医療ガバナンス学会 (2010年8月6日 06:00)
自分はもともと北海道の田舎の病院で一般外科をやっていました。さい帯血移植は全くの専門外です。移植自体について議論する識見に欠けています。移植そのものではなく、その周辺について考えてみたいと思います。
さて、産経新聞では、5月21日付でさい帯血バンクの経営危機を報じています。
【ゆうゆうLife】臍帯血バンク存続危機 赤字拡大 宮城で表面化
http://sankei.jp.msn.com/life/body/100521/bdy1005210806002-n1.htm
また、週刊誌『女性自身』8月10日号に『「さい帯血バンク」がつぶれる!?』という記事が掲載されました。この記事ではさい帯血バンクを巡る状況の厳しさが詳しく紹介されています。特に経営状況が厳しいのはNPO法人宮城血バンクで、懸命の経営努力や募金活動等にもかかわらず、存続の危機にあるそうです。
さい帯血バンクは全国に11カ所あり、さい帯血バンク・ネットワークという組織が存在しています。
日本さい帯血バンクネットワーク
https://www.j-cord.gr.jp/ja/
しかし、さい帯血バンク・ネットワークは「さい帯血バンクが保存するさい帯血の情報を共有し」、患者さん達のために「情報の一元管理」を行う組織です。性質の異なる運営母体による緩やかな連携組織であり、そこには、全体を統合するガバナンスと言い得るような機能は何も存在していません。経営情報を共有したり、互いに経営支援したりするための組織でもありません。
1.赤字の続く北海道臍帯血バンク
札幌市の閑静な住宅地に北海道臍帯血バンクを設置する日本赤十字社北海道血液センターがあります。北海道臍帯血バンクもまた赤字経営です。同バンクから開示された平成21年度の概算収支では、支出合計5,410万円に対して、国庫補助が4,030万円、医療機関等からの収入(同年度の移植34例のさい帯血管理費、移植前検査費等)が820万円となっており、およそ560万円の単年度赤字が発生しているそうです。
北海道臍帯血バンクは、日本赤十字社の血液事業本部の関与もなく、設置されている北海道血液センター内の独自事業となっています。そして、発足以来、平成19年度を除いてずっと単年度赤字が続いています。関係者の方に状況を伺ったところ、ここまで既に約3700万円にまで積み上がった累積赤字を、さらにあと10年ほどは何とか持ちこたえられるだろうというお話でした。言うまでもなく、血液センターの他の事業による収益が、バンクに投下される形で支援が行われているであろうことが想像できます。単独事業であればとおの昔に経営に行き詰まっているところです。
そして、直近の収支改善のためには、現在1例17万4千円の医療機関からの支払いがほぼ倍額になれば、単年度赤字は解消出来る見込みとのことです。なお、この金額は厚生労働省によって全国一律で金額が決められています。
2.バンク相互の競合関係
もう一つの問題は。さい帯血バンク同士での競合関係が存在することです。さい帯血の提供を受ける医療機関との間、そして、移植を実施する医師・医療機関を巡って、互いに競合関係にあります。平成21年度では、年間移植数では228例と京阪さい帯血バンクが先頭を走っている状態です。ただし、保存数では東京臍帯血バンクが6089と、京阪さい帯血バンクの1,809の約3倍の水準です。臍帯血移植全体で見れば年率5%程度の増加が続いていますが、さい帯血バンクの間には、成長に大きな格差が存在しています。
各バンク別さい帯血供給状況
https://www.j-cord.gr.jp/ja/status/give_status.html
各バンク別さい帯血保存公開状況
https://www.j-cord.gr.jp/ja/status/keep_status.html
中でも宮城さい帯血バンクと神奈川臍帯血バンクが伸び悩んでいることが明らかであると考えます。
3.収支の問題
さい帯血バンクの収入は、厚生労働省からの補助金に大きく依存しています。
補助金で困るのは金額の予測が困難であることのようです。2月末の時点で、実績から翌年度の利用予測を立てて厚労省に補助申請を提出することになっているようですが、予測数を多く出したから金額が増えるわけでも、少なく出したから減るわけでもなく、しかも支払いがいつも年末になるのだそうです。9ヶ月間は補助金のない中で独自に運転資金を工面する必要があります。
医療機関からは一例移植するごとに17万4千円が支払われます。金額は厚労省が決めています。北海道臍帯血バンクの場合であれば、平成21年度の約 560万円の赤字を解消するためには、これが倍額になればほぼだいじょうぶという計算です。因みに、個々のさい帯血の保存用パックと金属フレームで約 5000円がかかります。
関係者によると、支出では保存用の液体窒素タンクの維持コストが最も高くついており、中でも液体窒素の購入経費はタンク1台当たり年間ほぼ500万円になるそうです。北海道臍帯血バンクの場合、タンクのスペースにはまだ40%ほどの空きスペースがあり、また保存期限の10年を過ぎたさい帯血の廃棄処分が始まったため、当分の間、タンクの増設は不要という状況です。
医療機関側から見たとき、臍帯血移植の診療報酬単価は4万4千点あまりですから、その約4割がバンクに支払われていることになります。手元には6割しか残りません。
4.薬価収載か、医療機関からの支払い増額か
一般の血液製剤と同じように、さい帯血についても以前から薬価収載の話は出ているようです。しかし、血液センターの関係者達の間では、血液製剤の経験から、主として機器の定期点検などの維持管理コストが高くなることが見込まれるため、薬価収載には賛成できないという意見が少なくないようです。
なお、管理基準については、厚労省から、アメリカのAHCTA基準での管理を検討するような話が一時期出ていたそうですが、費用負担の問題が影響したのか、で立ち消えになった様子です。
AHCTA
http://www.ahcta.org/
5.ガバナンスの欠如
北海道臍帯血バンクを含め、各地のさい帯血バンクは各々の独立採算となっています。経営状況についての内部資料は作成していますが、外部のどこにも会計報告は出していません。ネットワークの外部評価委員会にも出していません。厚生労働省には補助金を除いた金額の収支が出されていますが、補助金を含めた単年度収支の形にはなっていません。累積赤字を含め、各地のバンクの状況を俯瞰的に把握して調整する体制はないということです。
そして、各バンクで運営母体が違うために会計基準も異なり、収益性の比較は困難です。
なお、ネットワーク内部では、将来構想委員会(委員長:大阪府北大阪赤十字血液センター・神前(こうさき)昌敏先生)が、ガバナンス体制の今後について検討しているそうです。
6.提案
門外漢としての自分の提案としては、補助金を止めてさい帯血移植の診療報酬単価で対応するためには、その特殊性から、現在全国11カ所のさい帯血バンクを、一度、7~8カ所ほどに集約化する必要があると考えます。目的は1カ所当たりの年間100例前後の移植を確保することです。移植数が確保できないバンクは、他のバンクに合流することになります。そのための意志決定の仕組みを作らねばならないでしょう。短期間であれば、相互援助の体制を作ることも可能かも知れません。
次いで、診療報酬単価はほぼ倍額(8万点以上)とする必要があると考えます。この場合、医療機関の手元に残る金額が変わらないとすれば、1例当たりおよそ60万円がさい帯血バンクに支払われますから、北海道臍帯血バンクの例から考えれば、年間経費をほぼ賄える計算となり、なおかつ、補助金と違って支払いのペースは3ヶ月遅れ程度になりますから現在よりも運転資金の調達コストを下げることも出来ます。
いろいろと各地に事情はあることと思いますが、検討の必要があると思います。
謝辞
本稿執筆に当たっては、概算収支を開示していただいた北海道臍帯血バンクをはじめとして、多くの関係者の皆様にご協力を頂戴いたしました。ありがとうございました。もちろん、万一記述に誤り等がある場合は、全て筆者である自分の責任です。