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Vol.224 医学生の地域枠制度の問題に関する要請

医療ガバナンス学会 (2021年11月25日 06:00)


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全国医師ユニオン代表
植山直人

2021年11月25日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


厚生労働大臣 後藤茂之 殿
2021年11月19日
全国医師ユニオン代表 植山直人

1、はじめに

地域枠制度とは、僻地や医療過疎地域をはじめとする相対的に医師が不足し地域医療の継続が困難な地域の医師不足を解消することを目的として作られた制度である。このような地域で働く医師を医学生の時期から特別な枠組みで養成するために、奨学金制度や入学試験における特別枠を設けるなどの措置がとられている。本来であれば医師を増員し日本の絶対的医師不足の解消を第一としなければならないが、この点は放置されている。一方で、医師不足の地域においては地域の実情に合った能力を持ち、やりがいを持って働く医師を養成することが求められるが、現状の地域枠制度では高額の奨学金と引き換えに長期間指定された地域の病院で働くことを強制する制度になっていると言わざるを得ない。日本の医療制度の不備を国や自治体は地域枠の医学生個人に対する人権侵害によって解決しようとしており、このことが地域枠で入学した学生の人権侵害を引き起こし医学生の不安や反発を招いている。
そもそも大学は職業訓練学校ではなく、学生は在学中に学ぶことにより将来を選択する権利を有する。
就職を前提に地域枠を特別枠で行う現行の制度は医学部受験を二つに分け、大学のあり方そのものを大きく歪めるものである。地域枠制度に関しては、人権侵害となりかねない制度を速やかにやめると同時に地域枠制度の必要性も含めて地域の医師不足の抜本的な解決策を議論することが求められている。もし議論の後に地域枠制度が必要との結論が出たとしても、大学在籍期間中に地域枠を希望する制度に変更すべきである。

2、不利益を強要する圧力

(1) 奨学金を利用した経済的圧力
ほとんどの都道府県では地域枠で大学に入学すれば、該当する都道府県から奨学金を受けなければならないことになっている。この奨学金は多くの場合利息が10%となっている。そして地域枠を離脱する場合には即時に一括して全額を返済しなければならない。奨学金の利息が10%ということは常識ではあり得ない。日本学生支援機構の奨学金の利息は0.16%程度であり、返済期間は20年となっている。これでは、無理やり借金をさせ、これに高い利息をかけて借金を増やし、その借金をかたに強制労働を強いる悪徳金融業者のやり方と何ら変わりない。このような制度を医学教育に持ち込むことは極めて有害である。

(2)研修を受けられなくする圧力
厚労省は、地域枠の医師が地域枠を離脱し他の都道府県の病院で研修を受けた場合、研修を受け入れた病院に対して研修の補助金を減額するとしている。このために高額の利息を含めて奨学金を返済しても、離脱した医師を受け入れる病院はないため臨床医となることを諦めざるを得ない。

(3)専門医となることを許さない圧力
専門医になるためには日本専門医機構と各学会が定めた専門医の研修を受け試験に合格する必要がある。しかし、日本専門医機構は2021年2月22日付で、「専門研修制度における地域枠医師の取扱いと専門医の認定について」と題する告知を行っている。そこでは「都道府県と同意されないまま、当該医師が地域枠として課せられた従事要件を履行せず専門研修を修了した場合、原則、専門医機構は当該医師を専門医として不認定とする」と明記している。

3、情報の非対象性と説明義務違反

学生にとって地域枠の選択は高校生の時期に行うことになるが、高校生は医師の研修の重要性やその内容に関してまったく知識を持っていない。また、将来研修を受けたり勤務することになる病院の研修条件や労働条件について、具体的な説明を受けることなく多くの場合9年間の拘束を受ける契約を行うことになる。病院によっては低賃金で研修医を雇用したり、過重労働が常態化するなど労働条件が極めて悪い病院がある。このような状態は情報の非対称性という点から極めて問題である。
さらに不利益に対する説明が契約書に記載されていないのみでなく、不利益が本人の了解なく一方的に追加される事態が起きている。すでに述べたように都道府県が認めた離脱者以外は専門資格を取ることができなくなるが、現在の地域枠の医師や医学生はこのような説明は受けておらず契約書にもそのような記載はない。重大な不利益条項が記載されていない契約書など無効であるといえるであろう。また、本人の了解なく重大な不利益が一方的に追加されることなど許されない。大学や都道府県はこのような問題に関する説明を行っておらず、説明義務違反と言わざるを得ない。

4、地域枠制度が引き起こす人権侵害

(1)職業選択の自由や退職の自由、移動の自由、出産・育児の自由の侵害
医学部の入学においては、将来的に医師となることを目指すものであるが、医学部入学後に臨床医となることが適さないと判断すべき場合もあり得る。医学生の中にはメンタルの問題を抱える者が少なくなくバーンアウトやメンタル不調、中には精神的な疾患を有する者もいる。健康上の問題から臨床医以外の医療職に従事することが望ましい場合もあるが、退職の自由さえ奪われている。
また、結婚においては居住地を限定されることにより別居しなければならないケースも出てくる。出産や育児・子育・介護なども居住地を選ぶ重要な問題であるが、これが長期間制限されることになる。

(2)研修の自由の侵害
医学生にとって診療科の選択や研修を受ける病院の選択は極めて大きな問題である。現在の新臨床研修制度では自分に適した研修病院を全国各地から選択することができる。少しでも自分にあった研修を受けられる病院を選択する自由が与えられている。しかし、地域枠の医学生はこれらの選択が都道府県内に限定されることになる。

5、大学の医師養成に関する問題

日本では、医師となるには医学部への受験競争に勝つことが条件となっている面が強いが、欧米では大学卒業後に医学部へ入学する制度を持つ国が多い。医師の適性を判断する上で、受験競争が十分ではないことは明らかであろう。欧米では大学で一定の学問を収め自分の適性を知った上で医師を選択することが望ましく、大学医学部にとっても適切な入学選抜が行えると考える国が多い。本来であれば、このような根本的な点から日本の医師養成や医学教育に関して議論されるべきであるが、現在行われている地域枠制度は、入学における適正判断や医学教育の在り方などをより良きものとするための制度ではない。目先の医師不足を人権侵害の滅私奉公によって解決しようとするものであり、教育改革に逆行するものでしかない。

6、地域医療を守る基本的な方向性

地域に求められる医師は、地域医療にやりがいを持って活躍する医師である。求められることは適正の高い医師のモチベーションを高め地域の医療機関に働きやすい環境を作り、多くの医師が働き続けられるようにすることであるといえる。現在の地域枠学生にとってのメリットは入試における特別枠と奨学金のみであり、医師となってからのメリットはない。本来であれば地域枠のメリットは研修での優遇や労働条件(ワー・クライフ・バランス等)であるべきであろう。具体的には地域枠の研修条件が一般の条件より優れていること、適切な労働時間や休日の習得、出産・育児等での援助、また出産や育児等で休職した場合の復帰の支援、学会活動の保障や専門医資格を修得するにあたっての支援、これらを都道府県や大学が協力して行うことが求められている。
厚労省の「医師の勤務実態及び働き方の意向等に関する調査」(平成29年4月6日)によれば、都市部以外の地域で勤務する意思があると答えた医師は44%存在する。世代別では、20代が60%と最も多く、30代が52%、40代が48%、50代が51%となっている。一方、勤務する年数に関しては20代は2-4年間が最も多いが、30代・40代・50代は10年以上を希望する者が最も多くなっている。これは、若い世代はキャリア・アップや子育ての問題から長期間過疎地で働くことが困難であることが原因であると推測される。ある程度キャリアを身に付け、子育て等の負担も少なくなった世代が腰を落ち着けて過疎地等の医療に貢献できるのではないだろうか。過疎地等の地域の医師不足は、このような地域での勤務の意思がある医師たちを適切に配置できるシステムや働きやすい環境を作ることが本来の解決策である。

具体的な要請事項

[I}すぐに改善すべき人権侵害の問題

違法または違法が疑われるような制度、一般常識からかけ離れているような制度に関しては直ちに改め、医師・医学生の人権を守る必要がある。具体的には以下の点が挙げられる。
(1)違約金を取る制度をなくすこと
(2)拘束期間を6年間以内に短縮すること
(3)奨学金の利息を日本学生支援機構と同様の0.16%に程度に引き下げること、また離脱時の奨学金の返済期間も日本学生支援機構の奨学金返済期間と同様の20年程度とすること。
(4)離脱の理由として認められる範囲を広げ、柔軟に対応すること
(5)地域枠であることを継続することを前提に都道府県間の地域枠医師の移動を認めること
(6)受験生に対して地域枠制度の具体的かつ丁寧で分かりやすい説明を徹底すること。また、地域枠説明会に親や代理人の参加を認めること。また、誓約書に関してはすべての不利益と考えられる事態について明記し、記載されていない不利益が生じた場合には各都道府県が責任を持って離脱者に不利益が生じないよう対応すること。
(7)地域医療に求められる知識や技能を身に着けるカリキュラムを策定し実施すること
(8)地域枠の医師を受け入れる病院に対しては労基法を遵守し適切な労働条件を守ることを求め、これを守らない病院は受け入れ病院としないこと。
(9) 国は地域枠の実態に関する調査を各都道府県に対して速やかに行い公表すること。また人権侵害が起こらないよう文科省と協力して ガイドラインを作成し各都道府県を指導すること。

[II]長期的な展望に立った 抜本的な改革

地域の医師不足を克服するために地域枠制度が作られたが、この制度は医師を増やす制度ではないために根本的な改革には結びつかない。長期的な展望に立って以下の点を進めることが重要である。
(1)医師養成数をOECD諸国平均並みに増員し医師不足を解消すること
2008年から日本の医師養成数はわずかに増員されたが、それでも現在の医師養成数は OECD最
低であり、このままでは今後さらに人口当たりの医師数の差は増大することになる。
(2)医療過疎地の医師不足を解消するための検討会を開かれた形で設置し具体的な解決策を作ること

検討課題としては 以下のことが挙げられる
・医療過疎地の医師の労働に対する実態調査と労働条件の改善策
・医療過疎地の医師の研修やキャリアアップ及び学会活動についての実態調査と改善策の策定
・医療過疎地の医師のワーク・ライフ・バランスを実現するための方策の策定
・医療過疎地の医療を若手・中堅・ベテラン医師によるチームやローテートを活用して支援するシステムの策定
・自由開業医制の見直し
(開業制度に偏在解消のルールを設け、医療過疎地での新規開業の促進策等を策定)
なお検討会のメンバーとしては、大学関係者、過疎地の病院管理者、過疎地で働く地域枠医師、若手医師・女性医師、専門医機構の役員、医師労組役員、自治体の首長、患者会の代表等などが必要である。

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