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Vol. 256 口蹄疫対策改善に厚労省が助言を

医療ガバナンス学会 (2010年8月7日 06:00)


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共立耳鼻咽喉科 院長
山野辺 滋晴

2010年8月7日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


私は単なる町医者ですが、今回の2010年口蹄疫流行で被った甚大な災害を二度と繰り返さないために、実施された防疫対策で改善すべき点について考察しましたので、御一読いただければ幸いです。

元来「口蹄疫に関する特定家畜伝染病防疫指針」はリスクマネジメントマニュアルであり、口蹄疫に対して防疫を実施する場合には、このマニュアルに従って行動すべきでした。リスクマネジメントの基本は、マニュアルに沿って行動し、その上でPDCAサイクルを繰り返しながら発生したリスクに対応することです。農林水産省にノウハウがないのであれば、縦割り行政を排除し、厚生労働省官僚等の感染対策専門家が的確な助言を行った方が良いと考えます。今後、致死率が高い新型インフルエンザが流行した場合、現状の縦割り行政では指揮系統を一元化できず畜産関係に対して対処できない恐れがあります。

口蹄疫の防疫指針には、まず「早期発見と通報」に努めるよう記載されています。このように、今回の口蹄疫流行では防疫指針に従って「早期発見と通報」を重点的に啓蒙すべきでしたが、行政機関はマニュアルには従わず、盛んに「消毒の徹底」を呼びかけていました。本来、人体や畜体に付着した口蹄疫ウィルスを安全かつ十分に消毒できる消毒液は存在しませんから、消毒の徹底のみを行政機関が啓蒙したことは重大な過失でした。今後は、口蹄疫に罹患した家畜の症例写真を掲載したパンフレットを各畜産農家に配布し、平素から必要な情報の伝達及び普及・啓発に努めるとともに、発生と同時に内閣直属対策本部を設置すべきです。

口蹄疫の防疫対策は「早期発見、殺処分、隔離、洗浄、消毒」が基本です。行政が「消毒の徹底」だけを訴えたため、流行地域のみならず日本全国で消毒剤が使用されてしまった結果、流行地域では消毒剤が不足し、必要十分な防疫を行えませんでした。今後は、行政機関が消毒剤を使用すべき地域を限定して、消毒剤の浪費を回避すべきです。

また、各地で広く行われた消毒手段は、行政機関が消毒作業を正しく指導管理しなかったため、不適切で不十分な消毒ばかりでした。先に述べたように、生体に付着した口蹄疫ウィルスを安全に消毒できる消毒液はありません。流行当初に話題となったビルコンSでさえも複合次亜塩素酸系薬剤であり、人体や環境への悪影響を考慮して使用すべき薬剤で、人体や畜体を消毒できませんでした。
生体に付着した口蹄疫ウィルスを消毒できる消毒薬は少なく、4%炭酸ナトリウム(炭酸ソーダ)と0.3%オルソ-リン酸のみ消毒可能とされていますが、酸による有害作用を防ぐため、使用してから約30分後に洗い流す必要があります。現場では、消毒の後に洗い流す作業が行われなかったため、家畜の脱毛や薬剤性皮膚炎が発生しました。また、7月27日のNHKニュース7では、驚いたことに「宮崎球場で消毒液を噴霧充満させた仮設部屋の中に高校生を入れて消毒する風景」が放映されました。今後は「消毒剤の多くは危険な薬剤である」という知識を広めて、正しい消毒方法を徹底すべきです。

こうした誤った消毒方法の典型例は、100~1000倍希釈酢です。日本農業新聞が「口蹄疫ウィルスの消毒には希釈酢でも有効」と提案した記事を報道したため、100~1000倍希釈した食酢が口蹄疫の防疫に誤用されました。消毒剤は安全な程度まで希釈しても消毒効果が期待できるかの如き誤解を招いたのです。

横浜市衛生研究所のホームページには、2%酢酸で口蹄疫ウィルスは不活化されると記載されています。したがって、口蹄疫ウィルスの消毒に使える酢酸濃度は、感作時間を長く設定したとしても、0.2%酢酸程度まででしょう。農林水産省が提示した「畜産農家を車両で訪問する場合の防疫措置について」でも、食酢は10倍希釈で使うよう記載があります。食酢は約5%酢酸ですから、0.5%酢酸で使うよう指示していることになります。つまり、100~1000倍希釈した食酢は0.05~0.005%酢酸ですから、消毒効果が期待できる濃度より希釈し過ぎており、100~1000倍希釈酢に必要十分な消毒効果は期待できません。消毒剤の感作時間や使用環境を考慮せず、実験的な観点からだけで消毒剤の希釈限界を推測したこと自体が、大きな過ちと言わざるをえません。にもかかわらず、100~1000倍希釈酢は安全な消毒方法とされ、様々な場所で使用され続けました。

このような消毒効果が無い希釈酢を使うと、使用した人は消毒できたと勘違いして行動しますから、感染拡大を招きます。なぜなら、過希釈した酢をスプレーに入れて手や衣服に吹きかけても消毒できていないのに、消毒完了と誤解して農家を訪れ家畜に接してしまうからです。さらに、過希釈した酢を消毒マットや消毒槽に入れても靴を消毒できませんし、車両や畜体に散布しても消毒できませんから、ウィルスが付着したまま消毒ポイントを通過し、感染が拡大していきます。このように、消毒効果が無い希釈酢の使用は危険ですし、防疫対策費の浪費でしかありません。

誤った消毒方法は、酢の希釈だけではありません。消毒剤で地面を消毒するのであれば、地面全体を覆うよう十分に散布しなければなりませんが、農薬の散布と混同し、ラジコンヘリを使って消毒剤の空中散布していました。ラジコンヘリで空中散布しても防疫効果は期待できません。また、タイヤ消毒槽や踏込み槽や消毒マットも、最高希釈濃度で消毒剤を使用しているにもかかわらず数秒から数十秒だけ浸した場合、必要な消毒効果は期待できません。なぜなら、最高希釈した消毒液では30分前後の感作時間を要しますし、踏込み槽や消毒マットで消毒する前にタイヤや靴は洗浄して汚れを除去しておく必要があるからです。さらに、泥除けや車体や乗員のウィルス除去を行わないタイヤだけの消毒は、防疫として不十分です。こうした過希釈酢の使用、空中散布、洗浄なきタイヤ消毒は、防疫効果が無いから防疫指針に記載が無いわけで、今後は中止すべきです。

これまで述べてきたように、生体に付着した口蹄疫ウィルスを消毒する消毒剤はありませんから、行政機関は、消毒ではなく隔離と洗浄の徹底を一般社会に向けて啓蒙すべきです。口蹄疫ウィルスと同様にエンベロープがないRNAウィルスの一種であるノロウィルスでは、隔離と手洗いの徹底が啓蒙されていることを参考にすべきでしょう。

今後、口蹄疫を正しく防疫するためには、農家から農家への動線を遮断する「隔離」が大切です。この動線を効率よく遮断するためには、立入り禁止のテープを農場の周辺に張り巡らして、口蹄疫が発生した農場と近辺の農場を徹底的に「隔離」すべきです。口蹄疫ウィルスは人から人に感染することはありませんから、人だけが集まる駅、空港、公共施設に消毒ポイントを設けるのは誤りで、家畜がいる農家への出入り口にこそ消毒ポイントを集中的に配置するとともに、口蹄疫が発生した農場では、タイヤと車体の消毒だけではなく、車両の出入り制限や、乗車する人間の着衣交換と手洗い(入浴)を徹底すべきです。さらに、口蹄疫を診察した獣医師や清掃消毒作業に携わった作業者も、出来る限り未感染の家畜に近づかないよう徹底すべきです。

こうした流行地域に防疫資源を集中させることにより流行地域の隔離を徹底して、県境や他府県での消毒は中止し、税金の無駄遣いは止めるべきです。一般的な家畜運搬車は、オープンな荷台に家畜を載せて運搬します。こうした家畜運搬車は、載せた家畜に車両向けの有毒な消毒を受けさせたくないため、必ず消毒ポイントを迂回しますから、県境や高速道路入口など流行地域から遠く離れた場所への消毒ポイントの設置は無意味で消毒経費の無駄でしかありません。さらに、有毒な消毒剤の無駄な散布は、周囲の環境を汚染するだけです。

この他に、次のような対策が重要です。
(1)感染が確認された農場の畜舎をブルーシートなどで蔽い、空気や虫や野生生物によってウィルスが拡がることを防ぐ。
(2)糞尿の移動や畜舎の汚染除去では、埃を撒き散らさない。
(3)家畜の被害を減らすためには、早期発見し、銃殺なども用いて早急に殺処分する。
(4)自衛隊派遣による殺処分および埋却の円滑化を図る。
(5)種牛を殺処分しないためには、ヘパフィルター換気装置により内部を密閉できる隔離施設を用意し、当初から種牛を移動して完全に隔離することです。
(6)日頃から家畜の健康管理と感染予防に努める。

今回の口蹄疫流行が爆発的に拡大した最大の原因は、「2000年に宮崎県で流行した口蹄疫ウィルスは非常に感染力が弱い非定型的ウィルスだった」という事実が日本の畜産現場に継承されていなかったため、関係する行政機関が油断してしまい「口蹄疫に関する特定家畜伝染病防疫指針」に従って防疫しなかった点にあります。医療分野の感染対策専門家による助言に基づいて今回の2010年口蹄疫流行における失敗を分析し、今後の口蹄疫対策を見直して頂きます様、切に要望します。

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