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臨時vol 17 MRICインタビュー 「もはや医療崩壊は止まらないかもしれない」

医療ガバナンス学会 (2006年6月9日 03:30)


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2006年6月9日発行
「医療崩壊」(朝日新聞社)を著した 小松秀樹 虎の門病院泌尿器科部長
MRICインタビュー vol10
(聞き手・ロハスメディア http://www.lohasmedia.co.jp 川口恭)

 

――出版から3週間が経ちましたが、反響はいかがですか。

社会の状況もあり、大きな反響がありました。一時、品不足になりました。現在までに4刷ちょうど1万3千部印刷されました。検察幹部や法務官僚たちから直接コンタクトがありました。私の主張に同意してくれています。6月2日には参議院の厚生労働委員会に呼ばれて、参考人として意見陳述いたしました。

 

――草稿自体は昨年夏にできていたのですよね。最初に読ませていただいた時、特に司法との関係について悲観的すぎないだろうかと半信半疑でしたが、福島県立大野病院事件のように、気味悪いほど現実が先生の予言を追いかけてきています。もっと早く出版できていればとは思いませんか。
最初はいつまで経っても出ないから、本当に出版って大変だな、と思いました。でも今になってみると、出版を待たされている間に、様々な立場の方と意見を交換することができたし、内容を推敲することもできましたので、このタイミングになって良かったのかなと思っています。

様々な立場の人というのは、検察、厚労省、病院側弁護士、患者側弁護士、患者支援団体、私立病院団体、国会議員連盟、危機管理学会、航空機の日本乗員組合連絡会議、裁判官、法務官僚などです。話をしたからといって本の論旨が変わったわけではないですけれども、それぞれの立場からの反対意見を直接聴けたことで、中身が強くなったと思います。宗教は迫害されてはじめて強くなり、世界宗
教になりますが、反対意見に晒されるのはとても大切なことだと実感しています。

 

――今のところ好意的な意見が多いとのことですが、今後はそうでない受け止め方をする人が出てくる可能性もありますね。
全面的に私の意見に賛同してくれる人ばかりだったら、今のような状況にはなっていないわけですから、反論が来るのは大歓迎です。むしろ、違う意見の人と議論する前提として池に石を投げ込んでみたところがあります。

 

――なるほど。では改めて、なぜこの本を書こうと思ったのか、教えていただけますか。
今のような医療バッシングが続くと、日本の医療が崩壊して、患者さん、特に所得の比較的低い患者さんたちが真っ当な医療を受けられなくなると危機感を抱いたからです。

日々の診療を通じて、また病院の紛争対策にかかわる中で、患者と医療従事者との間がだんだん刺々しくなっていくのを感じていました。そんな時に慈恵医大青戸病院の事件が起き、嵐のような報道がされました。それを目の当たりにした時に、世間が問題だと思っていることと、私が問題だと捉えたことがあまりにも食い違っているのに愕然としました。この偏ったモノの見方に異議を唱えないと、
医療は決して良くならないどころか、むしろ崩壊すると感じたのです。そこで書いたのが前著の「慈恵医大青戸病院事件」(04年9月出版)でした。ただ、それを執筆していた03年当時は、誰も私の危機感を理解してくれず、私の言葉は宙に浮いていました。

その後も状況は改善されず、むしろ誰の目にも医療崩壊の進行が明らかになってきたわけで、再度警鐘を鳴らす必要性を感じました。

今回の本には書いていないのですが、最近私がよく紹介している話があります。昨年の、日本におけるドイツ年記念法学集会での、グンター・トイブナー氏の基調講演です。

国民国家から世界社会に変貌するにつれて、規範的予期類型(政治、道徳、法)ではなく、認知的予期類型(経済、学術、テクノロジー等)が主役を演ずるようになってきました。世界社会の法がそれぞれの社会分野毎に形成されています。例えば、経済、学術、テクノロジーや医療における正しさは国内法を超えて、世界的に同時進行で形成されています。

トイブナー氏は、これからの紛争は利害や政策対立というより、世界社会の各分野毎に形成された部分社会間の合理性の衝突が重要だとします。

このような紛争解決に、法中心主義的アプローチは無力だ、国民国家で形成されたような精緻な整合性をもった規範ヒエラルキー、厳格な審級制度は世界国家では成立し得ないとします。法は到底それらの矛盾を解消できない、互いの規範を尊重し、自律的部分社会同士の相互観察で共存を図ることしかないとしました。たとえば、ブラジルでのエイズ治療薬の特許を無視した製造販売では、保健の合
理性と、経済の特許についての合理性が衝突し、保健の合理性が優先されました。

現在の国内状況は、司法レジームが、国民国家の成立時に制定された法規範に基づいて、国際的に規範が形成されている医療レジーム、航空運輸レジーム、産業レジームと対峙し、ときにこれらに破壊的影響を与えているようにみえます。

法律は規範の源泉ではありません。規範は人間の営みから歴史的に生じます。トイブナー氏は、分かりやすく言い換えると、法は対話の形式だと主張して、司法に謙虚さを求めました。

 

――法曹関係者には受け入れがたい話ですね。
そんなことはないと思いますよ。現に私が直接お話しした人たちは、皆、賛成だと言ってくれました。刑事処分の必要がある人だけ検察に回してくれればよいのだと言ってくれています。

 
――話を戻しまして、なぜ低所得者が真っ当な医療を受けられなくなるのか、そのロジックを教えていただけますか。
患者さんはご存じないかもしれませんが、ほとんどの勤務医は勤労意欲を失いかかっています。いつ辞めようか、いつ辞めようかと思いながら働いています。従来より、過重労働の上に給料が安かったのです。特に大学病院の若手医師などは、本給だけでは生きていけません。それでも基本的に医療が好きなので、何とか踏み止まってきました。これに患者との軋轢が加わりました。実際に、相当数の医師がやる気をなくして、病院を離れています。このため、医師不足が目立ち始めました。

ただし本来は最先端医療をやりたいと思っているので、そこそこの労働条件でバリバリ働ける医療施設があったら、優秀な医療者は皆そこで働きたいと思います。こういった施設は健康保険の枠内では実質的に不可能ですが、自由診療にすれば充分可能です。民間保険とリンクして、そういった医療機関を作ろうという動きがあるやにも聞いています。急性期病棟に踏み止まってきたリーダー的な医療者たちが、そういった医療機関に移動してしまったら、もはや日本の保険医療は質を保てません。結果的に民間保険に加入できない低所得層は真っ当な医療を受けられなくなるということです。

そして、いったん医療格差が生じてしまった後は、医療費を上積みしたところで元のような均質な医療に戻らないことは、英国の例が証明しています。居心地の良い医療機関からは、優秀な医療従事者が動きたがらないからです。このような民間保険とリンクする医療機関が出現してからでは、もはや手遅れなのです。

 

――本では医療崩壊を起こさないための具体策も提案されていますが、その方向へ流れが付けられそうでしょうか。
本の中では、公的な医療事故調査機関と公平な補償制度、安全を目的とする行政処分制度の整備を提唱しました。ですが実は今、こうした制度が整備されたとしても、医療の崩壊は食い止められないのでないかと考えています。医療従事者が病院から立ち去る原因となっている社会からの過剰な攻撃は、制度整備してもなくならないのでないかと感じているのです。

ハナ・アーレントがナチによるユダヤ人攻撃について考察した「全体主義の起源」という本があります。その中でアーレントは、トックビルの大発見を紹介しています。フランス革命のはじめに突然、堰をきったように、大衆が貴族を攻撃し始めました。革命の時点で貴族は既にその権威を失っており、貴族による抑圧や搾取はまったく存在しなかった、むしろ誰の目にも明らかな権力喪失が民衆の憎悪をかきたてた、というのです。

イギリスで医療従事者が暴力に晒されているのも同じ構造に見えます。これが民主主義の普遍的に内在する攻撃性だとすると、むしろ医療側が努力すればするほど、攻撃を促進させ崩壊を早める危険があると思います。
――これまた驚くような指摘ですが、その可能性を念頭に行動した方が良いのかもしれませんね。とはいえ医療が崩壊して困るのは患者なので、患者がこの状況に対して何かできることはないでしょうか。
残念ながら個々の患者さんにできることは、それほどないように思います。ただ、状況を正しく認識してほしいと思います。冷静な認識が社会の常識になれば、現状を大きく変えることができます。

実際に、攻撃的な患者さんばかりではありませんし、むしろ攻撃的な患者さんや家族は一部です。しかし、その一部の攻撃的な人をたしなめる人もシステムもないのが現状です。それどころか、医師は、メディア、司法が、このような攻撃に加担しているように感じています。このため、一部の人の攻撃だけでも医療従事者の士気を失わせるに充分なのです。

本来は、メディアがこうした問題を指摘し、冷静な議論の場を提供すべきなんでしょうが、事実に基づくのではなく感情を前面に出した議論しかしないものが多いですよね。この本を読んだ記者たちは一様にメディア批判を重く受け止めてくれたようですが、メディア全体から見ると少数派でしょう。

医療界だけでなく社会全体から相当の立場の人が集まって、しかもオープンに議論しないと、この流れは行くところまで行ってしまうような気がしています。

 

(小松医師ご略歴)
49年、香川県生まれ
74年、東京大学医学部卒業
83年、山梨医科大助教授
99年、虎の門病院泌尿器科部長

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