医療ガバナンス学会 (2021年11月2日 06:00)
東京大学医学部6年
小坂真琴
2021年11月2日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
そこで現状を調査するために、がん患者会の皆様にご協力をいただき2020年の秋にアンケート調査を行いました。すると、がん患者さんでも直近のシーズン(2019/2020の冬)にワクチンを接種していたのは6割程度しかいなかったことが分かりました。その調査結果を国際的な英文専門誌に発表しましたので、一般の方向けに解説したいと思います。
がん患者さんはがん自体や抗がん剤の治療によって免疫不全の状態に陥りやすくなっています。そのため、感染が重症になるのを予防するために、インフルエンザワクチンや肺炎球菌ワクチンなどのワクチン接種が重要となります。しかし、実際には手間や費用の問題があることに加え、ワクチンの重要性が十分認識されていないことも少なくないようです。また、がん患者さんを対象として公費負担で定められているものなどはないのが現状です。私がワクチンに興味を持ったきっかけは、高齢者の間で増えている帯状疱疹について、唯一の予防手段であるワクチンが承認というニュースを知り、改めてワクチンの重要性を実感したことです。そこで自分でもできるワクチンに関する研究を模索した結果、2019年夏、ワクチン接種に関するアンケートを作成することとなりました。
「より一層のワクチン普及に資する可能性のある論文を」というコンセプトのもと、医療ガバナンス研究所の谷本哲也先生にご指導いただきながら、先行研究や日本の現状を調べてどのワクチンに関してアンケートを取るか、という議論からはじめました。最終的には答えていただく方々のわかりやすさを重視し、多くの人に最も身近なインフルエンザワクチンを対象として選びました。
2020年夏をすぎてようやくアンケートの骨子を固めることができました。研究を企画した当初は想定外だった新型コロナウイルス流行が始まり、コロナ流行による意識の変化についても項目を加えるなど時間をかけて何回も推敲を繰り返し、ようやく概ねの内容を確定させることができました。アンケートを作ったのも初めてなので、一般の方々にわかりやすい内容や言葉づかいとなっているかどうかを確かめるため、両親を含め非医療従事者の知り合い何人かにも見てもらい、さらに改良しました。
そして全がん連のホームページから患者会一覧の情報を取得し、アンケート調査にご協力いただけないかと十ほどの団体にメールを差し上げましたが、なんの面識もないためか多くはスルーされてしまい残念ながら梨の礫でした。ところが、指導くださっている谷本先生から「市民のためのがん治療の会」の會田昭一郎様、上昌広先生から大谷貴子様をそれぞれご紹介いただいたところから、実施に向けて動き始めました。大谷様はご自身も骨髄移植を受けられ、白血病患者さんを支援するべく骨髄バンクを立ち上げた方です。ZOOMでミーティングを行い、「できることがあればなんでも」と仰っていただきすぐにアンケート内容を確認くださいました。次の日には直接お電話くださり、「授業もあるだろうから無理しないように」とお気づかいもいただきながら、どの質問が答えにくいか、どのようにすれば答えやすくなるかなど改めて丁寧にアドバイスをいただきました。アンケート調査は割と簡単に出来そうですが、信頼関係のあるネットワークを通じてでなければ、なかなかすんなりとは行かないことを痛感しました。改めて會田様、大谷様、ご協力いただいた患者会の皆様に深謝申し上げます。
さて、そのようにして患者会の方々にSNSやメーリングリストでアンケートをご紹介いただき、フォーム上で匿名での回答を集めました。いわゆる雪だるま形式のリクルートとなりましたが、合計163名もの方々からご回答をいただきました。そのアンケート内容をまとめた論文がこの10月に国際的な査読付き英文医学専門誌である「ヒトワクチンと免疫療法誌(Human Vaccines & Immunotherapeutics)」に掲載されました。
https://www.tandfonline.com/doi/full/10.1080/21645515.2021.1977569
以下に研究の概要を紹介します。
がんの治療中または治療後の患者さんに対して、インフルエンザワクチンを昨シーズン打ったか、次のシーズン打つつもりか、その理由について主に伺いました。
昨シーズン(2020/2021の冬)のインフルエンザワクチン接種について、主治医から勧められたのは46名(28.2%)、説明のみ受けたのは19人(11.7%)、何も言われなかったのは79名(48.5%)でした。昨シーズン(2019/2020の冬)にワクチンを接種していたのは、全体では163名中100名(61.3%)、今シーズン主治医に勧められた46名中では37名(80.4%)、何も言われなかった79名中では46名(58.2%)でした。
インフルエンザワクチンを接種した主な理由として挙げられたのは、医療関係者に勧められたから(29名、29.0%)、自分で書籍やインターネットを調べて(23名、23.0%)、職場で受けることになっている(医療従事者等)(17名、17.0%)、家族や友人の勧め(6名、6.0%)、市役所等からの案内(5名、5.0%)、定期接種だから(5名、5.0%)でした。一方、インフルエンザワクチンを接種しなかった主な理由として挙げられたのは、心配していない(14名、22.2%)、効果を信頼していない(8名、12.7%)、副反応が心配(19名、30.2%)、考えたことがない(2名、3.2%)、費用がかかるから(5名、7.9%)、副反応経験やアレルギー、医師からの指示(7名、11.1%)、面倒・時間がなかった(5名、7.9%)でした。
また、昨シーズン打っていない51名のうち、18%にあたる9名の方は、自費であれば打たないもしくは決めていないと答えた一方で、インフルエンザワクチンの説明を読んだ上で、もし公費であれば打つと回答しました。
今回の調査の結果、昨シーズン接種済みの方は回答者の約6割で、がんの治療を行った医師からインフルエンザワクチン接種の積極的な指示のない場合が約半数に上ることがわかりました。また、無料であってもワクチンを打たないとしている方も一部におられ、その理由として、ワクチンの効果を信用していないこと、ワクチンの副反応が心配であることを挙げられ、実際に副反応の経験者がある方もいらっしゃいました。また少数ながら、接種の意義を理解した上で、公費であれば打つという方もいらっしゃり、高齢者の定期接種と同様、公費による補助で接種率が上がる可能性も考えられます。
この場を借りて今回の研究に協力くださった皆様に感謝申し上げます。新型コロナウイルスのパンデミックで俄然世界中の注目を集めたワクチンですが、引き続きワクチン接種が進む助けとなるような研究を行っていければと思います。