナー氏(米国)に授与された。しかし、スウェーデン王立科学アカデミー(以下、王立アカデミー)が同賞発表に際し、先行研究として日本人研究者(中田篤男氏、石野良純氏ら)の論文を紹介していたことから、過去の事例に思い至った。
1984年のノーベル生理学医学賞は、「免疫系の発達と制御における選択性に関する諸理論およびモノクローナル抗体の作成(製)原理の発見」を受賞理由に、ニールス・イェルネ氏(デンマーク)、セサル・ミルシュタイン氏(英国)、ならびにゲオルゲス・ケーラー氏(ドイツ)に授与された。このうち、「モノクローナル抗体の作製原理の発見」については、重要な先行研究がある。この技術に用いられた細胞融合法それ自体は、既に1957年に岡田善雄氏により開発されており、受賞者の一人であるミルシュタイン氏は、受賞以前に岡田氏の研究室に留学している2) 。この受賞発表の頃、筆者はモノクローナル抗体に少し関連する研究に従事していたので、岡田氏が共同受賞者とならなかったことを非常に残念に思い続け、随分後になって、このことを書けるような執筆機会を得たので紹介した3)。

中田氏・石野氏や岡田氏が共同受賞とならなかったのとは対照的に、2012年の生理学医学賞は、「成熟した細胞に対してリプログラミングにより多能性(分化万能性)を持たせられることの発見」との受賞理由で、山中伸弥氏とジョン・ガードン氏(英国)に授与された。ガードン氏が共同受賞した具体的な理由は、「カエルの体細胞核移植により、クローン技術を開発したことによる、ES細胞やiPS細胞開発の先達としての業績」とのことである。ガードン氏による開発は半世紀も昔 (1962年) になされており、さすがに王立アカデミーは、応用だけでなく独創性も重視し、先達も正当に評価しているとの意を、この時は強くしたのだが。。。

現在に戻る。今年の生理学医学賞は、「温感と触覚の受容体の発見」によりデヴィッド・ジュリアス氏とアーデム・パタプティアン氏(いずれも米国)に授与された。大方の予想は、新型コロナウイルスに対するメッセンジャーRNA(mRNA)ワクチンの開発と普及に貢献し、ラスカー賞を受賞した、カタリン・カリコ氏ならびにドリュー・ワイスマン氏であったが、受賞に至らなかった。その理由を考えてみると、コロナ禍がまだ収束しておらず、またこのワクチンに関する新知見が得られる可能性もあるため、受賞は来年以降に持ち越されたものと推測される。この考えに至る過程で、同ワクチン開発に際しては、古市泰宏氏による40年以上昔の重要な発見(mRNAが体内で働くのに不可欠な「キャップ」と呼ばれる分子の化学構造解明)が、大きく貢献していることを知った4)。今後ノーベル生理学医学賞(あるいは化学賞)が、同ワクチン研究に対して授与されるのは、まず間違いものと予測される。その際には、古市氏が(単に先行研究者として紹介されるのではなく)共同受賞されることを願うばかりである。

かつて日本は欧米から、「日本人は応用力に優れるが独創性に乏しい(欧米で開発された技術を改良して金儲けをするのがうまい)」と批判(揶揄)された。その具体例の一つに、日米の貿易摩擦を憂慮した米国が先頭に立って対日批判を展開した “基礎研究ただ乗り論” 5) がある。分野(ノーベル賞と経済活動)が異なれば、考え方も異なるのかも知れないが、筆者には “ブレ” があるように思えてならない。この文書は、幾つかのノーベル賞において日本人研究者が共同受賞できなかったことへの、プチナショナリズム的な不満と受け取られるかも知れない。しかし筆者が言いたいのは、それだけではなく、ノーベル賞選考に際しての、基礎研究・独創性の重視と先達への正当な評価である。

上記に関連して最近では、国の内外から「日本は自国でコロナワクチンを供給できず、外国からの輸入に頼っている」との批判がある。そういう指摘をする人々は、古市氏の業績に加え、以下を知る必要がある。
通常mRNAを体内に投与すると、強い免疫反応が起こるため、医療には使えないと考えられていた。そこでコロナワクチンでは、mRNA本来の成分の一つであるウリジンを、シュードウリジンに置き換えることで、免疫反応が起こりにくくなるように工夫され、全世界に供給されているわけである。この物質は、実は日本の老舗企業である ㈱ヤマサ醤油が1980年代から生産している。そしてコロナウイルス蔓延後は、同社がほぼ唯一のシュードウリジン量産企業として、ワクチン製造会社に供給しているのである6)。つまり、日本から輸出された材料を用いてできたワクチンが、日本に輸入されているわけで、コロナワクチンの世界中への十分な供給は、同社なくしてはなされ得なかったものと考えられる。
― 文献ほか ―
1)北海道大学ホームページ  https://www.hokudai.ac.jp/news/2021/10/post-912.html
2)金 在萬.追悼記.日本細胞生物学会雑誌(Cell Structure and Function)Vol. 19, June, July & August (6)
3)中峯寛和.単クローン性抗体とノーベル賞(コラム 3-1).悪性リンパ腫 臨床と病理.WHO分類(第4版)に基づいて.吉野 正、他編.先端医学社,東京,2009, p 12
4)毎日新聞.2021年10月5日
5)丸山瑛一.高分子1990, 39:28-9
6) ㈱ヤマサ醤油、医薬・化成品事業部.弊社医薬・化成品事業部における新型コロナワクチン原料供給に関する報道につきまして. ニュースリリース2021年10月12日

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