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Vol. 250 ワクチン・ギャップを解消できるか?問われる政府・与党の覚悟

医療ガバナンス学会 (2010年7月30日 07:00)


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細菌性髄膜炎から子どもたちを守る会 事務局長 高畑紀一
2010年7月30日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


【議論の基礎、科学的知見は整った】

7月7日の厚生科学審議会感染症分科会予防接種部会では、国立感染症研究所が取りまとめた9つのワクチンに係るファクトシートが提出された。
当該ファクトシートはワクチンごとに、対象疾患の基本的知見、予防接種の目的と導入により期待される効果、ワクチン製剤の現状と安全性について取りまとめたもので、予防接種政策を論じる科学的な基本となる資料といえる。
当日、参考人として出席した神谷齋国立病院機構三重病院名誉院長が述べたように、基礎研究者と臨床家が同一のテーブルで科学的知見に基づき議論し見解をまとめる初めての取り組みにより生み出されたものであり、「これが初めての取り組みだったと聞いて衝撃を受けた。当然に研究しているものだと思っていた」と黒岩祐治委員が驚きの言葉を漏らしたように、より早い段階で取り組まれるべき事柄でもあった。本来取り組まれているべき事柄が長きに渡り為されていなかったことが20年ともいわれるワクチン・ギャップの大きな要因の一つである。

また、政府の要請から一ヶ月足らずで取り纏めるという荒業であったが(関係された方々の努力に心から敬服して止まない)、神谷氏が指摘されていたように、時間的にも人的・資金的にもより十分な環境を与えられてしかるべき事業だ。今回は付け焼刃的な対応と指摘せざるを得ないが、しかし、宮崎千明委員が「これが完成ではなく、これからも更新されていくもの」と確認されたように、ファクトシートの検証と検討、改定は続いていく。今後は恒常的に同種の取り組みが継続される仕掛けを整備する必要があるだろう。

【歴史を覆すか、繰り返すか】

まだまだ改善の余地が少なくないファクトシート作製であるが、ひとまず、予防接種政策を論じるための基礎となる科学的知見が取りまとめられたことになる。議論の前提が整ったのであるから、次は政策的に予防接種を論じる段階だ。そして、この議論に臨むにあたり、政府と与党・民主党の覚悟が問われることになる。

予防接種部会の命題は「予防接種行政の抜本的改革」である。抜本的改革とは、すなわちワクチンギャップ20年の解消であり、ワクチン後進国からの脱却である。このことは、大いなる覚悟を政府・与党に要請する。何事にもいえることであろうが、大いなる変化を短時間で為し得るのは容易ではなく、時として改革の途中で易きに流れてしまうこともある。ワクチン・ギャップの歴史も例外ではなく、課題や困難に正面から向き合わず、易きに流れ続けた20年であった。ワクチン・ギャップを解消できるのか、歴史を繰り返すのか、今まさに政府・与党の覚悟が問われる局面を迎えているといえよう。

7日の予防接種部会のヒヤリングにおいて、被接種者の立場として私は「ワクチンを定期接種化しないことで生じる被害者の存在にも目を向けて欲しい」と訴えた。予防接種行政の歴史において、接種後の健康被害に関心が集まることはあっても、ワクチン接種を行っていれば防げたはずの被害が注目されることはあまり無かったと感じているからだ。
もちろん、接種後に健康被害を生じた当事者やご家族がその被害について警鐘を鳴らすのは当然のことであり、そのことを否定するつもりは毛頭無い。しかし、政策決定はエモーショナルな判断だけで行われるべきではなく、ワクチンを接種することで生じる被害と防ぐことのできる被害の双方を科学的に分析することが不可欠である。そして、その基礎となる科学的知見が「ファクトシート」として取りまとめられた以上、定期接種化しない、という判断は接種することで防げる被害を防がない、という判断と同じ意味を持つと私は考えている。

【定期接種化はリーズナブルな施策】

米国研究製薬工業協会(PhRMA)ワクチン小委員会の中村景子氏は、現在、任意接種とされているヒブワクチン、肺炎球菌ワクチン、HPVワクチン、B型肝炎ワクチン、水痘ワクチン、ムンプスワクチン、インフルエンザワクチンを全て定期接種化し公費負担した場合、必要財源額は約1,300億円となるとの試算を示している。これは、現時点で行われている任意接種費用の料金をもとに算出したもので、定期接種化されスケールメリットが発揮されれば、より安価な額となることが予想される。つまり、高く見積もっても1,300億円の予算を確保すれば、上記ワクチンの定期接種化を被接種者の自己負担無しに実現することができるのだ。

1,300億円で定期接種化が実現できるという事実は、多くの医療関係者にとっては非常にリーズナブルな金額と映るのではないだろうか。新型インフルエンザワクチンの輸入に要した費用とほぼ同額の費用であり、子ども手当ての予算の1/20(満額支給なら1/40)に過ぎない。
また、ワクチンによる疾病予防が実現されれば、それに伴い医療費や介護費、遺失利益などの発生を抑制することができ、結果として「もとが取れる」可能性が高いともいわれている。さらに、細菌性髄膜炎や潜在性菌血症等への過度の不安が保護者も医療提供者も軽減されるため、小児の夜間休日診療の受診ニーズの低減と医師の負担軽減も期待され、抗菌薬の投与量も抑制できるなどの効果も指摘されている。

これらを勘案すれば、「リーズナブル」と考えられる1,300億円という金額だが、私は一抹の不安を感じている。今年4月の診療報酬改定は、OECD平均まで医療費増額を目指すとした民主党政権下で行われたにもかかわらず、薬価等の引き下げ分の振り分けを除けば、実質の予算投入は600億円程度に留まったことは記憶に新しい。
必要な予算を確保するには胆力が求められ、そこに様々な「力学」が働くのが政治の世界なのだろう。必要な予算を確保し予防接種で防げる被害を防ぐのか、予算とともに国民の健康を削り続けるのか、政府・与党の判断に注目したい。

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