最新記事一覧

Vol.212 頑張れ助産院―嘱託医問題の法的所在

医療ガバナンス学会 (2021年11月12日 06:00)


■ 関連タグ

この原稿は月刊集中11月末日発売号(12月号)の原稿からの転載です。

井上法律事務所 所長 弁護士
井上清成

2021年11月12日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

1 頑張れ助産院
近時、「頑張れ助産院―自然なお産を取り戻せーお産の危機―Kindle版」(荒堀憲二著)という著作が出された。著者は、「母子保健部門で厚生労働大臣表彰を受けた現役の産婦人科医。42年間母子保健医療や産婦人科の臨床に携わり、産婆・助産師との協働を通して、助産師中心の自然なお産を求めてきた」医師らしい。
「筋肉も脳も使わなければ退化します。お産も同じです。自力でのお産が減り続けると、将来は帝王切開でしか産めなくなるかも知れません。そうなった時わが国の母子関係は、そして子どもの将来はどうなるのでしょうか?そういった疑問に応えつつ、自然なお産をめざして頑張っている日本中の助産院の助産師さんのためのテキストブックとして、期待を込めて声援を送るのがこの本の目的です。さらには助産院のやりがいと集客力のアップにつながることを願っています。」というコンセプトの著作である。
ところが、実際には、開業助産院がどんどんと減って来ているのが現状らしい。諸々の要因があるのではあろうが、法的な観点では、嘱託医(嘱託医療機関)がいないことが大きな問題のようである。嘱託医(嘱託医療機関)の問題を乗り越えて、まさに「頑張れ助産院」と応援したいと思う。

2 地域住民の助産所分娩の選択権
現在、助産所分娩や自宅分娩(助産師の出張による分娩)の数はかなり少なくなっているらしい。極く少数であるから「地域分娩環境の確保」には直結しないので、検討を不要とする考え方もあろう。しかしながら、特に過疎地域や広大なエリアをカバーしなければならない地域では、産科の病院や診療所では到底まかなえない。現状、無理にカバーしようとして大赤字を出している公立病院や診療所もあると聞く。このような状況下では、やはり「地域分娩環境の確保」の観点から、開業助産院や助産師の役割を大きく見直してもよいように思う。
実は、それだけではない。むしろ根本的には、「分娩の多様性の確保」の観点が重要であろう。分娩のあり方を巡っては諸々の考え方があるが、病院や診療所における通常の分娩と共に、無痛分娩も否定されるべきではない。そして、まさに自然分娩を実践する助産所分娩・自宅分娩も、「分娩の多様性の確保」の観点から最も重要視されるべきことであろう。
より法的に見れば、そもそも(地域住民たる)妊婦には、助産所分娩・自宅分娩を選択する権利があると考えられる。この点は、たとえば母子保健法ではその第2条に、「母性の尊重」として、「母性は、すべての児童がすこやかに生まれ、かつ、育てられる基盤であることにかんがみ、尊重され、かつ、保護されなければならない。」などとして表現されていると言えよう。「医療に関する選択」の観点からは、たとえば医療法でもその第2条において、「助産師が公衆又は特定多数人のためその業務(病院又は診療所において行うものを除く。)を行う場所」として「助産所」の存立が保障されている。
こうして見ると、「産む人には、助産所で産むことを選択する権利がある。この産む人の権利を受けて、助産師は適切な助産所を開設・管理し、産婦人科・小児科の医師・医療機関は助産所の嘱託を受け、地域の公立病院は妊婦等の異状に対応する責務がある。」という法律論が成り立ちえよう。

3 嘱託医問題で助産院廃業の非常事態
嘱託医に関する定めは医療法第19条にあり、「(第1項)助産所の開設者は、厚生労働省令で定めるところにより、嘱託する医師及び病院又は診療所を定めておかなければならない。」「(第2項)出張のみによってその業務に従事する助産師は、妊婦等の助産を行うことを約するときは、厚生労働省令で定めるところにより、当該妊婦等の異常に対応する病院又は診療所を定めておかなければならない。」と規定されている。かつては、「嘱託医師」だけが定められていたが、近時、「嘱託医療機関(病院又は診療所)」も必要とされるようになった。
さらには、医療法第19条を受けた厚生労働省令(医療法施行規則)の第15条の2では、「(第1項)分娩を取り扱う助産所の開設者は、分娩時等の異常に対応するため、法第19条の規定に基づき、病院又は診療所において産科又は産婦人科を担当する医師を嘱託医師として定めておかなければならない。」「(第3項)助産所の開設者は、嘱託医師による第1項の対応が困難な場合のため、診療科名中に産科又は産婦人科及び小児科を有し、かつ、新生児への診療を行うことができる病院又は診療所(患者を入院させるための施設を有するものに限る。)を当該妊産婦等の異常に対応する病院又は診療所として定めておかなければならない。」とその要件を厳しくしている。法律上は診療科を限定していないにもかかわらず「産科又は産婦人科」に限定し、さらに、嘱託医療機関については「小児科」までも要求したのであった。
これらの定めによって、「産科又は産婦人科」の「嘱託医師」と「産科又は産婦人科及び小児科」の「嘱託医療機関」とが、開業助産院に必須とされることとなる。そのため、各要件充足・維持の困難さから、助産院の開業ができなかったり、助産院を廃業せざるをえなかったり、などという事態が生じているらしい。これが、いわゆる「嘱託医問題」とも呼ばれる非常事態である。

4 嘱託医問題解決の道筋
実は、厚生労働省は、医療法施行規則で要件を加重したが、他方で、平成29年9月29日に医政局長通知を発出し、その本質的なポイントを「留意事項」として掲げて注意を促した。それは、「法第19条第1項及び第2項の規定により、嘱託医師、嘱託医療機関等を定めておかなければならないとされているが、これらの規定は緊急時等、他の病院又は診療所に搬送する必要がある際にも、必ず嘱託医師、嘱託医療機関等を経由しなければならないという趣旨ではないこと。」「実際の分娩時等の異常の際には、妊婦等及び新生児の安全を第一義に、各都道府県に設置されている周産期医療協議会により整備された緊急搬送の連携体制を活用する等により、適宜適切な病院又は診療所への搬送及び受入れが行われるべきものであるため、関係者においては、この考え方に基づいて適切に対応されたい。」という点である。つまり、「分娩時等の異常に対応する」ことができるようにすることこそが、本質的なポイントだと言ってよい。
そうして見ると、現状において、実質的に特に重要なのは「適宜適切な病院又は診療所への搬送及び受入れが行われる」ことであろう。そして、それは各地域において常日頃から取り組んでいるとおりで良い。
すると、嘱託医問題の解決の道筋は、地域住民たる妊婦等の自己決定権の一環である助産所分娩選択権を受けて、医師・医療機関は助産院からの嘱託をできる限り受けるよう努めることと共に、実際上は、地域の公立病院等が妊婦等の異常に対応する責務を果たすことにあるであろう。また、前記の医政局長通知では、「妊婦又は産婦の異常に対応する医療機関の確保等に関する事項について」のうちの「妊婦又は産婦への説明義務について」の項目において、「当該妊婦等の異常に対応する病院又は診療所については、法第19条の規定に基づき定めた嘱託する病院又は診療所を記載すること」として、異常に対応する医療機関と嘱託医療機関とを同一視してもいる。
したがって、実務的には、地域の地方自治体(市区町村、都道府県)の首長が、その傘下の公立病院等に対して、地域住民のために、助産院の嘱託を受けてその嘱託医療機関となるように具体的に指示していくことが、その方策として適切妥当であろう。

MRIC Global

お知らせ

 配信をご希望の方はこちらのフォームに必要事項を記入して登録してください。

 MRICでは配信するメールマガジンへの医療に関わる記事の投稿を歓迎しております。
 投稿をご検討の方は「お問い合わせ」よりご連絡をお願いします。

関連タグ

月別アーカイブ

▲ページトップへ